第十話 失われた記憶を求めて! その16
「あうあう、私はいつまで、こうして吊るされていなくちゃいけないわけ?」
「右に同じく! 僕をさっさと降ろせ! じゃないと、後で噛みつくぞ!」
――と、チーターの神倉真理とユキヒョウの芹沢修也が文句を言う。さて、そんな二頭は前足と後ろ足を荒縄で縛られた状態で、私が今いる皇狐の寝室の天井から吊るされた状態なわけだ。
「ほとぼりが冷めたら解放してやるから、そこで大人しくしているんだね! もしも抵抗するのなら――」
真っ白な九尾の狐こと皇狐の九つある大きな尻尾すべての先端が、ゴワゴワと人間の手のかたちに変化する。抵抗したらブン殴るぞ――という二頭に対する脅しってところね。
さ、それはさておき、皇狐が私とディオニュソス、ついでに老師ラビエルが寝転ぶ花柄のシーツが敷いてあるベッドへと近寄ってくる。
「さてと、君が本物のディオニュソスさんだって言うのかい? ハハ、嘘だぁ~……ん、でも、待てよ? アンタから男のニオイがするわね。むぅ、外見は可愛い女のコなのに? 実に奇妙な話だ」
怪訝そうに皇狐は、真っ白な大きな頭を横にかしげる。んで、グイッと私とディオニュソスの順に、ニュッと大きな鼻を押しつけてくる。ちょ、確認するまでもないじゃん! あ、でも、そうでもしないと判別できないかな? 私はともかく、ディオニュソスは外見は可愛い女のコでも、実際は――。
「う、なんだ、これは……ギャアアアッ!」
「ちょ、くすぐったいじゃないか! てか、そこは見ちゃいけない場所だよ、クククク~☆」
「…………」
私とディオニュソスに対し、交互に鼻を押しつける皇狐は、それから間もなくディオニュソスの〝見てはいけないモノ〟を見てしまったようだわ。んで、ギャー、と悲鳴をあげると同時に、同じ顔、同じ体格、そして色こそ違うけど、同じ衣装を着た九人の狐耳と狐尻尾が見受けられる私と同世代の女のコの姿に分裂するのだった。なるほど、弧狐隊の正体は、真っ白な九尾の狐こと皇狐が九つに分裂した存在だったわけだ。
「うわ、分裂しちゃった!」
「がああ、あんなモノを見たせいだわ!」
「と、とりあえず、合体だァァ~~!!」
「うう、まぶしいっ! うお、九尾の狐の姿に戻った!」
赤、青、黄、緑、桃、黒、白、金、銀――と、とにかく、様々な色のまぶしい光が、一瞬、発生する。ぬぅ、気づけば、仰向けに引っくり返る皇狐の姿が、私の双眸に映り込む。
「合体って、元に戻るって意味だったのね」
「う、うむ、そういうことだ。ふ、ふう、しかし、一度、分裂し、再びひとつに結合すると、トンでもなく体力を消費するんだ」
「ふえ~、そうなんだ、クククク」
「ちょ、笑わないで! これはマジな話なんですっつーかディオニュソスさん! そんな私の身体がちょっとしたショックで九つに分裂するのを防止する秘薬をつくってほしいんです! もうこんな状態が千年も続いているですよ! そんな状態を治せるかもしれないのがディオニュソスさん、アンタなんだァァ~~!!」
「うーむ、ジッとに見つめられても困る。私はディオニュソスじゃないし……」
ふむ、つくってほしい薬とやらは、ちょっとしたショックを受けただけで身体が、尻尾の数と同じ九つに分裂してしまうのを防止する薬のことだったのね。でも、私には作れるかどうか不安だわ。なにせ、そんな私が持っている魔道書の死霊秘法には、超が三つつくような怪しい薬剤を精製する方法が記されてはいるけど、皇狐が求めている薬剤の精製方法が載っているかどうか微妙なわけで……。
「死霊秘法になにか載っているか読んでみるわ、一応……」
「うん、お願い! くしゃみをしただけでも分裂してしまうことがあるから、マジでお願い!」
ふえ~、くしゃみをしただけで身体が分裂してしまうって、超がつくような難病(?)じゃん! 肉体分裂病(仮)って怖いねぇ。
「お、これが最凶最悪と謳われる死霊秘法なのかな? ちょっと見せてよ~☆」
「ちょ、やめっ……うあああ、くすぐったいィィ!」
今や死霊秘法は、私の身体の一部みたいなモノなのよね。普段は、そんな私の身体と一体化しているわけで――うあっ! ディオニュソスが私の身体と一体化している死霊秘法を引きずり出す! こんなことをできるわけだし、流石は神だわ……って、すっげぇくすぐったいですけど!
「ん、なんて書いてあるのさ? この本に記された文字は、私にも解読不能な奇妙奇天烈摩訶不思議な文字な不可解極まりない文字じゃないかっ!」
「うーん、そう言われてもなぁ」
奇妙奇天烈摩訶不思議な文字で解読不能って言われてもなぁ。死霊秘法は、私と茜にしか読むことができない本だし――。
「さてさて、分裂防止剤かぁ、それならすぐにつくれるよ! ただし、材料にショゴスが必要だけどね、ニヒヒ~☆」
「え、えええー! あのショゴスが材料だって!?」
「ディオニュソスさん、ショゴスってなに?」
「ええと、黒々とした……と、とにかく、おぞましくて冒涜的な姿をした怪物よ!」
「その前に、件のショゴスなんてどこにいるんだ、ディオニュソス?」
「さあねぇ~☆」
ちょ、気軽言うディオニュソスだけど、あんなモノが分裂防止剤とやらの材料だなんて……お、おぞましい! そして冒涜的だよ! つーか、酒泉郷のいたら不味いでしょう。ショゴスみたいな邪悪な生き物が!
「乾燥ショゴスなら、ここにあるわよ。今ならたった百円で売ってあげる~☆」
「わ、なんだ、アンタは!?」
黒いパンツスーツ姿のセールスレディの姿が、いつの間にか皇狐の寝室の中に!?
「あ、彼女はここに迷い込んできた者だ。セールスマンなんだっけ?」
「そうそう、私はセールスマン……いや、セールスレディ! ニコニコ笑顔がモットーな……おっと、名刺を渡しておくわね」
「め、名刺ですか……次元セールス社のナイニャさん?」
「はい~、次元セールス社のナイニャさんですぅ、キヒヒヒ~☆」
次元セールス社? どこかで聞いたような? ま、とにかく、そんな次元セールス社とやらに属すセールスレディのようね、ナイニャさんとやらは――。
「んで、買うのか? それとも買わないのか? さっさと決めて頂戴! あたしは忙しいのよ!」
「う、うーん……」
忙しい? そうは思えない寛いだ様子なんだよなぁ、ナイニャってセールスレディは――んん、そんなナイニャが足許に置いている黒いトランクの中から、まっ黒い不気味な物体の入った小さなガラスの瓶を取り出す。これがショゴスの干物なわけ?
「セールスレディのナイニャさんだっけ? 面白いモノを持ち歩いているんだね? ああ、もしネクタルを持っていたら高く買うよ?」
「アハハ、ごっめ~ん☆ それは持ち合わせていないのよねぇ」
「うへぇ、ないのかぁ。そりゃ残念!」
「キヒヒヒ、でも、君の欲しがっているモノなら調達してあるわ~☆」
「う、まさか〝アレ〟かい!?」
「そう、〝アレ〟さ!」
「わお、すげぇー! 私はずっとアレが欲しかったんだ、ひゃっは~☆」
「…………」
アレってなによ、アレって!? まあ、アレがなんなのかはともかく、ディオニュソスとナイニャは気が合ってしまったようだ。ガッと熱い握手を交わしちゃっているし――。
「あ、分裂防止剤の材料は、私が買うよ。今はすっげぇー気分がいいんだ♪」
「キヒヒ、お買いあげ、ありがとございやした~♪」
気分がイイ……ハイテンションだ! とばかりにディオニュソスはチャリーンと黄金色に輝くなにかを指で弾く。んで、それをナイニャがダイビングキャッチする。
「う、それって金貨!?」
「ん、そうだよー。二千年ほど前にローマ帝国でつくられたモノだけど、今でも十分、価値がある代物さ!」
「まあ、黄金だしねぇ……」
「さて、早速、分裂防止剤をつくるかなぁー」
「わーい、本物のディオニュソスさん、ありがとー♪」
「あ、それじゃ一緒に遼丹も……」
「ん、嫌な気配はする! あの女の気配だっ!」
ナイニャからショゴスの干物は入った小瓶を受け取ったディオニュソスは、早速とばかりに皇狐が望む薬こと分裂防止剤をつくるとハイテンションな様子で言い出す。よし、一緒の遼丹も――と、つくってくれるように頼もうとした刹那、皇狐の真っ白な全身の毛をボッと逆立つ! あの女の気配? なにか不吉なモノが弧狐隊のアジトへやって来たってわけ!?




