第五話 異界からの脱出! その5
「はうっ! アハハ、天使様に捕まっちゃった♪ さあ、どうにでもしてちょうだい!
「うわ、キモいっ!」
ギュルルルンッと私――山崎沙希が振りまわす蛇神鞭が、螺旋を描きながら、アストリアの身体に巻きつく。うげ、そんなアウストリアはニタニタと嬉しそうに私を見てる……ちょ、どんな幻覚を見ているんだ、コイツ!
「あの塔が気になるけど、今はコイツを新校舎へ連れ帰らなきゃね」
「うん! てか、どんな幻覚を見ているんだろう? うえ、ニタニタ笑いながら、こっちを見つめているわ、ヒッ!」
「天使様っ! 私に拷問をする気なんですね? ああ、色々と想像したら……ヒャッハアアッ♪」
「うわ、奇声を張りあげちゃってる……ききき、気持ち悪い!」
うう、アウストリアって気持ちが悪い! 幻覚を見ているせいで、頭の中が混乱しているんだとは思うけど……。
「ゲ、ゲブハッ!」
「あ、ぶん殴っちゃった、エヘヘ♪」
「わああ、沙希ちゃん! ホッキョクグマに変身してぶん殴ったら……あ、生きてる! 単に気絶しただけみたいね」
「ヒューすっげぇ頑丈な人っすね!」
ああ、しまった! 気づけば、ホッキョクグマに変身し、ボゴォとアウストリアの顔面、目がけて右の張り手をぶちかましていたわ――てか、顔面にはくっきりと肉球の跡が……うええ、ニタニタ笑っている! その前に不死身か、コイツ!
「ムムムム……とにかく、アウストリアは死んでいないようだから新校舎にでも連行しなきゃね。んで、元の世界に戻る方法を聞き出さなきゃ!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「うわあああ、熊だ! 熊が出たぞぉぉ~~!!」
「なにもしないっつーの! どいた、どいたぁ!」
私達は新校舎へと戻る。むぅ、今の私の姿がホッキョクグマだからって、新校舎の玄関に集まっている連中は、悲鳴をあげたり、逃げ出したりと警戒しちゃってる。ったく、なにもしないっつーの!
「ん、幻覚防止用のマスクは、みんなに行きわたっているみたいだね」
「ああ、保健室に大量にあったんでつくってみたんだ。んで、俺の使い魔を総動員させて、旧校舎にいる連中も含めると、全員に行き渡ったかもしれないぜ」
「お、やるじゃん♪ てか、タツの使い魔って多いんだなぁ」
そういえば、インフルエンザ対策とばかりに、新校舎の保健室には大量の風邪マスクが保管してあるって話を聞いていたけど、どうやら本当のことだったようね。てか、それを使ってタツとエリザベートは、即席の幻覚防止用マスクをつくったようだ。ああ、そんなタツの背後には使い魔は赤いスカーフを首に巻いている黒狐のクロベエ以外にも獣の姿をした使い魔の姿が何匹も控えている。例えば、ウィンバットとかカンガルー、チンパンジーや小さな象なんかもいるわね。」
「俺が得意とする魔術は、どっちかっつーと回復系、補助系ってところかな? そんなわけで攻撃に向いた魔術は、あんまり得意じゃないが、回復系、補助系魔術なら任せておけ!」
「うん、任せた!」
「それはともかく、このオバサンをどうする?」
「拷問するなら、わらわに任せてくれ、ニヤニヤ♪」
「誰がオバサンよ! つーか、いつの間にか縛られているし、拷問なんてやめてェェ~~!!」
「なあ、暴れない方がいいわよ? その鞭には意識があってね。暴れれば、暴れるほど……」
「なんですって! ああああっ……でも、縛られるのって、ちょっと快感だわ♪」
「うっ!」
ムムム、アウストリアが意識を取り戻し、ジタバタと暴れ出す――が、身体に巻きつく蛇神鞭は、暴れれば暴れるほど、ズギュウウウンと身体に食い込んでいくモノなのよね。だけど、アウストリアはニタニタと笑っている……う、正気を取り戻したようだけど、やっぱり変だ。キ○ガ○には変わりはない!
「お~お嬢を捕まえたのか! 悪いなぁ」
「ったく、お嬢もひでぇことするなぁ」
「あら、黒川と瀬戸じゃない」
「てか、そんな呑気なことを言ってねぇで、さっさと元の次元に戻してくださいよ、お嬢!」
アウストリアの子分である黒川と瀬戸が駆けつける。ハハハ、コイツらもある意味、迷惑しているんだなぁってことが判るやり取りが見受けられるわね。
「沙希、この本が原因だ。取りあげておいたから、元の世界に戻るための方法を――」
「うん、判った! でも、その前にオバサンに聞きたいことがあるのよね」
「私はオバサンじゃないって何度、言えば……ヒッ!」
「黙って質問に答えてもらおうかしら?」
ま、とにかく、ホッキョクグマに変身している今の私なら、人間の身体など、紙屑同然に切り刻むことができるってわけで、ギランッと右手の爪をアウストリアの首筋に当てながら、そう脅しをかけるかのごとく問う。
「は、脅したって絶対に口を割らないわよ!」
「沙希ちゃん、手伝うよ! グガアアアアッ!」
「ヒ、ヒィィ! 今度は豹っ! わ、判ったわ。私の知っている範囲の質問になら答えるわ!」
茜が豹に変身し、ガオオオッと咆哮を張りあげ飛びかかり、アウストリアを押し倒す。お、根負けしたな。さて、なにから質問してみようかしらねぇ。
「おい、シロクマと豹がいるぞ!」
「なんだよ、ここは? 動物園かよ!」
「沙希ちゃん、とりあえず、旧校舎の四階にあるオカルト研究部の部室へ移動しようよ。ここはじゃ目立つわ。ほら、人が集まってきてるし!」
「そ、そうだね!」
むぅ、茜がここじゃ目立つって言う。確かに目立つかもね。今の私と茜の姿は、動物園に出張らなくちゃお目にかかれないホッキョクグマと豹の姿だし、おまけに今いる新校舎の玄関には、新校舎および旧校舎の外の様子はおかしいことに気づいた生徒達が続々と集まってきているしね。
「さて、脅しも兼ねて、この姿のまま……よっと!」
「ヒ、ヒィィィ!」
とまあ、そんなわけで脅しをかける意味合いもあるので、このままホッキョクグマの姿でオカルト研究部の部室へ行くとしよう。おっと、その前に人間の時のように両手を器用に使えないので仕方がない。ヒイイーと悲鳴をあげるアウストリアの上着の襟首を私は口にくわえる。
「さ、旧校舎四階のオカルト研究部の部室へ行くわよ、みんな!」
私はアウストリアの上着の襟首を口にくわえた状態で、ダッと新校舎の玄関とつながる旧校舎へと続く通路に向かって駆け出す。さあ、オカルト研究部の部室へレッツゴー!
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「お、みんな元気そうね」
「ああ、太田さんがつくった幻覚防止マスクのおかげさ! てか、なんでホッキョクグマの姿でいるんだよ……うお、いきなり狐に変身しちまったァァ~~!」
「ハハハ、悠太。私がこうなんだし、アンタも変身しなきゃ♪」
「ちょ、どういう理屈なんだよ!」
光桜学園の旧校舎四階にある旧図書館ことオカルト研究部の部室へと、私達は捕獲したアウストリを連れて戻る。お、なんだかんだと、この赤い空と赤い花が埋め尽くす世界へ来た時に意識を失っていた部活の仲間達も、今では目を覚ましている――とはいえ、この世界が普通じゃないことに気づき驚きを隠せない状況だ。
「ねえ、沙希。この女をどうにかすれば、元の世界にもどれるんだっけ?」
「うん、そうみたい。この女が持っている魔道書を奪えば、私がなんとかしてみせるわ」
「ん、もしかしてコイツか、沙希?」
「ああ、それを返してちょうだい!」
「うっせぇっす! ウソウモの書って題名の本っすね、師匠」
ゆかりんとヤスが、アウストリアが上着の中に隠していた一冊の本を奪い取る。んで、そんな本の題名はウソウモの書。これは魔道書の類なんだろうか?
「ちょっと、見せてよ。あ、これは注意事項なのかな? ええと、何々……『この本は妄想をこよなく愛する者に捧げる最凶の舞台を用意します。アナタに、その覚悟はありますか?』」
スッとヤスの手からウソウモの書を取りあげる天城先輩が、ウソウモの書の一ページ目に記載されたそんな注意事項を読みあげる。
「さて、その本の内容がどんなモノかはともかく、私はこの女にいくつか質問があるのよね。てか、単刀直入に訊くわ――死霊秘法を狙った理由を、そしてあのインスマス面の男……山田はアンタの子分なんでしょう?」
と、気になることを単刀直入に訊く私は、左手の爪をアウストリアに顔面に押し当てる。
「ぐ、ぐぬぬ……死霊秘法を狙ったのは、この私が最強の魔術師になるための布石を打つためよ! てか、インスマス面の男、山田? はぁ、そんな邪悪なモノの血を引く子分なんて知らないわよ! つーか、ダゴンとかいう邪悪な神の眷族なんでしょう?」
「え、どういうこと!? あの山田はアンタの子分じゃないわけ?」
「そうよっつーか、アンタがなにを言っているのか、さっぱりだわ!」
あの口封じをされてドロドロに溶けちゃったインスマス面の男、山田はアウストリアの子分のひとりじゃない!? じゃあ、私の死霊秘法を狙って現れた〝黒い男〟は、どこのどいつが差し向けたのよ!
「クククク、アンタがなにを言っているのか判らないけど、死霊秘法を欲しがっている魔術師はたくさんいるわ!」
「なにィ!?」
「狙われて当然でしょう? それが最凶の魔道書である死霊秘法を持つ者の定めじゃない?」
「…………」
ドンッ! と、そう言い放つアストリアは、キッと私をにらむ。むぅ、この女以外にも死霊秘法を狙っている者がいる――く、死霊秘法を持つ者の定めですって!?




