第一話 使い魔との出会い その5
「やっぱり獣はいいわ♪ こーゆー草木が茫々と生えた山ン中を駆けるには――」
「うんうん、でも、人間の姿に戻れるんだよね?」
「俺もそれが心配だ!」
「ああ、大丈夫! 三十分ほどで獣変化の術は解けるから――」
死霊秘法に記されている秘術のひとつである獣変化の術は、この本の著者曰く、大体三十分ほどで自動的に解けるそうだ。
「まあいいや、とりあえず、茂みの中を進もう」
「あ、沙希ちゃん! なにかいるよ!」
動物に変身した方が進みやすいのよね。こーゆー草木が茫々と生い茂る山の中を進む場合は――って、茜がなにかを発見する。
「蛇がいる! でっかい蛇が――ッ!」
「ええ、でっかい蛇!? わあああ……ニ、ニシキヘビ!?」
「ちょ、その蛇も日本にいない生物じゃね? わあ、マジだ……ってか、真っ白いニシキヘビだ!」
茜が発見したモノとは、真っ白なニシキヘビである! ちょ、そんな大蛇が日本に生息しているわけがないのに、それが何故!?
「ホ、ホッキョクグマが喋ったァァァ!! ついでに豹と狐も喋ったわ! なに……なんなのよ!」
「えっ!? 今、喋らなかった?」
う、真っ白なニシキヘビが喋ったわ!? しかも、私達の姿を見てびっくりしている様子だ。
「その声どこかで……」
ん、真っ白なニシキヘビの声に身に覚えがあるわ。あ、コイツは確か!?
「サマエル!?」
「うお、なんで私の名前を!?」
ビ、ビンゴだわ! でも、なんでコイツは真っ白なニシキヘビの姿なんかに!? さっき出会った時は金髪碧眼の欧米系外国人の姿だったはずなのに――。
「ん、アンタ達……もしかして!? さっき私がヒッチハイクした時に出会った沙希? 茜、それに悠太?」
「そうそう、ビンゴよ!」
「むう、この国にやって来た即日に同じ穴のムジナ――魔法少女と出会うとはね。意外だわ!」
むぅ、向こうも私達が何者であるかに気づいたようだ。てか、サマエルも魔法少女なの!?
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「熊法少女ってところね」
「むぅ、そんな駄洒落なんていいわ。アンタがここへ来た理由を――」
駄洒落はさておき、サマエルがここへ来た理由を訊かなくちゃね。
「使い魔を見つけようと思ったのよ。都心では、〝力ある獣〟を見つけにくいからね」
「え、アンタも使い魔を!? てか、そのペットの黒猫は使い魔じゃないわけ?」
「俺はペットじゃなし、使い魔でもない! 相棒だ!」
「わ、猫がしゃべった!」
サマエルの目的は、どうやら私と同じようだ。さて、そんなサマエルと一緒にいる黒猫のキョウタロウは相棒という立場のようだ。つーか、猫がしゃべるなんて変な気分だわ。
「へえ、アンタ達も使い魔を探しにここへねぇ……」
「そうそう! この山のどこかにすごいモノがいるのよ。私はそいつを使い魔にしようかなぁ~と思っているわ」
「つーか姉ちゃん。そのすごいモノって、まさか!?」
「うん、あの狼姫よ! 私はアレを使い魔にしようと思っている。伝説が本当なら、の話だけどね」
私は狼姫を使い魔にしようと思っている! どうせなら強いモノ――伝説上の存在を使い魔にしなくちゃ!
「ふむ、私と同じ目的のようね」
「ちょ、アンタも狼姫を!?」
ふえぇ~サマエルも狼姫を使い魔しようと思っているのぉ!? むう、コイツぁ競争になりそうな予感がするわね。
『ハハハ、どうやら、その娘も同じ狼姫を使い魔にすることが目的みたいだねぇ♪』
「う、またアンタ!? な、なんなのよ、一体!」
うお、またあの謎の声が!? まったく、何者なのよ!
「い、今の声は……」
「え、アンタにも聞こえるの!?」
「ええ、ばっちりとね」
ムムム、謎の声はサマエルにも聞こえるようだ。私と茜と同じ魔法少女だからってわけかな?
「おいおい、誰と話しているんだよ!?」
悠太には謎の声が聞こえないようね。まあ、アイツは魔法少年ってわけじゃないし、あの声が聞こえなくても仕方だろう。
『フフフ、使い魔を求める魔法少女が三人ってわけね。面白そうだから、そんな君達に有益な情報を伝えておくとしよう』
「有益な情報!?」
『ああ、ついでにだけど、予め君達に送っておいたアルカナカードが役に立つと思う』
謎の声が有益な情報を伝える、と言う。ああ、そういえば、そんな謎の声の主が、私と茜に月、太陽、星、女帝の四枚のアルカナカード――タロット占いに使うカードを送ってくる。使い方はイマイチだけど、使い魔を得るために必要なモノらしい。
「へえ、奇遇ね。私は女教皇と恋人達のカードを持っているわ。まあ、このアルカナカードは姉様からもらったものだけど……」
ムムム、サマエルもアルカナカードを所持している。女教皇と恋人達のアルカナカードも使い魔を得るために必要なモノっぽいわね……同種の特殊なカードなのかな!?
「んで、有益な情報って、なによ!?」
月、太陽、星、女帝、そしてサマエルが保有する女教皇と恋人達を合わせた計六枚のアルカナカードのことはともかく、件の有益な情報の詳細を謎の声の主に、私は尋ねるのだった。
『ハハハ、そうがっつかなくても語るよ。この姫鬼山には棲んでいるんだよ。神仙クラスの獣がね』
「神仙クラスの獣!? 仙人の領域に達した獣ってこと?」
『まあ、そういうことになるね。狼姫とやらが本当に存在しているかはともかく、その手のすごい獣を使い魔にするというのもいいと思うんだけどなぁ♪』
「「…………」」
なんだか気軽に言ってくれるわ。その手の獣は、ある意味、厄介度が高いと思う。仙人の領域に達したモノなんだろうし、ああ、無論、狼姫もだけど――てか、その手のすごい獣を使い魔にしてみたいという欲望が、私の胸中で渦巻き始める。
「なんだか面白そうじゃん!」
「うんうん! 燃えてきたわ!」
茜も同じみたいね。ヤベェ、興奮してきた! テンションアップだぁー!
『おお、君達、やる気満々って感じだねぇ♪ ああ、そうだ。気づいているかな? そんな君達の様子をジッと見つめているモノがいることを――」
「「えっ!?」」
「私は気づいていたわ。いるわね、近くに――」
「ちょ、なにがいるわけ!?」
ちょ、そう言われるとテンションが若干だけどダウンしちゃうわ。しかし謎の声の主、それにサマエルは〝なに〟が近くにいるって言うのよ! と、とにかく、自分の周りを警戒しなくちゃいけなそうだわ。
「うおおお、一つ目巨人だァァァ!!」
ギャー! と、悠太が飛び跳ねる。あああ、本当に一つ目巨人が現れる! 鬱蒼とした目の前の茂みの中から、ヌゥとその巨躯を晒し、私達を凝視しているわ!
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
一つ目巨人はギリシャ神話に登場する卓越した鍛冶技術を持つ単眼の神であるが、その一報でホメロスの叙事詩オデュッセイアでは人食い怪物としても描かれる存在だったかな? てか、ゲームでは後者の方は有名のような気がする。
さて、そんな一つ目巨人が何故、日本に!? 神話の系統が違うっての! ああ、そういえば、日本の妖怪の中の一つ目小僧とか一つ目入道といった単眼のモノもいたわね。どっちかと言えば、そっち系かしら?
「わお、日本には生息していない獣がいるでヤンスね。おっと、それはどうでもいいでヤンス! お前ら、この山から立ち去るでヤンス!!」
う、一つ目巨人がしゃべる! てか、語尾にヤンスって……緊張感がない奴だわ。一体、何者なのかしらね?
「アンタは何者!? 緊張感のないしゃべり方ね」
「そうよ、名乗りなさいよ!」
――と、サマエルが一つ目巨人に尋ねる。むぅ、先を越されたわ。
「うぬぅ、あっしはこの山を古の昔より守護するモノでヤンス! とにかく、ここから早々と立ち去らないのなら痛い目を見ることになるでヤンス!」
ガオーッ! と、威嚇とばかりに両手を広げながら、一つ目巨人は叫ぶ。なるほど、この山の守護者ってわけね。しかし、なにを守護する存在なのかさっぱりだわ。
「ふ~ん、守護者ねぇ……あ、でも、アンタの正体がなんとなく判ったかも!」
「な、なんですとー!? あっしの正体が判っただと!」
え、一つ目巨人の正体が判った!? あ、サマエルが真っ白なニシキヘビの姿から、元の金髪碧眼の欧米人の姿に戻る。
「お、お前は人外でヤンスね!」
「私は人間よ、失敬な! さて、アンタの正体は狐狸の類でしょう?」
「ギョッ! な、なにを言っているんでヤンスか!」
狐狸の類!? ああ、なるほどね。狐や狸は、私達、人間を化かすって昔から言われていたわね……ってか、図星っぽいわね。一つ目巨人は、それを彩るリアクションを見せているし――。
「むぅ、狐狸の類は人を化かすっていうけど、俺は違うからな!」
日本の昔話や民話には、しばしば人を化かす狐や狸が登場するわけだ。ああ、悠太の場合は私が狐の姿に変化させているだけであって、そういった能力はないのは言うまでもないかな。
「あ、あっしは狐狸の類ではないでヤンス! う、うおおおっ!」
一つ目巨人は暴れ始める。正体が狐狸の類という図星だったので自棄になったんだろう。
「さて、やるなら相手をしてやんよ! 熊をナメんなよ!」
スゥと私は立ちあがりファイティングポーズを――てか、今の私のホッキョクグマの姿だ。熊をナメんなよ、ゴルァ!
「まったく野蛮ねぇ。こういう輩にはクールに……ドーンッ!」
「わああああっ……むぎゅうう……ガクッ!」
「えええ、なにをしたの!? 一瞬、アンタの指先が光ったと思ったら、次の瞬間、一つ目巨人が仰向けに倒れたけど……」
クールにって、一体、サマエルは、一つ目巨人に対し、なにを!? 一瞬だけど、彼女の左手の人差し指がカッと光った気がしたけど……。
「た、狸!? 一つ目巨人が小さな狸の姿に……コ、コイツが正体だったのか!」
ズズンッと仰向けに転倒した一つ目巨人の身体が、ボンッという軽い爆発音とともに小さな狸の姿に変化する。うーん、可愛い正体じゃないか♪