第八話 魔法少年としゃべる獣達 その3
俺、山崎悠太が今いる場所――姫神塚動物園の世界の猛獣館は、時計回りにライオンや虎といった猛獣を来客が見下ろすかたちで展示している。ちなみに、施設内で飼育されている猛獣は、野外と野内を自由に行き来できるようになっている。
「おい、知ってるか? この世界の猛獣館で飼育されている猛獣の中には生肉を絶対に食べない変わり者な猛獣が何頭もいるらしい」
「えー、生肉を食べないの!?」
「ああ、茹でた肉しか食べないんだってよ。そういえば、猛獣のクセに野菜が好物らしいぜ」
「へえ、そうなんだ。珍しいわね」
「ふーん、生肉を食べないんだ? あ、僕は生肉も食うぞ、ニャハハ♪」
と、そんなカップルの会話が聞こえてくる。確かに変わっているなぁ、ここの猛獣達。カップルの話じゃ野菜が好物だって言ってるけど、それは元人間だから? つーか、生肉なんか食べたら腹痛になってしまうぞ、アーたん。
「こんにちは、狐クン。ここは猫科動物の領域へようこそ、クククク」
「…………」
世界の猛獣館へと足を踏み入れて途端、俺に声をかけてくるモノが――むぅ、出入り口のすぐ側にある飼育スペースの中にいるチーターだ。コイツがガラス越しに話しかけてきたようけど、ひょっとして!?
「ああ、私は元人間だ。こんな姿になる前は雑誌モデルも兼ねた女子大生だった……ふう、公には行方不明というあつかいになっているんだろうなぁ。ああ、名前は神倉真理。ネットで検索すれば、チーターになる以前の私の姿を見ることができるはずだ」
「は、はぁ……」
しゃべるチーターはやっぱり元人間のようだ。何故、そうなったのかは判らないけど、人間だった頃は雑誌モデルを兼ねた女子大生だったみたいね。
「お、獣になった俺らの言葉を理解できるなんて、流石は人間に変化し、人間社会に紛れ込んでいる妖狐だなぁ!」
「…………」
今度はユキヒョウが話しかけてくる。コ、コイツも元人間なのかよ!
「ああ、僕は芦沢修也。人間だった頃は邪神組織XXXのメンバーで、今は君の足許にいるアメショーと同じ組織――S市の平和を守っている聖なる猫の会のメンバーだ」
「私も聖なる猫の会のメンバーさ。日課として毎日、深夜に動物園を抜け出し、S市内を見回っているから、どこかで出会っていたかもね、クククク♪」
ユキヒョウも元人間のようだ。んで、朱莉と同じ聖なる猫の会のメンバーらしい。チーターこと神倉真理も、同組織のメンバーのようだ。う、深夜に動物園を抜け出して見回りをしているのかよ、コイツ!
「ところで、ここへ来たってことは先生にお会いに来たんでしょう?」
「うーん、別に俺は……」
「そうよ、先生にお会いしにやって来たのよ」
おいおい、俺は別に先生ってヤツに別段、会いたいなんて思っていないんだが……。
「また独り言か? ハハハ、変な奴だなぁ。てか、この先に不思議なライオンがいるらしいぜ」
「不思議なライオン?」
「あ、聞いたことがあるわ。そのライオンって、まるで瞑想しているかのように見えるんでしょう?」
「瞑想? ハハ、まるで座禅を組んでいるお坊さんみたいだね、悠太」
「あ、ああ、言われてみればそんな感じかなぁ。まあ、現物を見なくちゃなんとも言えないが……」
「そのライオンは、あそこにいるっぽいわね。あ、人だかりができてるね」
瞑想中のお坊さんにように見えるライオンがいるのか? 確かに、そりゃ不思議に見えるなぁ。お、なんだか人だかりができている。件のライオンは人気者なのかな?
「あれが件のライオンかな? メスみたいだな」
「メスのライオンだな。あ、目を閉じたジッとしているけど、眠っているんじゃ……」
「うーん、瞑想じゃなくて眠っているんじゃね?」
さて、俺達は人だかりの中に割り込む。件のライオンを見るために――ん、確かに瞑想しているようにも見えるけど、ありゃ眠っているんじゃないのか?
「あのメスライオンが先生よ」
「え、あのメスのライオンが!? あ、目を開けた……うお、目が合ったぞ!」
瞑想中なのか? それとも睡眠中だったのか? そんな件のライオンの両目がカッと開く。う、それと同時にキッと目が合ったぞ。
「やっと来ましたね。待っていましたよ、妖狐の魔法少年――では、試させてもらいますね」
「え、試す……うお、しゃべった! やっぱり、あのメスライオンも……あ、あれぇ? ここはどこ……よ、夜の草原!?」
朱莉が先生って呼ぶメスライオンが話しかけてくる。やっぱり、コイツも――と、その刹那、田所、後藤、野田、それにライオンを見に集まった人達の姿が忽然と消え失せている。うお、それにいつの間にか、煌々と満月が輝く夜のアフリカのサバンナって感じの場所に移動しているんだが!? ちなみに、アポロンと朱莉、それにアーたんとクロベエは一緒のようだ。
「ゆ、悠太君、ここはどこなの? テレビで見たアフリカのサバンナみたいだわ!」
「うお、三嶋!? どうしてここに!」
「あちゃ~失敗しました。まさか、魔術師の才能を持っている人間が一緒にいたとは……ま、いいでしょう。その娘も一緒に特訓させるとしましょう」
うおー、三嶋も一緒だ! 俺達と一緒にライオンの固有結界の中に入り込んでしまったようだ……え、一緒に特訓させるだって!?
「さてと、名乗っていませんでしたね。私は逢坂美月。聖なる猫の会の戦闘教育係を務めております」
「わああ、ライオンがしゃべった! 逢坂美月? まるで人間みたいな名前だわ」
「お嬢さん、私は元人間ですよ。こう見えても一年ほど前までは光桜学園の教員のひとりでした」
「え、光桜学園の先生!? ああ、行方不明になっている先生がいるってウワサを聞いたことがあるぞ」
「うん、それは私も……も、もしかして!?」
「はい、多分、私のことでしょうね。さてと、準備はいいですか?」
「じゅ、準備だぁ? うお、勝手に狐に変化してしまったぞ!」
「わああ、悠太君が狐に……か、可愛い♪」
「む、むう……」
準備だぁ、訓練とか言っていたけど、逢坂美月と名乗るメスライオンは、この夜のサバンナって感じの固有結界内で俺になにをさせる気なんだ!? うお、それはともかく、勝手に狐の姿に変身してしまったぞ、俺――っ!
「わーい、なんだか楽しそうなイベントの始まりだね、悠太♪」
「ちっとも楽しくなんかねェェェ!!」
まったく、なにが楽しいイベントの始まりだよ。アーたんは気楽でいいよなぁ。俺はちっとも楽しくなんかない! むしろ迷惑だ、すっげぇ迷惑だァァ~~!
「わ、私も訓練をしなくちゃいけないの!? てか、さっき公園で見かけた猫ちゃんや黒い狐さんがいる!」
「さっきからいたわよ。つーか、穏行の術で姿を消していたのよ」
「穏行の術!?」
「判らなくて当然ね。アンタは素人なんだしさ。ま、そんなに難しい術じゃなから、すぐに覚えられる気がするわ」
「うお、沙羅! い、いつの間にィ!」
むぅ、いつの間にかカラスの沙羅まで一緒に……う、チーターの神倉真理とユキヒョウの芦沢修也もいるぞ!
「あの二頭は私の教え子です。短時間ですが人間に戻ることができる修行を行っている最中なので、これから行う訓練に参加させました」
「へ、へぇ、そんな修行があるんだ」
「うう、驚きのあまり、これ以上、なにも言えないかも……」
三嶋は混乱こそしていないが、なにをしていいのか判らない様子だ。まあ、仕方がないよなぁ、いきなりの出来事なんだし……。
「あ、そうだ。沙希の部屋から持ってきた〝これ〟を君にあげる! 役に立つかは判らないけどね☆」
「あ、ありがとう。アーたんさん……」
ん、アーたんが姉の沙希の部屋から持ってきたっぽい手の平に収まるほどの大きさのミロのビーナスを連想させる古代ギリシャ風の意匠が施された人形を手渡す。
「む、それは!? あの人形には面倒くさい神が宿っているぞ。気をつけろ、悠太!」
「面倒くさい神が宿っている!? あの小さなミロのビーナス像のような人形に?」
アポロンがそんなことを言い出す。あの小さなミロのビーナス像のような人形には、なにが宿っているんだろう? すっげぇ気になるなぁ~。
「さてと、アナタ達には、あの山を目指してもらいます」
「それが訓練なのか? 簡単そうだな!」
先生こと逢坂美月が目指せって言う山だけど、ひょっとして頂上が光っている、あの山か? ハハ、簡単そうだな♪
「あら、強気ね。それじゃ早速、向ってもらうわよ」
「は~い、それじゃ行こう、悠太。ニャハハハ~♪」
「あ、待てよ、アーたん!」
むぅ、アーたんが一足先に駆け出す。おいおい、まったく、お前のせいで簡単そうな道のりが危なくなりそうだぜ。
「あ、あれ? 気のせいかな 今、私達と一緒になにかが……」
「気のせいだろう? さ、行こう、三嶋!」
「う、うん!」
三嶋はなにを見たんだぁ? とにかく、頂上が光っている、あの山を目指そう。訓練とやらをさっさと終わらせるために!




