第六話 邪神降臨! その4
「とりあえず、咲いていたのは、この一輪の花だけだ。でも、エリザベートの話じゃ繁殖力が異常らしい。早く発見できて良かったぜ!」
「う、うん、みんなが騒ぐ前に刈っておいて良かったね!」
「そういうことだ。異界の植物は危険性が高い上、繁殖力も異常な場合がある」
「ヒュー異界からの帰化生物は洒落にならないってわけね!」
ムムム、繁殖力が異常!? 鼠算式に増えるとか? まあ、なにはともあれ、あの赤い花を刈り取っておいて正解だったかも……。
「その花のことはともかく、私の気のせいだろうか? さっきから妙な気配を感じるんだ」
「むぅ、カイムさん、まさか、この気配は!?」
「カイムさん、まさか……この気配は!?」
ん、猫達が――カイム、ジョー、朱莉がなにかしらの気配を感じ取ったようだ。猫というか獣は人間以上に第六感的なモノが働くし……さて、なにがいるかしらね?
「ちょ、なにか〝いる〟の!? ん、仮面の男?」
はわわ、いつの間に!? 妙な気配を感じ振り返ると、そこには燃えあがる炎のような赤々とした三つ目が描かれた仮面で素顔を多い隠すキリスト教の教会にいる神父さん、或いは牧師さんといった感じの衣装に身を包む男が、バアアアンと立ちはだかっているじゃないか!
「フフフフ、完全に消したつもりだった俺の気配を感じ取るとは、流石はマダム弓子の愛猫カイムとその従者といったところかな?」
「うお、お前はまさか!?」
「ひゃ、ひゃあ!」
「わ、ジョー! どうしたのよ! それに朱莉も……」
シャッとジョーが私の右腕に飛びついてくる。う、朱莉は左足にしがみついてくる……ちょ、二匹ともどうしたわけ!? あの仮面の男が怖い、とか? まあ、嫌な感じがする男なのは判る!
「沙希ちゃん、そいつは危険だよ!」
「うむ、あの仮面は危険だ。不快な気を放っているぞ!」
茜は豹の姿に変身し、面の男を警戒する。ついでに狼姫も――むぅ、私も変身しておくべきかな!?
「沙希、あの仮面の男は恐らく……」
「もしかしてアンタがナイ牧師?」
「ちょ、狂奈さん!」
ナイ牧師!? それがあの仮面の男の名前? とにかく、狂奈さんが声をかける。ちょ、いきなり話しかけるだなんて無謀な気がするわ!
「いかにも、俺はナイ牧師と呼ばれている者だ。しかし、そこにいる猫共が遭遇したナイ牧師かどうかは判らないぜ、クククク」
「ふーん、やっぱりね。てか、あたしはあの時、不参加だったから、ナニが起きたのか詳しくは知らないけど、アンタなんでしょう? 母さんを殺したのは?」
「え、あの仮面の男がマダム弓子を!?」
いきなりトンでもない輩が現れたわね! ん、カイム達が知っているナイ牧師かは判らない? そんな意味深なことを言い出したわね。まさかナイ牧師と呼ばれる存在は複数存在するとか!?
「なんだか〝複数〟いるみたいね。あのナイ牧師って輩は……」
「恐らく、百人……いや、千人……それ以上いるはずだよ、沙希!」
「ちょ、どういうこと!? それじゃ、まるで……」
死霊秘法を読破した私のは心当たりがある! 百どころか千を超える化身を持つ厄介な輩に――。
「まさかとは思うけど、あのナイ牧師って這い寄る混沌……邪神ニャルラトホテプ!?」
「ビンゴ! そのまさかだ! 奴は僕達――邪神討伐機関XXXを壊滅に追い込んだ宿敵だ、沙希!」
と、私の右肩に座るヘルメスが、ビッとナイ牧師を指さしながら説明する。そんなヘルメスもマダム弓子の仲間だったわね。それはともかく、ナイ牧師の正体が、あの邪神ニャルラトホテプだったとは……。
「く、トンでもない輩ね! グガアアアアッ!」
私はホッキョクグマに変身する。人間のままじゃ不味い気する――第六感的なナニかが変身しろって言っている気がしてね!
「おい、クマ公! お前があのババアの後継者なんだよな?」
「ク、クマ公!?」
「そうだ、お前しかいねぇだろう? さてと、試させてもらうぞ、キヒヒヒ」
「うう、沙希ちゃん、急に周囲が……空気が重くなった気がしない?」
「う、うん、まさかとは思うけど……」
ク、クマ公って言われたわ! むぅ、試させてもらうだって……ああ、周囲の空気がドンッと突然、重くなった気がする。ま、まさか!
「異界化現象ってヤツね。私達は取り込まれたようだわ。アイツの固有結界の中に――」
と、狂奈さんが――ちょ、また? うー、本日は二度目だわ、まったく!
「固有結界をつくって、その中に獲物を閉じ込める種の連中って厄介だわ。こういう場所で死ぬと行方不明扱いになるしね」
「ええと、犠牲者の遺体が異界に残るってこと?」
「まあ、そんなところね。公に行方不明者とされている者の中には、あたしらみたいに固有結界――一種の〝異界〟に取り込まれて出られなくなった者も多数いると思われる」
「うお、それより思い出した! アイツよ、アイツ! 私に黒魔術殺人事件の黒幕という罪を着せた大馬鹿野郎は!」
ナイ牧師の固有結界――一種の異界に取り込まれた犠牲者は、ここから出ることがないので行方不明者扱いとなるのか! なるほどね、そんなカラクリがあったわけだ。ん、清水さんが騒ぎ出したわ。あのナイ牧師が自分に罪を着せた張本人的なことを言っているわね。
「ちょ、沙希ちゃん、ここって夜の砂漠!? さ、寒いっ!」
「ムム、確かに寒いわね。こういう場所は昼夜の気温の差が激しいし……」
「おいおい、それより見ろよ、あの仮面の男が仲間を呼んだみたいだ」
「ねえねえ、沙希。あれってスフィンクスっていうんだよね?」
「う、うん、でも、顔がないわ! おまけに真っ黒な身体だ!」
「ついでに巨大だな!」
気づけば、私達は夜の砂漠って感じの空間に移動している。ナイ牧師の固有結界の中というわけで、あの男の心象風景が彩った異界ってところだろう。さて、そんなナイ牧師がスゥと左手を振りあげると同時に、ドガガッと地面の砂の大地から妖怪ののっぺらぼうのような顔のないスフィンクスを連想させる真っ黒な人頭獣身の怪物を飛び出してくる……うお、でか! ホッキョクグマに変身しているので間違いなく二メートルを超えている今の私の身長の三倍以上だ!
「紹介しよう。俺の親友のひとりである黒いスフィンクス君だ」
「そ、そのままじゃん!」
「フフフ……行け、黒いスフィンクス君。あのクマ公共を八つ裂きにするんだ」
「お、襲いかかってきた!」
ダッと見た目そのままの名前であるお友達だという顔のない黒いスフィンクス君の背中にナイ牧師が飛び乗ると同時に、そんな顔のない黒いスフィンクス君がグワアアアッと巨大な右の前足を振りあげ、私を標的にするかのように振りおろしてくる!
「う、うぐぐっ! うりゃああああ、熊頭突き!」
ドゴオオオッ! 猛烈な右の前足の一撃を私は両腕を交差させるかたちで防ぐ! んで、カウンターとばかりに、顔のないスフィンクスの右の前足を払い除けると、ダッと顎を目がけて私は跳びあがる! 頭突きだァァ~~!
「おお、黒いスフィンクス君に頭突きとは! フフフ、やるなぁ、クマ公……む、いない!?」
「私なら、ここだ!」
「ほう、熊化を解いたか! ほほう、両足を脚力に長けた絶滅爬虫類のものに変化させ俊敏に俺の背後に回り込ん……ぐぎゃあああっ!」
さて、私はホッキョクグマの姿から人間の姿に戻ると、今度はヘルメスからもらったティラノサウルスの化石を使い両足を恐竜に変化させ黒いスフィンクス君の背に乗ると、右手だけを再びホッキョクグマに変化させナイ牧師の顔面を覆う仮面を目がけて熊パンチを叩き込む!
「沙希ちゃん、やったね!」
「まだよ! 手応えはあったけど、あんな攻撃じゃ……」
「そうさ、この程度で俺は倒したつもりになっちゃ困るぜ!」
「うわ、コイツも顔がない!」
私が打ち放った熊パンチはクリーンヒット! ナイ牧師の素顔を覆う燃えあがる三つ目が描かれた仮面がバラバラに砕け散る……うげえぇ、その下から真っ黒なのっぺらぼうのような姿が現れる!
「ハハハ、臆したか、クマ公? さて、今、お前がどこにいるか判るよね?」
「ああ、そういえば、ここは黒いスフィンクス君の背中だった……うわあああっ!」
「さ、沙希ちゃん!」
「だ、大丈夫……う、増えていない? 燃えあがる三つ目は描かれた仮面をかぶった女がいつの間にか!?」
うぬぅ、黒いスフィンクス君の尻尾が蛸の触手のような形状に変化し、私は薙ぎ払われてしまう! イタタタァ……わ、増援!? ナイ牧師がかぶっていた燃えあがる三つ目が描かれた仮面で素顔を覆う黒い全身タイツに身を包む女が現れた!
「あの女もナイ牧師のはずよ」
「えええ、あの女も!? やっぱり複数いるのかァァ!」
「うん、あの女もそのひとりってわけだ、沙希」
ちょ、やっぱり複数いるの!? なんだかまだ新手にナイ牧師が現れそうな予感……洒落にならないわね。奴ら――這い寄る混沌ニャルラトホテプは!




