第十話 失われた記憶を求めて! その6
「人違いよ!」
「いや、間違いなくサキュラ様だ! って言っているぞ。このミイラは――」
「ちょ、私達の言葉が判るんなら、なんて言っているのか理解不能な古代語でしゃべんな!」
サキュラ様って人物と、偶然、私の声が似ているだけです! と、私は一蹴する。つーか、私の言葉が判るんなら、日本語でしゃべろ! そう言いたくなったのは言うまでもない。ま、それはともかく、狼姫が今いる殉教者の遺品倉庫内のどこからか持ち出してきた三対六枚の翼が見受けられる女神像に、私は括目する。
「うーん、思い出せん! だが、この像をわらわは知っている気がする」
「既視感ってヤツかもしれないわね」
「うーん、とりあえず、その女神像をサイコメトリーしてみよう。ああ、あそこに丁度いい具合にテーブルがある。そこで――」
「ああ、あのテーブルは曰くつきだよ。持ち主だった女性の……ほら、地縛霊が憑いているしね」
「わ、わわわ、わあぁー!」
むぅ、殉教者の遺品倉庫内に保管されているモノには、ほぼ間違いなく憑いているのね。幽霊が――うえ、愛梨が女神像をサイコメトリーするために置こうと思ったテーブルをよ~く見ると、下半身が透けて見える豪奢なドレスを着た貴族の女性の幽霊が座っているしねぇ……。
「あ、あのぉ、もしよろしければ、私も参加させてください。暇なんです、すっごく……」
「は、はぁ……」
「あ、私はメアリーと申します」
暇だから自分も参加させてくれ、とテーブルに憑依する貴族女性の幽霊が話しかけてくる、ああ、メアリーって名前らしいわね。
「じゃ、じゃあ、早速! わ、さっきミイラが沙希さんに抱き着いているっ!」
「う、うん、荒縄を引き千切ったみたい。つーか、初対面なのにすっげぇ馴れ馴れしい奴なんですけどっ!」
「『あれ、サキュラ様って男の方でしたっけ? 胸がぺったんこだから、そう思ったんですが?』って言っているぞ、沙希」
「ハハハ、そういや、お前、貧乳だもんな、沙希。胸なし小娘だから男と勘違いされても当然だな!」
「ななな、なんですってぇ、タツゥゥ! ぐぬぬ、腑に落ちないわ! うっがぁぁ!」
生き返ったミイラことリュシムナートだけど、驚異的な力を発揮し、手足を拘束する荒縄を引き千切る。んで、サッ私の背後に回り込み首に手をまわすかたちで抱き着いてきたんですけど! ちょ、なんかすっげぇ馴れ馴れしい奴なんだけど……って、おい、タツッ!! 私は貧乳だけど、男じゃねェェ~~! そんなわけでキレた私は、ドンッと左右の手をホッキョクグマのものに変化させると、タツとリュシムナートの顔面目がけて交互に肉球を叩き込むのだった!
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
リュシムナート曰く、三千年経ったら起こすから、それまで眠っていろ――と、サキュラ様とやらに言われたそうだ。つーか、コイツの正体は吸血鬼等の不死者のような気がする。五日前に急に目覚めたとはいえ、三千年も根性で生きていたわけだしねぇ。
「うへ、野次馬が増えているわね」
「野次馬だと! 失敬な! 私は暇だからイベントに参加するのだ。なにか問題でもあるのか?」
「「「そうだ、そうだ! 我々も参加させろ!」」」
「あらあら、皆さん、お暇なんですねぇ☆」
「まあ、そうなるよね。ここの住人達は、なにもメアリーやリチャードだけではないのだから――」
ムムム、気づけば、あの折れた剣に憑依していた騎士の亡霊リチャードを筆頭とした殉教者の遺品倉庫内の住人である幽霊達が、ぞろぞろと私達の周囲に集まってきている。てか、死んでいるクセに陽気だなぉコイツら! それはともかく、メアリーと名乗る貴族女性の幽霊が取り憑いているテーブルの上に置かれた三対六枚の翼が見受けられる女神像にアフロディーテと合体した状態の愛梨の右手が触れる。サイコメトリー開始だ!
「ええと、幽霊さん達にも見れるように展開させてみるわね」
「まったく、物好きな連中が多いわ。ふんぬー!」
愛梨とアフロディーテが相槌を打った直後、光が――目を開けていられないほどの光量の光が周囲に拡散する。
「ああ、狼姫そっくりな女の人が血だまりの中にうつ伏せに倒れているわ!」
「う、うん、死んでいるのかしら!? 背中に槍が刺さっているし……」
「あううっ! わらわは一度、死んだのかぁぁ~~!!」
「まだ死んだとは限らないじゃん。てか、愛梨、なんて言っているか判る?」
「は、はい! 『ディオナ! 死ぬな、ディオナ!』――と、一緒にいるワンちゃんが叫んでいるわ!」
女神像に残る思念体が見せる映像の中で、狼姫そっくりな女の人が死んでいる! ああ、背中に槍が突き刺さっている。く、そんな女の人の周囲ではディオナ! と、彼女の名前を呼ぶ一頭の犬とニタニタと笑う馬の鬣のような装飾のついた兜をかぶる武装した男が数人――う、そのひとりがとどめを刺そうと腰にぶら下げている剣を鞘から勢いよく抜いたわ!
「『ア、アレス……逃げて!』って女の人が言っているわ!」
「ア、アレス? あのワンちゃんのこと!?」
「ムムムッ! あのワン公の名前に聞き覚えがあるぞ! な、何故だぁぁ~~!」
さて、私達には無音映画のようなに展開だけど、女神像に残された持ち主の思念をサイコメトリーする愛梨には、映像の中のやりとりが完全再現された状態である。そんなわけで、なんて言っているかも――アレス? 狼姫そっくりな女性ディオナが一緒にいる犬のことをそう呼んだっぽいわ。さて、アレスって犬の名前に狼姫は既視感を感じたようだ。
「元々は、あの犬が君かもしれないねぇ、狼姫――」
「あ、ヘルメス。アンタ今までどこへ!?」
気づけば、私の右肩に緑色の服を着た可愛い小さな妖精が――ヘルメスだ。コイツ今までどこへ!?
「ああ、見て見て! あのワンちゃんが狼姫そっくりな女の人を槍で刺し貫いた男のひとりを噛み殺したわ!」
「む、むぅ、なんで巨大化しちゃってる!」
「『よくもディオナを! 許さんぞ、貴様らァァ~~!!』って言ってる!」
むぅ、アレスという名の犬が巨大化したわ! そして、狼姫そっくりな女の人ことディオナを取り囲む武装した男達のひとりを噛み殺したわ!
「あのワン公すごいな! ううむ、やはり、あのワン公がわらわかもしれん。巨大化するし、しゃべっているようだし! でも、素直に喜べんぞ。わらわそっくりな娘が瀕死の重傷を負っているのだから……」
魔犬アレスって言っても過言じゃない映像に、私は驚く。それはともかく、素直に喜べない状況ね。狼姫的には、過ぎ去った過去の映像とはいえ、自分そっくり女の人ことディオナが、今にも絶命してしまうかも瀬戸際の状態をなにもできないまま見ているわけだし――。
「あ、男達が逃げ出したわ! 『い、異教徒は殺した! 逃げるぞ!』って言っている」
「く、タイムスリップできたら、あの男達を捕まえてやりたい気分だわ!」
「あ、沙希ちゃん、見て! あの女神像を狼姫そっくりな女の人が脇に抱えているわ!」
「うーん、持ち主はやっぱり、あの女の人のようね。う、どうやら絶命しちゃったようだ……」
「アレスって犬が悲しみの咆哮を張りあげている……」
「…………」
狼姫そっくりな女の人――ディオナが動かなくなる。ああ、絶命してしまったのか! く、やりきれない気分だわ。
「『ディオナ! ディオナ……死ぬなっ! く、こうなったら――』……アレスって魔犬がなにかをする気よ!」
「う、血を舐めはじめたわ! ああ、今度は光り出した!」
ん、アレスがディオナの華奢な身体から流れ出た血を舐め始める。そして、その傷つき絶命してしまったディオナの身体に前足を乗せると、今度はアレスの身体が淡い光を放ち始める。
「『ディオナ、お前を死なせるくらいなら、わらわにはこうする以外は――』……うあ、ダメだわ! これ以上は読み取ることができない! うう、頭が……っ!」
「お、おい、肝心なところで――っ!」
これ以上は無理だって!? むぅ、苦悶の表情を浮かべる愛梨の身体から、ズギュウウンとアヒルのアフロディーテが分離する。く、肝心なところでサイコメトリーが終了してしまったか――。




