第一話 使い魔との出会い その6
「まさか、こんな小さな狸とはね」
「とはいえ、流石は変化の術を心得ている仙狸ってところね」
「おお、人間の姿に戻ったぞ♪ ヒュー一時時はずっと狐の姿のままなんじゃないかって心配だったんだ!」
「あらら、ホントだ。三十分って早いわね、なんだかんだと……」
私と茜、それに悠太は人間の姿に戻る。変化の術が効果を失う三十分ってあっと言う間ね。それはともかく、一つ目巨人の正体が、こんな小動物とは意外だけど、変化の術を心得ている仙狸だ。油断はできないわね……気絶したフリをしていそうだわ、コイツ!
「ううう……はっ! あっしは気絶していたんでヤンスか!?」
お、狸が目を覚ます。自分の身になにが起きたのか? そこらへんが判らない状態みたいね。
「気がついたようね。タヌ公!」
「わああ、なにをするでヤンスか! つーか、首根っこの肉を摘むなでヤンス! あっしは猫じゃないでヤンス! ギャアアア、痛いでヤンスゥゥゥ!」
サマエルが狸の首根っこの肉をギュウッと摘みながら持ちあげる。あの~コイツは猫じゃないと思うんだけど……。
「ねえ、タヌ公。さっき守護者って自称していたわね? アンタは一体、〝なに〟を守護する存在なのかしら?」
「タ、タヌ公! あっしにはタヌキチという立派な名前はあるでヤンス! つーか、あっしはこの山に封印されている悪魔のような存在が目覚めぬように監視せよ! そう藤原紀典様というやんごとなき御方から命じられた仙狸の一族でヤンス……ってか、自分の意思に関係なく口がァァ!」
狸の名前はタヌキチという名前らしいわね。さて、サマエルはコイツになにかしらの術をかけたっぽいわ。自分の意思とは関係なく、タヌキチはペチャクチャと自分が何者かということを自白しちゃってみたいだし……。
「藤原紀典、そして狼姫は実在していたのね」
タヌキチのような存在がいるわけだし、藤原紀典、そして狼姫の実在は確かかもしれないわね。
「さて、その悪魔のような存在とは狼姫というモノのことかしら?」
「はいはい、そうでヤンス……って、おわあああ! また勝手に口がァァ!」
「なんとなく予想はしていたけど、ビンゴとはねぇ……」
タヌキチの一族が藤原紀典の命令を受け、古の昔より目覚めぬように監視を行っているモノとは、やっぱり狼姫のことだったようだ。とりあえず、そう予想はしていたので、私は特に驚くことはなかった。
「んで、そいつは今、どこに?」
「あ、狼姫は姫鬼山の山頂にある祠に……うおわ! もうやめてほしいでヤンス! あっしはなにも語りたくないのでヤンスゥゥ!」
あはは、サマエルも酷いわね。タヌキチがちょっとだけ哀れに思えてきたわ。
「狼姫は、この山の山頂にある祠に封印されているってわけね。んじゃ、お先に――ッ!」
「あ、またニシキヘビに変身したわ! って、アンタもアレを使い魔に!?」
サマエルは再び真っ白なニシキヘビの姿に変身する――って、アイツの目的も狼姫を使い魔にすることらしいわね。なんだか先を越された気分だわ! すごい勢いで鬱蒼とした背の高い雑草が生い茂る姫鬼山の手付かずの森の中に姿を消しちゃったわけだし!
「お、追いかけましょう!」
「おう、そうしようぜ、姉ちゃん!」
「待って! 星のアルカナカードが光っているわ!」
サマエルを追いかけなきゃ! 先を越されてたまるか! という焦燥感に駆られる一方、嫌な予感もするのよね――それはともかく、星のアルカナカードが煌々と輝く始める。なにかに反応しているようだわ。
「コイツに反応しているわね。ああ、光が広がっていくわ!」
「な、なんでヤンスか? うひゃあああっ!」
星のアルカナカードが、さらに光り輝く。一体、なにが起きたっていうのよ!?
「うにゅおおおん! あ、あっしの身体がァァァ!」
「あ、赤い光の粒子!? た、狸の身体が光子変換されて星のアルカナカードに吸収されちゃった!」
ドパァァァンッ! ――と、砕け散るかのようにタヌキチの身体が赤い光の粒子へと変換されていく。んで、小さな光の粒子へとなったタヌキチの身体が、ズギュウウウンと茜が持っている星のアルカナカードが吸収する。それと同時に、そんな星のアルカナカードの光がフッとまるでなにもなかったかのように消え失せる。
『おめでとう! あの狸は星のアルカナカードと一体化したよ。そんなわけで、今日から君の使い魔だ!』
「え、狸が使い魔に!?」
『ちょ、どういうことでヤンスか!? つーか、あっしをここから出せでヤンス!』
タヌキチは使い魔と化した!? 謎の声の主がそう言っているわけだし、そこらへんは間違いなさそうだ。それに星のアルカナカードと一体化したとはいえ、大声を張りあげるなど、元気なところを見せるので、アイツの身に特になにかが起きたってわけではないようだわ。
『あ、そうそう。使い魔の呼び出し方だけど、その星のアルカナカードを――』
「なんとなく判るかも……『汝、蓮田茜の名において、我が前に現れ出でよ!』とか、そんな感じの召喚の呪文を唱えればいいんだよね?」
『ま、まあ、そんな感じだね』
「ふむふむ……わあ、星のアルカナカードがモコモコと蠢き始めた!」
「ふ、ふんぬぅー! も、元に戻れたでヤンス!」
茜が適当に召喚の呪文を唱える。その刹那、星のアルカナカードがモコモコと蠢き狸の姿に変わっていく。てか、ちょっと気持ちの悪いかも……。
「ふぅ~やっと自由になれたでヤンス! ああ、そんなわけであっしは――」
「逃げさないわよ! 使い魔よ、元に戻れぇー!」
「ぎゃふーん! うにょにょおお~ん!」
星のアルカナカードから、元の狸の姿に戻ることができた――というわけでタヌキチは、私達の目の前から逃げ出そうとするけど、茜のそんな言葉と同時に再び星のアルカナカードに変化するわけだ。
「わお、便利でいいわね♪」
『ぐぬぬぬ、無念でヤンス……」
再び星のアルカナカードと一体化したタヌキチが、そう悔しそうにつぶやいている。あはは、観念することね♪
『ああ、そうだ。君達も早めに山頂へ行くべきだと思う。僕は言うのもなんだけど、嫌な予感がするんだ』
「言われなくても判っているわ!」
謎の声の主いわく、嫌な予感がするとか――むぅ、杞憂ってヤツかしらね? まあ、とにかく、先に山頂へ向かったサマエルを追わねば!
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「山頂まで遠いわね」
「うん、休憩したいわ。ジュース飲みたい……」
「つーか、獣の姿じゃなければ、まだ時間がかかっていたはずだぜ」
「それはありえるかもね」
姫鬼山は人跡未踏の場所が多い山である。そんなわけで、どこもかしこも鬱蒼とした背の高い雑草やら樹齢数百年の巨木が生い茂るみ緑の魔境と言っても間違いない場所なわけだ。
さてさて、そんな場所を進むには人間の姿では、ちと不便なんだよねぇ――ってなわけで、私達は再び獣の姿に変身し、先を急ぐ。目指すは山頂! 狼姫が封印されているという祠を目指してレッツゴーだ!
「サマエルはもう山頂へ到着したかもしれないわね」
「う、うん、悔しいけど、あのコに先を越されたしね……」
ニシキヘビに変身したサマエルは、きっと今頃、山頂にいるんだろうなぁ。下手をしたら狼姫を先に使い魔にしているかもしれない……むぅ、それを考えると腑に落ちないし、悔しい!
『むうう、あっしの第六感が危険信号を探知したでヤンス!』
危険信号!? 星のアルカナカードと一体化しているタヌキチが、キュピーン! と、なにかしらの気配を感じ取ったようだ。この先になにが待ち受けているのかしら? 気になるわ。
「う、茂みをかき分ける音が……あ、サマエル!」
ヌゥと茂みの中から、鎌首を持ちあげた大蛇が――サマエルが姿を現す。あらら、引き返してきたわけ?
「わあ、全身、傷だらけだわ? 身体のあっちこっちから血が!? ついでに、同じく全身、傷だらけのヨボヨボに老いた狸も一緒だわ!」
『ああ、親父ィィィ!! なにがあったでヤンスか!』
そんな全身、傷だらけの痛々しい状態で引き返してきたサマエルは、使い魔の黒猫ことキョウタロウの他に、ヨボヨボに年老いた一頭の狸も一緒だ。ん、タヌキチが親父ィィィって言ったわね。ひょっとして父親?
「お~う、動物園で見かける外国の動物ではないか! んん、それはともかく、姿は見えないがタヌキチも一緒にようじゃのう。ああ、名乗っていなかったのう。わしはタヌゾウという仙狸じゃ」
『親父、あっしはここでヤンス!』
「どこじゃ、どこじゃ? わしは目が悪くてのう……」
「それはともかく、なにがあったわけ!? 怪我しちゃってるみたいだけど……」
むぅ、タヌキチの父親も当然、仙狸よね。それはさておき、私は何故、全身、傷だらけなのか? と、サマエルに訊くのだった。
「き、金色の狼に襲われたのよ。なんなのよ、あれはっ!!」
「金色の狼!? と、というか、日本には狼はいないはずよ。明治時代に絶滅したって話だし!」
サマエル曰く、金色の狼に襲われたとか――ちょ、待って! 狼は日本においては、すでに絶滅した動物のはずよ! そのはずなのに……サマエルは一体、〝なに〟に襲われたのよ!
「そういえば、世羅江野村へ来る途中、日本狼が目撃されたみたいな? そんな場所に通りかかったよね? ついにでに、地元のテレビ局の報道番組の人達も……」
「あ、ああ、そうね。思い出したわ……てか、なにかしらの関係がありそうな予感!」
「姉ちゃん、そんなことは今はどうでもいいよ! 嫌な気配がする。ここから離れようぜ!」
むぅ、狐の姿に変化させたせいなのかな? 悠太には人間が持ち得ない第六感的なモノが芽生えたようだ。全身の毛、それに大きな尻尾をギンッと逆立てながら、ガクガクブルブルとなにか怯えた仕草を見せる。
「うぬぅぅ! き、来た来たっ……奴が追いかけてきた!」
タヌキチの父親の仙狸ことタヌゾウも悠太と同じく全身の毛をギンッと逆立てて、なにかに怯える仕草を見せる――ちょ、なにがやって来るわけ!?
『アオオオオオオンッ!』
「わ、なにっ……今は!? まるで狼の遠吠えだわ!」
「さ、沙希ちゃん! 周りが暗くなった!」
「つーか、ここは夜の草原!? 違うだろ……や、山の中にいたはずなのに!」
うひゃあ、けたたましい獣の咆哮が響きわたる! うわああ、突然、周囲が暗くなる……よ、夜!? おかしいなぁ、まだ日が落ちる時間じゃないのに!
「うくっ……固有結界の中に閉じ込めれたみたいだわ!」
「ちょ、なにか現れたわ!」
夜の草原――いや、固有結界!? チッと舌打ちをしながら、フッと真っ白なニシキヘビの姿から人間の姿に戻るサマエルが、そう口にすると同時に、なにかが現れるッ!
「き、金色の狼だ!? 話は本当だったのかわけ!」
ドンッ! と、何者かの深層心理が実体化した空間である固有結界とはいえ、天空で煌々と輝く真円を描く満月をバックに出現したのは、神々しいまで黄金に輝く毛皮を持つ一頭の狼だ!
「うお、白い熊だと!? わらわが眠っている間に、お前のような奇怪な熊が住まう国になったというのかァァァ~~~!!」
「えっ!?」
ちょ、ホッキョクグマの姿をしている今の私の姿を見て、物凄くビックリしちゃっているわね、金色の狼は……い、意外だわ! それにしゃべったわ!
「ハハハ、お前ら面白そうだな! よし、特別、許してやるう」
「え、許す?」
「うむ、その蛇に変化できる南蛮人に無理矢理、起こされてなイライラしていたんだ」
「…………」
南蛮人? ああ、サマエルのことね。なにがなんだか、そこらへんよく判らないけど、金色の狼は無理矢理、目覚めさせられたようだ。
「さて、許したとはいえ、この固有結界の今しばらく閉じ込めておく。お前らがわらわの敵でないことが判るまでは――」
むぅ、この夜の草原という情景を展開している固有結界の主は、どうやら金色の狼のようだ。
「そ、その前に、お前は何者なのよ!」
「此奴の名は狼姫! そこにおる外国人の娘が誤って目覚めさせてしまった鬼神じゃ!」
「なっ……狼姫だと!?」
金色の狼が、あの狼姫だって!? ヒュー……まさかこんなかたちで遭遇するとはね! しかしサマエルはトラブルメーカーの気質があるわね。
(沙希ちゃん、どうするの?)
(う~ん、とりあえず、様子を見よう。ここはアイツの固有結界の中だしね)
奴の固有結界の中にいる以上、分が悪いわね。しばらくは様子見と洒落込もうかしら――つーか、さっきから女帝のアルカナカードが淡い光を放っている。狼姫に反応しているんだと思われる。
(アイツの隙を狙って女帝のアルカナカードに封印してやる!)
そう胸中で狼姫の隙を狙おうと、私は企む。んで、上手くいくことを願いつつキッと私は狼姫をにらむ。