第九話 男装魔法少女と炉の女神 その17
姫神塚古墳周辺は、今じゃ冥界の一部である。そのせいか、ゾロゾロとどこからかやって来るわけだ。この世に留まる未練の塊である亡霊共、それに自殺願望のある自棄となった連中が――。
「うわ、SAN値がガリガリ下がっちゃう! な~んて☆」
さて、自殺願望のある者なのかは定かであるが、亡霊共に紛れ込むかたちで〝生きた人間〟が姫神塚古墳の出入り口へと訪れると、ひょっとして中へ入り込む気なのか!?
「まったく、あの男の娘は情けないなぁ~。せっかく、俺がイイモノをあげたっつーのに……」
と、亡霊共の紛れ込む者は、クイッと右手の中指で愛用のラウンド型サングラスを押しあげながら、ハァァと不愉快そうに溜息をつく。ちなみに、その姿は黒いパンツスーツに身を包むセールスレディといった感じの若い女だ。足許には所属する会社の名前が記されたプレートが貼ってあるトランクが置いてあるし、間違いではない気がする。
「アア、オ輩様!」
「ウオ、ビックリシタ! 誰カト思ッタラナイニャ殿デハナイカ!」
ん、姫神塚古墳の出入り口から猫ほどの大きさの鎧兜で武装した小鬼と十二単姿をした小鬼が飛び出してくる。ひょっとして骸衛門と朽縄姫では!?
「骸衛門に朽縄姫、おっかえり~☆ てか、あの美少年クンに正体がバレてないよね?」
「モ、モチロン! ワシラノ嘘ハ完璧デスヨ、オ館様!」
「当然デス。アノボウズハ、百パーセント私達ヲ単ナル怨霊ト勘違イシテイルハズデス」
「ま、それならいいんだけどねぇ。つーか、あの小僧は抜け目がないんやな。ラジコンとガ○プ○から自立型ロボットをつくってしまうような天才だからね」
二匹の鬼はやはり骸衛門と朽縄姫のようだ。アイツらの真の姿ってところだろうか? そんな二匹の鬼からナイニャと呼ばれているセールスレディは、ニヤニヤと微笑んでいるが、その眼は笑ってはいない。上空から獲物を狙う鷹の眼ってヤツで骸衛門と朽縄姫を見据えている。
「さてと、あの美少年クンが冥界へ行けることを祈りながら、この場を離れようか、おふたりさん」
「デスネ! 〝天使〟ガココヘヤッテ来ル前ニ立チ去リマショウ!」
「ツイデニ、冥界化ガ解ケ始メテイマスカラネ」
天使がやって来る? それに冥界化が解け始めている? ああ、冥界の一部と化している姫神塚古墳周辺が歪み始めている。元の世界――現世に戻る兆しってところか?
「さ、あの美少年クンにまた会いたいなぁ。もっと面白い商品を買ってもらいたしね♪」
と、つぶやき三日月のような笑みを浮かべるナイニャというセールスレディは、骸衛門と朽縄姫とともに、なにかを気にするかのように姫神塚古墳の出入り口のところから立ち去るのだった。
「チッ……邪神セールスマンの姿をもう見失ってしまったぜ」
「あれは女の人だから邪神セールスレディだっての! しかし、すごい逃げ足の速さだね。ひゃ、粘液状の物体で満たされているよ、ここ!」
「ぐ、ぐわ、気持ち悪っ! てか、我々が来ることを見越して落とし穴をつくったのか! やるじゃないか!」
「てか、そんな罠に引っかかってから言う台詞じゃないよね、アハハハ……ぐわ、なんだ! 身体が溶けているような……」
「うおお、気のせいじゃない! 俺達の身体は溶けている……うがああ、足許にいる粘液状のモノは……ショゴスだァァ! ここはショゴスの胃袋の中だ!」
と、相槌を打つ黒ずくめのふたりの男がいる場所は、ベトベトの粘液状に物体が満たされている落とし穴の底である。コイツらが〝天使〟なのか!? そんな黒ずくめのふたりの男の身体が、ドロリと足許から急速に溶け出す――ここは落とし穴であると同時に、ショゴスという冒涜的な生物の胃袋の中のようだ!
「テケリ、テケリ、テケリリィィィ!!」
「「ぎゃああああっ!」」
ガリガリとSAN値が下がりそうな不気味な鳴き声が響きわたる。それと同時に、断末魔の叫び声も――むぅ、落とし穴から黒ずくめの二人組の姿が消失する。そしてチャプンという音とともに溶け残った白い頭蓋骨が浮きあがってくる。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「あああ、ここに戻って来ると僕は……僕は……アフロディーテ様に勝るとも劣らぬ美女にTSしてしまうっ! ああああ、美しすぎる……め、眩暈がっ!」
と、ナルキッソスが両手で頭を抱えながら悲鳴を――ああ、TSとはトランスセクシャルの略である。つまり、ナルキッソスの奴は踏む込んだ男性を女性に変えてしまう夢幻花園の魔力にやられてしまったわけだ。
「おい、俺はなんともないぞ!」
「アンタは特別なのかもね、浩史さん」
まあ、なにはともかく、俺――太田辰巳一行はデメさんこと豊穣の女神デメーテルの固有結界である夢幻花園へと帰還する。しかし、何故、浩史さんは男のままなんだろう? 夢幻花園の魔力を跳ね返しているっていうのか!?
「な、なあ、服をくれないかな? つーか、俺はいつまで素っ裸なんだよォォ!」
そうそう、浩史さんは素っ裸のまんまである。んで、夢幻花園で唯一の男性――ギランッと殺気立って視線が集中する。ここにはデメさんの従者である女性の姿をした妖精であるニンフなどもたくさんいるし……あ、でも、その中には好奇の視線を送る者もいる。なんだかんだと、唯一の男性である浩史さんには興味津々な者もいるってことでいいのかな?
「え、一度、怨霊と化した者が浄化するには、最低でも十年は修行する必要があるわね」
さて、浩史さんの彼女であると同時に、あのイシュタルによって強制的に怨霊化させられた麻耶の処遇をどうするか、そこらへん迷いどころだよなぁ。
「ふむ、ならば、その修行に私がつき合おう」
「あら、テュポンさん」
「私なら半年で、そいつを浄化することができる……いや、その自信がある!」
「まあ、頼もしい~☆」
「うむ、それじゃ来い! 私の修行は辛く厳しいが覚悟しておけ! さ、行くぞ!」
「はわわ、浩史くぅぅぅん!」
バアアンと黒い軍服姿の女が現れる。夢幻花園を守護している連中のリーダー的存在のテュポンだ。んで、そんなテュポンが麻耶を脇に抱えながら、今、俺達がいる夢幻花園の中心部――天界樹と、ここに住まう者達から呼ばれている樹齢千年は数える林檎の巨木の北の方角へと駆け出す。
「ま、麻耶ちゃん! あの軍服女、彼女をどこへっ! うお、邪魔をするな、お前ら! うお、熊ァァ!」
麻耶を脇に抱えるかたちで夢幻花園の中心部にそびえ立つ林檎の巨木の北の方角へと駆け出すテュポンを追いかける浩史さんだったけど、バッとニンフ達が行く手を阻む。さて、その中には巨大な黒い熊の姿も――。
「この先に行くと後悔しますよ」
「うお、熊がしゃべった!? だが、もう驚かないぞ!」
「きゃああ! 男に抱きつかれた!」
「あ、ああ、ゴメン!」
熊がしゃべる。んで、テュポンの後を追うなって浩史さんに対し、忠告する。さて、もう驚かないって言い張る浩史さんだったけど、結局、自分の行方を阻むように現れたニンフのひとりに悲鳴をあげながら抱きつく始末だ。やれやれ……。
「あ、どうしてもいうのなら止めません。でも、スキュラさんやラミアさん、それにスフェンクスさんといった怖い方々がいますよ」
「ど、どんな連中なんだ? 気になるけど、やめておく!」
「それが賢明な判断ですよ」
「うーん、熊に説き伏せられてしまうなんて、俺って一体……」
なんだかんだと、浩史さんはテュポンを追跡するのをやめる。熊の言うとおり、賢明な判断かもしれない。しかし、天樹の北にはなにがあるんだ!? 俺も知らないんだよなぁ……。
「あ、そういえば、井川修造って旧日本軍兵士の怨霊が、さっきテュポンさん達に連れて行かれましたね。アレはお仲間なんですか?」
「うーん、微妙だなぁ……」
井川の奴も、ここに!? ま、まあ、アイツのことはどうでもいいかなぁ……。
「さて、次元セールス社について少し調べてみた」
「おお、マジか、エリザベート! 詳細を頼むぜ」
そういえば、ずっと気になっていたんだよなぁ、次元セールス社に関して――と、エリザベートが少しばかり調べてきたようだ。
「いかがわしい商品を売っている会社ってところかな?」
「他は?」
「ん、それだけだ。ちなみに、『猿にでも建造可能なスーパーロボット!』、『次元を渡り歩く方法』、『冥界へ旅行へ行こう!』……とまあ、そんな商品の本などの詳細が載っているカタログを入手したわ」
「む、むぅ、確かにいかがわしい商品だな」
うへ、なんだよ、その商品の本は!? いかがわしいなぁ、確かに――てか、誰が買うんだよ、そんなモノを? あ、友達の山崎沙希あたりなら興味を示そうだなぁ。
「てか、そんな次元セールス社のナイニャだっけ? どんな輩なんだろうなぁ」
むぅ、なんだかんだと気になるんだよなぁ。どんな輩なのかってことが――。
「あ、そうそう、新しい魔術道具を作成したんだ。その実験台になってほしいんだが?」
「こ、断る! うわああっ!」
「な、何故、逃げる!」
そりゃ逃げるさ! エリザベートは時々、トンでもない発明をするんだよなぁ。んで、俺はそんな発明品の実験台に……ヒッ! 嫌な予感がする。ここはダッシュで夢幻花園の外に出なくちゃ! そうだ、沙希に家にでも逃げ込むとしよう!




