第六話 邪神降臨! その6
白と黒の粒子がぶつかり合い、そして弾け飛ぶ。そんな中、私――山崎沙希はなにもかもが真白く染まった空間に転移してしまったのでは!? なんて錯覚を覚えるのだった。目の前でホワイトアウト現象が起こり、なにが起きているのかさっぱり判らない状態だし……。
「ハハハ、この俺が滅する!? ……まあいい。俺が滅しても他のニャルラトホテプが、お前を……ハハ、実に愉快だ! この俺がこんな目に遭うとか……ヒヒヒ、まさか死を体験することになるとは……愉悦だよ、ミス・ネクロノミコン!」
ん、姿は見えないけど、男ナイ牧師の歪んだ笑い声が響きわたる。それと同時にグギャー! という獣の咆哮も――黒いスフィンクス君の断末魔の叫びってヤツだろうか? ああ、そんな断末魔のせいかは判らないけど、私のSAN値のゲージがズギュウウウンと一瞬で満タン状態からガス欠状態となってしまいガクンッと意識を失ってしまったようだ。
「お~い、沙希! 起きてよー!」
「わあああ、アーたん! ビビビ、ビックリしたよっ!」
さて、そんなアーたんの声が目覚まし時計となった。まったく、いなくなったと思ったら、突然、現れるんだから……え、いつの間に狼姫の背に!? それはともかく、私はどれくらいの間、気を失っていたんだろう?
「沙希ちゃん、ビックリしたよ! いきなり気絶しちゃうからさぁ……」
「あ、茜か! ふう、豹の姿のままだったから、さらにビックリしたぁ……」
ふ、ふう、茜はいつまで豹の姿でいるつもりなんだろう? そういう私の両足は、未だに恐竜のままだったわ。
「あああ、ナイ牧師と黒いスフィンクス君は!? いなくなっている?」
「倒しちゃったのかもしれない!」
「フフフフ、わらわは強い! そういうことだ!」
私達は男ナイ牧師と黒いスフィンクス君を倒しちゃったのかな? どこにも、あの異形で禍々しい姿が見当たらないんだ。きっとそうに違いない……と思って大丈夫だろうか?
「ちょ、やられちゃったわけ? ん~もう少し遊んでいたいけどなぁ……」
「あ、仮面の女がいなくなった!?」
「うお、ミイラ軍団も一緒に! ああ、私の身体を置いてけぇぇ!」
男ナイ牧師と黒いスフィンクス君がいなくなったからは定かだけど、キヒヒヒという薄気味の悪い笑い声を張りあげながら、シャッと女ナイ牧師の姿が消え失せる。逃げ出した? ああ、ついでに、ミイラ軍団もフッと消え失せる。
「むぅ、黒い無貌のスフィンクス二号、三号もいなくなったぞ!」
「ういいい、助かったでヤンス……」
「フン、俺がいなかったら、お前は今頃、狸汁の具材にされていたところだったな、タヌキチ」
「うく、文句を言いたいとこでヤンスが、こればかりは否定できない……」
黒いスフィンクス君二号、三号もフッと消え失せる。そういえば、いつの間にかタツの使い魔の黒狐のクロベエも巨大化し、鎧兜で武装した茜の使い魔である仙狸のタヌキチとともに黒いスフィンクス君二号と戦っていたようだ。
「お、異界化が解けたぞ。夜の砂漠から光桜学園の校門前に戻ってこれた……」
パキーン! と、耳が痛くなるような甲高い音ともに夜の砂漠という感じの異界から、元の世界に――光桜学園の新校舎の校門前に、私達は帰還する。お、時間も数分経った程度だ。
「〝ああいう世界〟にいると時間が異常なくらい長く感じるよね」
「う、うん、それに今回は呆気なく脱出できて良かったぁ~……」
アウストリア・ネフレンカスの妄想が凝り固まった赤い異界へ取り込まれた時と違って呆気なく元の世界に戻ってこれたかも……うーん、だけど、これで安心していいのかどうか?
「さて、俺はコイツに研究でもするかな」」
ああ、グラウドに咲いていたというアウストリアの妄想が凝り固まった赤い異界の残りカスのような幻覚作用のある香気を放つ〝あの花〟を研究する気なのね、タツは――。
「研究結果が出たら教えてるよ。んじゃ、またな~☆」
「ペルセポネー、待ちなさい! それは処分しなくちゃ……ああ、みんなまた会いましょう!」
「じゃあ、私達も帰ろうか?」
「うん、そうだね」
「おい、腹が減ったぞ! 肉が食いたいぞ、ワオオン!」
あの花を研究するねぇ、何気に結果は楽しみかも♪ さてと、私も帰宅しようかなぁ。
「さあ、葵の事務所に戻るよ、沙希」
「ええ、まだ用事があるわけ!?」
「当然!」
「まあ、なんだ、積もる話もあるし、このまま帰宅されてもねぇ……」
「む、狂奈さんまで……」
カイムと狂奈さんがキッと私を見つめている。うう、上空から地上の獲物を狙う鷹の目だわ! か、身体が硬直する、う……動けないっ!
「沙希、大人しく従った方がいいかも……」
「ヘルメスの言うとおりかも、沙希ちゃん……」
「ム、ムムムムッ……」
私としては帰宅したいところなんだけど、大人しく従おう。さ、カイム達と一緒に再び狂奈さんの事務所――雉飼探偵事務所へ行くとするか……。
「行っちゃったね。ボクの出番がなくなっちゃったよ」
「キャハハ、行ったところで返り討ちにされるわよ。私達、〝子供ナイ牧師〟はニャルラトホテプの中でも最弱の部類に入るしね♪」
「あらあら、その割には楽しそうじゃない?」
「まあね。ほら、〝死〟ってヤツを体験できる滅多にない機会だったわけだし♪」
「ボク達は永遠に生きる存在だ。永遠の生者も悪くないじゃないか? 不満でもあるのかな?」
「フフフ、気まぐれに死ぬのもいいじゃない? どうせ死んだところで、また新しいニャルラトホテプが生まれるわけだし……ほら、さっき死んだナイ牧師の代わりがもう♪」
「バブブババー!」
「ハハハ、ただいまって言ってる。まったく、もう新しいお仲間が生まれるとか、お遊びが大好きだなぁ、私達は――」
私達が光桜学園新校舎の校門の前から立ち去ってから間もなくのことである。ヌゥと地面から三人の怪しい影が――あの女ナイ牧師だ! それに同じ燃えあがる三つ目が描かれた仮面をかぶった黒ずくめの小学生くらいの男のコと女のコが一緒だ。コイツらもナイ牧師なわけ!? さて、そんな三人のナイ牧師の足許には、同じ燃え上がる三つ目が描かれた仮面をかぶった赤ちゃんの姿も見受けられる。
「さて、欲しいモノはGETできたんでしょう?」
「ええ、もちろん☆」
「わ、毒々しい花♪ それをナニに使うんのさ?」
「フフフ、判っているクセに……」
ムムム、女ナイ牧師の右手には、あの赤い花が入った花瓶が……ちょ、光桜学園のグランド以外のにも咲いていたわけ!?
「さ、次なる計画に移行しましょうか」
「その前に、ボク達の姿を見た者を口封じしなくちゃ!」
「そういうことだからさ。死んでよ、お兄ちゃん♪」
「え、グオワアアアッ!」
ああ、子供ナイ牧師――女児ナイ牧師が、たまたま部活等の理由でやって来た眼鏡男子に目をつける。その刹那、眼鏡男子は身体から一瞬で水分をすべて蒸発させられミイラとなる……く、酷いことをする!
「バブブー! ブーブー!」
「え、あの御方が一緒だけど、それでも〝あの娘〟にちょっかいをかけるのかって? もちろん、私達は主さえ嘲笑うモノだしね♪」
あの御方!? 私達の側に〝ナニ〟かいるわけ!? とにかく、主という存在をも嘲笑う性質の悪い存在が、彼ら彼女ら――ニャルラトホテプの本質なのかもしれないわね。




