第九話 男装魔法少女と炉の女神 その10
デメさんことギリシャ神話に登場する豊穣の女神デメーテルの分霊は、マジで危なっかしい御方だ。てか、デメさんは慈悲深いなぁ。あんな穢れた存在――この世を憎むあまり怨霊と化した連中に優しく声をかけるとか、俺には無理な話だぜ。
「ウワアアア、ゴメン! ゴメンヨ、母チャン!」
「あらあら、私はアナタのお母さんじゃないわよ、ウフフフ♪」
さてさて、霊食鬼が大声を張りあげて泣き出す。母親に謝っているようだが幻覚でも見ているのか?
「ふむ、退魔剤の中に幻覚作用を引き起こす薬品は含まれていないはずなんだけどなぁ、ニヒヒ……」
「ちょ、絶対、嘘だろ! つーか、笑ってるし!」
エリザベート、嘘を吐くな! 絶対、ああいう連中にも効果がある幻覚作用のある物質を退魔剤とやらに混入しているのが目に見えるよ、まったく。
「ウフフ、まあいいじゃないですか、ペルセポネー。彼はイイ幻覚を見ながら、本当の冥界へ旅立つことができるのだから――」
「え、どういうこと? ん、呪文?」
デメさんが呪文のような言葉を唱え始める。
「本当の冥界へ行けるおまじないです~☆」
「そ、そうなのか……って、霊食鬼の身体が灰と化したぞ!? むぅ、その灰からぼんやりと光る球体が……」
「あれは霊食鬼の本来の姿だ、ペルセポネー」
本当の冥界へ旅立つことができるおまじないねぇ。とまあ、そんなおまじないの呪文とやらをデメさんが唱えた直後、霊食鬼の身体が灰化し、本来の姿であるぼんやりと光る球体――魂となって出現するわけだ。
「さ、お逝きなさい。今の姿なら、この仮初の冥界からも出ることができるはずです」
「アア、判ッタ。シカシ、アンタノオカゲデ晴レヤカナ気分ダ。ジャアナ……」
「オイ、俺モ逝クゾ!」
晴れやかな気分ねぇ。んで、赤錆丸の魂と一緒に真なる冥界へと旅立つのだった。
「さてと、あの者達は真なる冥界へ旅立ったとはいえ、恐らく良い場所には……ウフフ♪」
「…………」
そういうオチかい! まあ、確かにそう思うけどさ……。アイツらの場合、死後に犯した悪行が影響しそうだな。
「邪魔者はいなくなりました。さあ、行きましょうか、ペルセポネー♪」
「お、おう!」
ま、まあ、再び霊食鬼のようなモノが現れなきゃいい話なわけだ。さ、姫神塚古墳へ行こう、改めて――。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「姫神塚古墳の玄室は、ええと円墳の方にあったような……ああ、入り口のところに鎧武者の姿として実体化した怨霊が何体もいる!」
「それだけじゃないよ。ほら、この場に似つかわしくない女子高生の姿をした血まみれの怨霊も混じっているね。わお、斧を持ってるよ、危ないなぁ~」
さて、姫神塚古墳は上空から見ると鍵穴のようなかたちをしている前方後円墳である。とはいえ、某前方後円墳ほど多くはなく――そうだなぁ、大きな公園にある百メートルあるかないかって感じの山だろうか? そんな姫神塚古墳の立ち入り禁止区画である玄室の入り口のところまでやって来た橙子とナルキッソスは、シャッと鬱蒼とした草むらの後ろに身を潜めながら、入り口のところにいる連中を警戒する。
「すごい怨念だ。あの女のコはロクな死に方をしていないのが目に見えるわね」
「む、そんなことより気をつけたまえ! 連中がボクらの存在を察知したようだ!」
姫神塚古墳の玄室の入り口のところにいる守護者を気取っている鎧武者の姿をした怨霊共&この場に似つかわしくもない女子高生の姿をした怨霊の視線が、キュピーンと一斉に橙子とナルキッソスが身を潜める草むらに集中する。
「ウ、ウガアアアッ! ガアアアアッ!」
「ひゃっ! 女子高生怨霊がこっちに来るわ!」
ギランッと連中の中から一際、強烈な憎悪の視線が橙子とナルキッソスに向けられている。うお、女子高生の姿をした怨霊が、けたまましい咆哮を張りあげ、突撃してくる! 刃毀れ&赤錆だらけの斧を振りあげながら――。
「ううう、猛獣のような素早さだわ! わあああっ!」
女子高生の姿をした怨霊――怨念少女と仮称しておこう。そんな怨念少女の動きは、まるで血に飢えた猛獣のような猛り狂いながら、ゴオオッと刃毀れ&赤錆だらけの斧を橙子に向けて叩きつけてくる!
「危ない、危ない! しかし、すごい怨念だね。その年で一体どれだけの憎悪を――」
橙子に向けて振りおろされた刃毀れ&赤錆だらけの斧が、バシィッとナルキッソスが巨大な黄色い水仙の花で受け止める。
「あ、ありがとう! しかし、すごいわね、そのでっかい水仙の花は!」
「フフフ、ボクは花を武器&防具にできるんだ。これはそのまんま水仙の盾さ!」
ナルキッソスの得意技は花を武器化&防具化のようだ。恐らくデメさんが教えたんだろう。俺も会得したいな。今度、教えてもらおう。
「しかし、すごい怨念だ。なにをそんなに恨んでいるんだい?」
「ウウウ、ウガアアアッ! グギャアアアアッ!」
「く、ダメだな。彼女は狂化されている。話にならないなぁ、こりゃ……うりゃあ!」
さてと、ナルキッソスは怨念少女に話しかける。だけど、聞く耳を持たないというか言葉が通じない様子である。狂化された、とナルキッソス言っている。精神を狂わす魔術でもかけられているのかもしれないな。それはともかく、ナルキッソスの武器であり、防具でもある巨大水仙がボフッと勢いよく花粉を放ち怨霊少女を吹き飛ばす。
「花粉砲を食らった感想はどうだい? あちゃ~効果は薄かったようだ。実体化している状態だし、花粉砲を食らったらくしゃみ地獄に陥るはずなんだが……」
「ガッガガ……ガフガフッ……ゴブアッ! ウウウガアアアア! ゴガアオオオッ!」
「ちょ、花粉があの怨霊をさらに狂暴化させちゃったんじゃないの?」
「ハハハ、そうかもしれないね……ガアアッ!」
巨大水仙から放たれた花粉の塊――花粉砲は、ズギュウウンと怨念少女をさらに狂暴化させてしまったっぽいぞ。んで、そんな怨念少女の頭突きがナルキッソスの顎を捉える。
「グ、グルルル、キシャアアアッ……次ハ貴様ノ番ダ!」
「わあああ、怨霊がしゃべった! つーか、しゃべれるんじゃん! も、もぎゃああ、苦しいィィ!!」
怨念少女が踵を返す――ドンッと跳躍し、橙子を押し倒す。そして身の毛も弥立つ唸り声を張りあげながら、彼女の細くて白い首を血まみれの両手につかむ。絞殺するつもりのようだ!
「死ネ、死ネ、死ネェェェ! ミンナ死ンデシマエッ!」
「あ、あぐぅぅ……な、泣いている!?」
怨念少女は〝死ね〟と連呼する。さて、抵抗できずに首を絞めつけられる橙子は意識が薄れ始める中、目撃するドッと大量に流れ落ちる怨霊少女の涙を――。
「ああああ……なんてことだ……ゆゆゆ、許さんっ!!」
「ゴ、ゴガアアアッ!」
「うう、助かったぁ……って、なんかブチキレてない?」
ムムム、その刹那! ズドンッと怨念少女の血まみれの身体が三メートルは吹っ飛ぶ――ん、般若の形相のナルキッソスが先端に真っ赤な薔薇の花がついた棍棒で、怨念少女をブン殴ったようだ。
「あの怨霊娘はナル様を怒らせてしまったようだ」
「ん、しゃべる白い鳥……キバタン?」
「私はエコー。ナル様の使い魔です。てか、あの怨霊娘はナル様にトンでもないことをしてしまった……」
「え、トンでもないこと!?」
「はい、ナル様の顎に擦り傷をつけたことです! ナル様は極度の自己陶酔者なんです。そんなわけで、ほんの小さな擦り傷とはいえ、あの怨霊娘はナル様に対し、絶対に許されることをやってしまったのです」
「す、擦り傷程度でブチキレるなんて流石は自己陶酔者ね! わ、わああああ、あの真っ赤な薔薇が先端についか棍棒を怨霊の頭に向けて……い、今、グシャッて音が……」
ナルキッソスの使い魔と名乗るエコーという白い鳥――キバタンが橙子の右肩に舞い降りる。それはともかく、ナルキッソスがブチキレた理由は、単に顎に擦り傷をついたってことだけのようだ。むぅ、それくらい気にしなきゃいいのに……。
「ああ、怨霊の頭が身体の中にめり込んでいる。う、そんな頭がズルッと胸のところに移動した!」
「なんだかんだとナル様のお優しいのです。あの薔薇の棍棒で頭を殴られた者は、普通なら脳みそがグチャグチャに飛び散ってグロテスクな惨状となるところをあんな感じに移動させてしまうのですから――」
「てか、胸に頭が移動した姿だけどさ。某往年のロボットアニメに出てくる敵ロボットみたいに見えるんだけど……」
え、ナルキッソスは優しい? ん~とにかく、怨念少女の頭は砕け散ることなく胸に移動したあたりは、アイツの慈悲ってところでいいのかな?
「ギャオオオ、ガアアアッ!」
「あらら、元気爆発ですね。斧を投げてきましたよ、お姉さん」
「う、うん……あ、危ないっ!」
なんだかんだと、頭が胸に移動しただけの状態なので、当然、怨霊少女の状態は橙子とナルキッソスを殺る気満々である。
「そんなモノは打ち返してあげよう。むんっ!」
「わ、打ち返した!」
おお、ガキーン! と、ナルキッソスは薔薇の棍棒で怨念少女が投げてきた斧を豪快に打ち返す。
「斧が鎧武者の姿をした怨霊の頭にクリーンヒットしたわよ!」
ナルキッソスが打ち返した斧は、ドギャアアアッと勢いよく宙を舞い怨念少女のお仲間の怨霊の顔面にクリーンヒット――ま、まあ、どんな状態になったかは想像に任せるとしよう。
「ガアアア、今度コソ……ギャゴッ!」
「ウフフフ、オネンネの時間ですよ♪」
「おお、師匠!」
怨念少女は再び斧を投擲しようと身構える――が、ズドーンとでっかい水風船が飛んできて怨念少女を吹っ飛ばす。とまあ、そんなこんなで俺――太田辰巳とデメさん、クロベエと浩史さん、ついでにはっちゃんとゴルゴン三姉妹が橙子とナルキッソスのもとに駆けつける。




