第九話 男装魔法少女と炉の女神 その11
「ガ、ガアアアアッ! 私ノ身体ガ浄化サレルッ……イ、イヤダ! セッカク実体ヲ得タノニィィィ!!」
水風船が破裂し、その中身の液体を浴びた怨念少女の身体から、花を刺す悪臭をともなうドス黒な湯気があがる。それがしばらくすると一変し、ほのかに香る湯気に変わっていく。
「あの水風船の中には、私の聖域に湧く泉の水が入っていたわけだ。邪気を払うのは打ってつけだろう?」
バサバサバサッと一羽の白い梟が舞い降りてくる。戦女神のアテナだ。ふむ、あの水風船の中身はアテナの聖域に湧く泉が入っていたようだ。邪気を払うってアテナが言っているわけだし、聖水ってことかな?
「ウガアアアッ! ガアア、足ガ溶ケタ……ウアアアアッ! セッカク、肉体ヲ再構築シタノニッ……アイツラヲ殺スマデハァァァ!」
「ふむ、怨霊の娘よ。なにがあったかは知らんが、このまま素直に冥府へ旅立った方がいいのではないか? 女神がそう言っているんだ。素直に聞いた方が身のためだぞぅ?」
「ウウウ、五月蠅イッ! 誰ガ冥府ニナンカッ……私ハ復讐シタインダ! 復讐ノタメニ怨霊ノ王ニ忠誠ヲ誓ッタンダァァァ~~!!」
「こりゃダメだな。まったく説得に応じんぞ、コイツ。一体どんな死に方をしたのだ、この娘は――」
「あらあら、困ったわねぇ……」
怨念少女をアテナが説得する。しかし、聞く耳を持たぬを決め込んでいる。困ったなぁ、ああいうタイプのモノは――。
「ここは僕に任せてもらおう。タナトス、カモーン!」
「ハーデスさん、呼んだっすか?」
「うお、足許にいつの間にかマンホールが! てか、兎が出てきた!」
ここは僕に任せろ! バアアアンッとはっちゃんはかっこよく(?)翼を広げながら言う。その直後、俺の足許にいつの間にかあったマンホールのフタがバカンと勢いよく開く。そして、スッとそこから黒い兎が顔を出す。タナトスって名前のようだ。
「おう、タナトス。久しぶりだね。つーか、早速だけど、あの女のコの怨霊を本物の冥界へ引きずり込んじゃってくれ」
「えー、面倒くさいっすね! あ、嘘っす。ほいじゃ、早速……てか、ヒュプノスは腹痛で来れないって言ってたっす」
「そ、そうか、困った奴だなぁ」
「まったくっす! ほら、こっちに来い……痛ぇ、暴れるなよ、ゴルァ!」
「ウガアアアア! ナニヲスルヤメレェェェ!」
うーん、まあ、なにはともあれ、怨念少女を強引にマンホールの中に引きずり込む黒い兎ことタナトスだけど、一瞬、首から下が筋骨隆々の大男に変わったぞ。俺は幻を見たのかなぁ……。
「これでよしっと~☆ きっと、彼女はスティクス川の水を飲んで前世の記憶を忘れるだろう」
「てか、強引すぎ……」
「まったくだぜ」
浩史さんとステンノーが相槌を打つかのようにがボソッとつぶやく。まあ、ごもっともな意見である。俺もそう思う。
「さて、これで玄室への無事に行けるってわけだ」
「オウオウ、ナニガ無事ダヨ! コノ人斬リ……グギャアア!」
と、名乗る前に鎧兜で武装した姿で実体化した怨霊は、ナルキッソスが振りまわす薔薇の棍棒が顔面にクリーンヒットし、バコーンと宙を舞いそして勢いよく地面に落下し、ピクリとも動かなくなる。再起不能になるのが早っ!
「あらあら、これはなにかしら? ガラケーという普通の携帯電話かしら?」
「うん、そうみたいだ。しかし、けっこうなお古だな。十年は前の機種だ」
「ついでにだけど、こんなモノも落ちていたぞ」
「ペンダントか? なにかしらの装飾品がついていたっぽいけど、原型を留めないくらい壊れていてどんなモノだったか判別がつかないな」
黒兎のタナトスによって本当の冥界へと引きずり込まれた怨霊少女の落とし物なんだろうか? 十年は前のお古な機種のガラケー、それに装飾品がどんなモノであったのか? その判別がつかないほど原型を留めていないペンダントがデメさんの足許に落っこちていたので、俺はそれを拾う。
「む、電源が入る! コイツ、まだ機能しているのか……う、なんだ、これは!」
「ああ、ペルセポネー!」
「ううう、電源をONにした途端、眩暈がっ……」
お古なガラケーは、未だに機能しているようだ。電源も入ることだし――が、そんな電源をONにした途端、強烈な眩暈が俺を襲う。
「な、なんだ、これっ! うわあああっ!」
「ふむ、コイツはなにかしらの呪具かもしれない」
うく、いつまでも持っていられるかっ! 俺はお古なガラケーを地面に投げつける。さて、そんなお古なガラケーをエリザベートが拾い電源をOFFにする。これで誰が触れても安心かなぁ……。
「これは怨念増幅機の一種かもしれない、ペルセポネー! 電源をONにすると、どこからか怨念波が受信される仕組みになっている!」
「怨念増幅機!? うお、前に拾ったアレか!」
怨念増幅機という代物は、その名の通りのヤバ~イ代物である。んで、そんな怨念増幅機が受信した怨念波を介せば、例え低俗な浮遊霊であったも、ある意味で最凶の悪霊である怨霊に悪い意味で昇華させることができる場合がある。さて、以前、同じモノ――いや、近い代物をエリザベートとともに拾ったことがあるんだよなぁ……。
「うーむ、姫神塚古墳に巣食っている怨霊共の首魁は、もしかすると〝生きている人間〟かもしれないわね」
「ついでに、僕とは別系統の冥王が関わっている!」
エリザベートとはっちゃんが声をそろえる。やっぱり、その手の輩が関わっているのか――てか、なんの目的で怨霊共に手を貸しているのかが気になるところだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「イシュタル! サッチンガヤラレタヨウダ!」
「オノレサッチン! 調子二乗ッテ暴レテヤラレタノカ? 我ラ怨霊ズノ面汚シメ!」
「ダガ、奴ヲ責メルコトハデキマイ。怨念増幅機ヲ使イタダノ浮遊霊カラ怨霊ヘト変貌サセタノハ我々ナノダカラ」
「コウナルト判ッテイタダアロウニ……」
姫神塚古墳の立ち入り禁止区画こと空っぽの石棺がドンッと鎮座する玄室には、ドス黒い怨念の塊――不浄な四体の存在が蠢いている。姫神塚古墳に集う怨霊共こと怨霊ズのリーダー的存在、怨霊四天王が居座っている。つーか、そのまんまのネーミングだ。
「まあいいんじゃね? つーか、実験は成功したし、私は満足だ」
「イシュタル! アンタハイイカモシレンガ、我々ハ納得デキン!」
「ソウダ、ソウダ! 納得デキン! 腑ニ落チナイゾ!」
「コウナリャ、アノ御方ニ協力シテモラウカ?」
「もう無理だろう? 協力するのは一回だけって言ってたじゃん」
さて、怨霊ズのリーダー的存在である怨霊四天王と同じ失った肉体を再構築した怨霊なのかは定かだけど、素顔を黒いガスマスクで覆い隠す黒い外套姿の怪人の姿も玄室内に見受けられる。
「つーか、いつまで閉じ込めておくつもりなんよ? アイツは一応、冥王っつうカテゴリーに入る神――いや、その分霊じゃね? もしもお前らが本当の冥界へ行った時、牢屋にぶち込んだことを恨んで地獄行き決定にされたら嫌だろう? 本体とも記憶なんかを共有しているんだろうし?」
「ウオ、ソウダッタナ! ダガ、俺達ハ冥界ナンカニ行ク気ナンカネェヨ」
「ツーワケデ気ニスル必要ナンカネェッツウノ!」
「地獄行キ上等ダゼ!」
「ハハハ、此奴ゥ~♪」
「おいおい、私はまだ生きてるんぞ。そんなわけで困るんだけど……」
「イイジャネエカ! 細ケェコトダロウ?」
「うーむ、まあ、死ななきゃいいわけだしなぁ……」
罰当たりな連中だ。改心なんか絶対しなそうだな。さて、冥王のカテゴリーに入る神の分霊を監禁しているっぽいぞ。
「さて、怨霊ズ四天王。引き続き私の手伝いを頼むよ」
「無論ダ! アンタノオカゲデ俺達ハ目的ヲ達成デキソウダカラナ!」
「ダガ、赤錆丸ガイナクナッチマッタゾ。果タシテ、〝アノ御方〟ハ目覚メルダロウカ?」
「フン、モシモノ時ハ強引ニ目覚メサセルマデヨ!」
あの御方? 怨霊ズ四天王とガスマスクの怪人は、一体ナニを目覚めさせようとしているんだ!? とまあ、そんな連中がいる姫神塚古墳の立ち入り禁止区画へと俺達は足を踏み入れるのだった。




