第九話 男装魔法少女と炉の女神 その3
魔術師墓場――その名の通り、魔術師と呼ばれた者達は墓地である。とはいえ、ここがつくられたのは約三十年ほど前だって話だ。だけど、ここは洞窟内ということで古代の地下墓地のようだ。ついでに、浪間を漂う海藻のような緑色の炎が轟々と燃え盛る松明が、壁のあちらこちらに見受けられる……ぶ、不気味な場所だ!
「魔術師墓場へようこそ、我が妻ペル……ぐげぇ!」
「あ、ゴメン……勝手に拳が!」
うお、気づけば俺の右の拳が勝手に防衛行動を――てか、いきなり抱きついてきたはっちゃんが悪い! とにかく、バコーンとはっちゃんは弧を描きながら上空へと舞いあがり、ドシャッと地面に勢いよく落下する。
「フフフ、流石だ。そうでなくっちゃ困る♪」
はっちゃんはムクッとまるでなにもなかったかのように立ちあがる。うむ、俺は本気でぶん殴ったつもりだったんだが――。
そんなはっちゃんは、性格はともかく、燕尾服と山高帽という恰好をした見た目だけなら紳士なペンギンである。だが、その正体はギリシャ神話に登場する冥界の神――冥王ハーデスだ。ああ、でも、正確なところお爺ちゃんの部屋に飾ってあるキングペンギンの剥製に宿った分霊なので本物かどうかは微妙なんだよなぁ。ちなみに、婆ちゃんが我が家の愛犬である柴犬のケンタを散歩させている最中に拾った熊のぬいぐるみに、はっちゃんこと冥王ハーデスの分霊が宿っていたらしい。
「う、そんなことより、地上へ行くぞ、はっちゃん。デメさん――義母さんに呼んで来いって言われているんだ」
「デメさんが呼んでいる? フフフ、あの御方も物好きだなぁ。ま~た困った人間の手助けなんだろう? まあいいや、行こう。だけど、ちょっと待ってくれ。今日はまだ花を供えていないんだ、マダム弓子の墓に――」
「あ、ちょっと待って!」
さて、はっちゃんにデメさんが呼んでいると伝える。だけど、マダム弓子とやらの墓に花を備えていないと言い今いる魔術師墓場の一部である洞窟の出口へと向かう。ついて行ってみるか――。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ここは洞窟なんだよな? 前に来た時は陰気な場所だったのに、随分と改変したなぁ」
「ここが地下とは思えない。色鮮やかな花々が咲き乱れる花の楽園か、ここは!?」
魔術師墓場って場所は、地下に存在する陰気で二度と行きたくない気分になる場所である。さて、はっちゃんを追ってやって来た場所は、ドーム状の空洞だ。ん、そういえば、あの緑色の炎の松明が見受けられないな……あ、ああ、なるほど! ここにそんな松明がいらない理由が判った気がする。
「ほのかに光る花が咲き乱れている!」
足許には赤、青、黄、緑、白、黒といったほのかに光る鮮やかな花々が咲き乱れている。おまけに天井には地上とつながる空気穴から太陽の光が射し込んでいる。松明が要らない理由は、そんな感じかな?
「ほのかに光る花々が咲き乱れる花園のあっちこっちに墓石が見受けられるわね」
「ああ、花の中に埋もれた墓石が、確かにあっちこっちに……ん、墓石になにか刻んである」
「それは墓碑銘ってヤツさ。この花園の下に眠る魔術師の生前の功績なんかが刻んであるものさ」
「墓碑銘? ふむ、足許にある墓の主は、お隣に住んでいた魔術師に触発され魔術師の道を歩むこととなった少女もののようだな。友人と、その魔術師との間で三角関係となってしまったみたいだな。そして、それが原因で――」
ほのかに光る色鮮やかな花々が咲き乱れる花園のあちらこちらに見受けられる墓石には、そんな墓の主の生前の功績などが墓碑銘として刻まれている。
「さて、ここがどんな場所か説明していなかったね。ん~ありていに説明すると、邪神討伐機関XXXの司令官マダム弓子という人物が、幾多の戦いを共にした同士――魔術師達の魂を弔うためにつくった場所ってところかなぁ?」
なるほど、魔術師墓場は、そんな理由からつくられた場所なわけね。ああ、そういえば、そのマダム弓子って人物のお墓も、ここにあるようだ。彼女は偉大な――三倍偉いと言っても過言じゃない魔術師だったようだから、そりゃ豪華絢爛なお墓に葬られているんだろうなぁ。
「よし、今日は柘榴の実を供えたぞ。ふう、アンタが好きだった夜光花が、今年もキレイに咲いたぜ」
ん、はっちゃんがほのかに光る色鮮やかな花々が咲き乱れる花園の中にある墓のひとつに柘榴の実をお供えしている。ん、ひょっとして、あの墓は――。
「この墓が気になるのか?」
「うん、一応……」
「フフ、ならば教えてやろう、ペルセポネー。この墓は魔術師墓場をつくった者――マダム弓子のモノさ。だけど、彼女の遺体は眠っちゃいない」
「え、遺体のない墓!?」
「ああ、彼女の身体は消滅したんだ。一年前のニャルラトホテプとの戦の最中に――」
「そうなんだ。知らなかったよ」
はっちゃんが柘榴を供えていた墓は、この魔術師墓場の主であるマダム弓子の墓のようだけど、中身は空っぽの墓らしい。ん、ニャルラトホテプといえば、あのナイ牧師のことか!? 一年前、彼奴らとの戦いの最中に一体なにがあったのやら――。
「よし、地上へ行こうか。デメさんに難癖つけられそうだからね」
「お、おう、じゃあ、戻ろう……って、どうやって戻るんだ?」
「ああ、それなら私に任せてもらおう。姉上から地上へ戻る方法なら聞いている」
「むぅ、まさか出口を知っているのか!? むぅ、出入り口の場所をしゃべってしまったのか、デメさん……」
「ええと、確か地上へ通じる通路は、花園のどこかに……お、あったぞ。さあ、地上へ戻るぞ、ペルセポネー!」
「お、おい、待てよ、エリザベート!」
そういえば、地上へ戻る方法を俺は知らなかったわけだ。ああ、でも、エリザベートは事前にデメさんから地上へと帰還方法を聞いていたようね。そんなわけで出入り口となっている通路へ向かって駆け出す。よ、よし、追いかけてみよう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「うげ、男だ!」
「ちょ、男がいる!」
「な、なに、男だと! おかしいな、ここは男子禁制の地のはずなんだが――」
「む、むぅ、うお、なんだ、お前らはァァ~~!」
そんな三つの声が目ざまし時計となり、ハッと山田浩史は意識を取り戻す。無限に広がる花畑の一角で――。
「ここはどこだ!? あれ、デメさんが一緒だったはずだ? 彼女はどこへ……」
「デメさん!? 貴様、なんて失礼な呼び名で――っ!」
「おい、姉者。そんなことはどうでもいいじゃん。それより、この男が何故、夢幻花園へ来ることができたのかを問うべきじゃないか?」
「そうだよ、そうだよ。ここはデメーテル様の神域――いや、男子禁制の固有結界。それなのに、何故、入ることができないのかを訊かなくちゃダメじゃん」
と、三つの声の主――三人の女のコは、キッと鋭い声で浩史さんを問い詰める。さて、そんな三人の女のコの特徴だけど、ひとりは白いワンピースという恰好をしたポニテの少女、もうひとりは赤いジャージ上下に目玉の黒いバンダナという恰好の少女、そして最後のひとりは何故か紙袋で素顔を隠しているヘンテコリンな少女だ。
「ん、この男から嫌なニオイがする!」
「酸っぱい汗とニンニクのニオイ、それの……」
「お、おいィィ! 俺のどこが臭いんだよ!」
クンクンとポニテの少女が、浩史さんの服のニオイを嗅ぎながら、ムッと眉をひそめる。汗臭とニンニク臭は、どっちもキツいニオイだ! さらにポニテの少女は、もうひとつの〝なにかしら〟の臭気を感じたようだ。
「フフフ、彼をいぢめちゃダメよ」
「その通りだ、ゴルゴン三姉妹」
「うお、デメーテル様! てか、アテナ様も――むぅ、仕方ありませんね」
ふーん、あの三人はゴルゴン三姉妹というらしい。それはさておき、デメさんがティーポットとカップが乗せてあるシルバープレートを持った状態で現れる。ん、そんなデメさんの左肩には真っ白な一羽の梟が留まっている。
「さ、お茶でもしながら、お話しましょうか――」
「おお、イスとテーブルが現れた!?」
デメさんがパチンと指を鳴らすと、ボウンッという軽い爆発音とともに、真っ白な大理石の円型テーブルと、それを囲むように五つのイスが出現する。自分と浩史さん、それにゴルゴン三姉妹用に用意したものだろう。
「さてさて、はっちゃんじゃなければ、どんなモノかは断定できませんけど、とりあえず、話しておきましょう。山田浩史さん、アナタに憑いているようです。厄介な亡霊が――」
「「「「な、なんだってーっ!!」」」」
と、デメさんが言うと、浩史さんと何故かゴルゴン三姉妹は同時に大声を張りあげ、驚く。一体、なにが浩史さんに憑いているんだ!? おっと、その直後にはっちゃんこと冥王ハーデスを連れた俺――太田辰巳が夢幻花園へとやって来るのだった。




