第十話 失われた記憶を求めて! その11
オリンポス十二神の一柱である酩酊の神ディオニュソスの分霊こと女装趣味の少年ディスの固有結界(?)らしい酒泉郷を二分する武装集団のひとつ――女性のみで構成されたマイナスの実働部隊は、どうやら〝イヌ科の動物〟で構成されているらしい。
「ギャワン、ギャワン! プラスの連中の中にあたしらのマイナスの裏切り者がいるぞ!」
「なにィィ! 雄共の味方をするのかァァ~~! ゆ、許さん!」
「どうでもいいんだけどさぁ。ちゃっちゃとディオニュソスさんを拉致ってしまいましょうよ」
「ですね。私は早く帰りたいです。お腹空きました」
「ん、その前にそんなディオニュソスさんはどこにいるんですか、ミーヤ隊長?」
私達の姿を見るなり、五頭のワンちゃんの一頭――シベリアンハスキー犬が、グルルッと唸りながら、マイナスの裏切り者だって言ってくる。おいおい、私達は無関係だっつーの! さて、そんな五頭のワンちゃんこと猛犬隊の目的はディスを拉致することみたいだわ! ちなみに、隊長はドーベルマンのようだ。
「さて、裏切り者共々、ぶち殺してやんよ!」
「んで、ディオニュソスさんを拉致ればOKですね!」
ドロンッ! という軽い爆発音とともにワンちゃん達が、胸元がガバッと開いたセクシーな戦闘服を着こなすモフモフした犬耳と尻尾の生えた人間の女のコの姿に変身する――あ、柴犬を除いてだけど。
「さてさて、このサヴィア様が相手をしてあがるワン! かかって来いよ、ゴルァ!」
と、シベリアンハスキーが変身した犬耳と尻尾の生えた女のコはサヴィアと名乗る。んで、ボキボキと左右の拳を鳴らしながら、プラスの構成員である小動物達に向かって、そう言い放つ。ちなみに、サヴィアの容姿を一言で言えば、背の高い長身痩躯の女のコってところかな? あ、目つきが悪いわね。
「ウホッ! イイ女♪ だが、これ以上の好き勝手は許さんっ……うおおおおっ! ぐぎゃああ!」
「う、うわ、可愛らしい兎ちゃんが円月刀をたずさえた巨漢に変身した! ああ、でも、もうやられちゃった……」
おいおい、こんな時にナニを言っているんだ、お前? と、プラスの構成員である小動物――兎の一羽が、絶叫を張りあげると、サヴィアからの挑戦を受けて立つとばかりに、ドンッと円月刀をたずさえた坊主頭の巨漢に変身する。ひゃ~体格の差が激しいなぁ……ああ、と思ったその刹那、轟ッッ!! と、サヴィアに繰り出す飛び蹴りが顎に炸裂したぞ。うえ~、あっさり小さな兎ちゃんの姿に戻って口から舌をビロ~ンと出してノビちゃったわ。こりゃ、完全にかませ犬だわ、やれやれ。
「サヴィアちゃん、弱い者いじめはダメだゾ~☆」
「いんだよ、細けぇことワン。さあ、次はどいつが相手だワン!」
「ワン公、俺が相手だ!」
「ああ、キョウタロウが二足歩行を始めたわ!」
「獣人形態よ、沙希」
「獣人形態ねぇ。ここにいる小動物達と同じってことでいいのかな?」
シャッシャッシャッ! と、左右の拳を交互に打ち放ちながら、サヴィアは私達を挑発する。ん、キョウタロウがズオンッと後ろ足の二足で立ちあがる。サマエル曰く、獣人形態らしいけど、私には単に後ろ足で立ちあがっただけにしか見えないんですけど……。
「クククク、可愛らしい猫ちゃんが挑んできたワン。だけど、私は容赦なんかしないワン! うりゃああああ!」
確かに容赦はしないようだ。サヴィアは有無を言わずいきなりキョウタロウに対し、空を裂く鋭い右回し蹴りを放つ――ああ、回し蹴りを放った右足を覆う赤い靴の爪先から刃物がっ!
「ひょいっと!」
「うぬ、かわしたワン! だけど、これなら――っ!」
猫の身軽さ、そして素早さは尋常じゃない――とばかりにキョウタロウは、ひょいっと靴の爪先に刃物を展開させているサヴィアが繰り出す回し蹴りを軽~く回避する。だけど、連撃とばかりにサヴィアの右踵落としが襲いかかる……う、今度は半月状の刃がサヴィアの右足を覆う靴の踵の部分から飛び出したわ!
「ヒュー! ワンちゃんの靴は刃物三昧だなぁ。さて、俺も攻撃させてもらうぞ、ぬぅん!」
「な、なに、またかわしたワンっ! ぎゃわんっ!」
フッと紙一重のところでサヴィアの半月状の凶器が展開した右踵落としを回避する――と、同時に、ダッと猫の素早さを最大限に発揮させサヴィアの懐に一瞬で入り込むと、彼女のドテ腹目がけて左右の前足の肉球から圧縮した闘気波を撃ち出す! お、命中だ。ズギュウウンと闘気波は、サヴィアのドテ腹を突き抜け、背中から肉球のかたちとなって飛び出す!
「キャイイイン! あうあうあう……」
「フ、気絶で済んだか、タフなワン娘だぜ」
キャイイインという悲鳴を張りあげるサヴィアは、ドンッという軽い爆発音とともにシベリアンハスキーの姿に戻る。ふむ、気絶し、意識がなくなると元の姿に戻ってしまうようね。
「おお、キョウタロウ強いじゃん!」
「当たり前よ。私の使い魔だし、おまけに猫斗真拳の伝承者だしね~☆」
「ああ、サヴィアのお馬鹿さん、お馬鹿さぁぁん! 仕方がない。今度は私が――疾風犬のミラが相手だガウ!」
ああ、そういえば、サヴィアは犬耳犬尻尾の人間の女のコに変身した猛犬隊の隊員のひとりにしかすぎないんだったわね。んで、そんなサヴィアの仲間のひとりがキョウタロウに闘いを挑んでくる。疾風犬のミラって名乗ったわね。ちなみに、ボルゾイが犬耳犬尻尾の女のコに変身した猛犬隊のひとりだ。あ、ミラの容姿だけど、眼鏡をかけた可愛いけど、どことなくヒステリックそうな感じが見受けられるショートカットの女のコだ。
「ラウンドツーってことか? いいぜ、かかって来いよ?」
「挑発してんの? 生意気ガウ! 一瞬でフルボッコにしてやるガウ!」
「むぅ、いつに間に背後に……つーか、ガウガウうっせぇ!」
「うお、逆に背後に回られたガウ! 素早さなら負けないガウ!」
「お前ら、真面目に闘えっ!」
やられたらやり返す! 背後に回り込んだり、回り込まれたりを繰り返すキョウタロウとミラ――いい加減にしろ! と、キレた私はハリセンでスパーンッとキョウタロウとミラの頭をブン殴る。
「キャインキャイン! 私が殴られただと!?」
「おいおい、俺までブン殴るな!」
「悪い悪い、テヘ☆」
「テヘ……じゃないガウ!」
「いったぁ! 蹴飛ばすことないじゃん!」
むぅ、やられたらやり返されるってヤツだなぁ。まあ、キョウタロウとミラに戦闘に割り込んだ私が悪いし――。
「ふ、ふう、邪魔者が入ったけど、ここからが本番ガウ!」
「そうだな。ここからが本当の勝負だ!」
なんだかんだと、キョウタロウVSミラの戦闘が再開する。
「先手必勝だガウ! うわ、ギャワンギャワン!」
「む、むぅ、なにが起きたの!?」
「沙希ちゃん、あの犬耳少女の鼻っ柱に蛇が噛みついているわ!」
「わ、どこから!?」
ムムム、ご自慢の脚力を活かし、シャッとキョウタロウの背後に回り込むミラ――さっきと同じパターンかよ! と、思ったけど、今回はそんな展開が崩されたわ。てか、ミラの鼻っ柱の黒い蛇が噛みついているわ。ちょ、どこから――。
「キョウタロウに尻尾をよ~く見てみるといいわ、沙希」
「え、キョウタロウの尻尾を!? あ、ああ、なるほどね。あの黒い蛇はキョウタロウの尻尾に巻きついていたわけだ! キョウタロウは黒猫だし、丁度イイ具合に蛇も真っ黒だしな。あれじゃ目立たないわね」
ふむ、そういうカラクリだったのか! うーむ、しかし、いつから、あんな調子でキョウタロウの真っ黒な尻尾に巻きついていたのかな? あの黒い蛇は――。
「こんにちは、お嬢さん。私はカマエルと申します。あ、毒蛇です」
「え、毒蛇……キャ、キャイイン!」
「あ、嘘です。うーむ、真に受けてしまったようですね」
ミラの鼻っ柱に噛みつく蛇はカマエルと名乗る。んで、毒蛇であると――あ、でも、嘘みたい。だけど、ギュルンと白目を剥いてミラは仰向けに倒れたわ。
「ふう、呆気ない勝敗だな」
「やったね、キョウタロウ! さて、残りのワン娘はふたりだわ!」
「ついでに、タダのワン公もいるぞ」
猛犬隊は残りふたり+タダのワンコ――柴犬のみだ。ん、コリーが変身した小柄なツインテールの犬耳犬尻尾の女のコが、ボキボキと両手の拳を鳴らしながら近寄ってくる。次の相手は彼女か!?
「私エミリー。アナタの犬ですバウ!」
ん、コリーが変身した犬耳犬尻尾の女のコはエミリーと名乗る。んで、その刹那、軽い爆発音とともに元の姿であるコリーに戻り、ごろんと寝転び腹を見せて尻尾をパタパタ激しく降る。ちょ、服従のポーズじゃん……ってことは敗北宣言?
「敗北宣言ってヤツ!?」
「そーですバウ! 私は分が悪い相手とは戦わない主義なのですバウ!」
「あ、私も敗北宣言しますワオン! 私はサクラですバウバウ! ミーヤ隊長がいつの間にかいなくなっているし……」
人間に変身できない唯一の存在である柴犬も、敗北宣言だ――とばかりに、ごろんと寝転んで腹を見せる。さて、猛犬隊のリーダーであるドーベルマンのミーヤがいつの間にかいなくなっているわね。
「不味いぞ! 仲間を呼びに行ったに違いない!」
「わー、猛犬隊本隊が近くで待機しています!」
兎の一羽が叫ぶ! ミーヤが仲間を呼びに行った可能性は高いわね――って、ビンゴかよ! 地面からヘルメットをかぶったモグラが顔を出し、そんな報告を!




