第四話 迷宮学園 その4
「五つ数えたら一緒に外に出るわよ、いいわね?」
「う、うん!」
と、サマエルが誘ってくる。よ、よし、五つ数えたらオカルト研究部の新部室こと旧図書館の外に飛び出すぞ……一、二、三、四、五! ダァァァァ!
「あ、あれぇ、なんともない……」
「さっきの悪寒が気のせいだったのかな?」
「うにゃぁ、俺に気のせいだったのかなぁ……」
むぅ、勢いよく部室の外に出たのはいいけど、特に変わった様子はないんだが? 気のせいだったのかなぁ?
「気のせいじゃないと思う。それを確かめてみようよ」
スゥと穏行の術を解いて姿が見える状態にしたヘルメスが、ブーンと小さな身体の背中にある昆虫のような翅を羽ばたかせながら、私の右肩に舞い降りる。とりあえず、なにも変化がないか確かめるためにも部室がある旧校舎の四階をぶらりと歩いてみるかと思う。
「おい、俺も一緒に行くぜ。さっきから妙な気配を感じていたんだ。それに女子だけ行かせるわけには――」
「お、ツチグモ優しい~♪ じゃあ、エスコートを頼むわ」
ツチグモが一緒について来るって言い出す。へえ、妙な気配ねぇ――とりあえず、ツチグモには一緒について来てもらうとするかな。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ヘビメタ部の連中も、雅楽部の連中、それに人形部の連中も別段、変わった様子はないわね」
「ちょ、変なニオイがするわ!」
「うげぇ、ゲテモノ研究部の前だ! さっさと立ち去ろう!」
うーん、一通り旧校舎四階を歩いてみたけど、特に変わったことはないわね。他の部活の連中にも変わった様子はないし――というか、こんな部があったのって衝撃もあったわ! 例えば、絶対に食欲が湧いてこない食材を使用してつくられたゲテモノ料理を専門に研究する珍品ゲテモノ料理部など……うえ、想像したら吐き気がァァァ! それに変なニオイがするぅぅぅ!
「部室前の戻ってきてしまった。しかし、なにも変化がないぞ」
変なニオイが漂うゲテモノ料理研究部が部室として使っている旧三年G組の教室前から急ぎ足で離れる私達は、オカルト研究部の新しい部室である旧図書館前へと帰還する。しかし、なにも変化らしいところはなかったし……あの悪寒はやっぱり錯覚みたいなものだったのかな?
「沙希ちゃん、もう一度ぶらっと歩いてみようよ」
「うむ、同意だ。俺ももう一度、見回りたい」
「そうね、もう一回、四階内をぶらっと歩いてみよう」
とりあえず、もう一度、四階内をぶらっと歩いてみよう。小さな変化も見逃すわけにはいかないからね。あの山田というニックネームをつけたインスマス面の黒ずくめっぽい連中を見かけたって杏子が言っていたしね。
「今度は私も一緒だ。依存はないでしょう?」
「俺も行くぞ。なんだかんだと、お前らの行動が気になっているんだ」
「師匠、俺も一緒に行くっす!」
「うーん、それじゃ一緒にぶらりしましょうか……」
天城先輩とタツ、それにヤスが部室の外に出てくる。一緒に行きたいか……まあいいや、一緒に四階内をぶらりと歩いてみるとしよう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「あ、あれぇ? また旧三年A組の教室前だ」
「おかしいなぁ、いつ部室の前を通り過ぎたんだろう?」
「てか、同じところをぐるぐる行ったり来たりを繰り返しちゃいない、私達!?」
「なんだか迷宮って感じっすね!」
気のせいかな? 私達は何度も同じ場所をぐるぐる行ったり来たりを繰り返している気がするんだけど? てか、オカルト研究部の新部室である旧図書館の前に戻れないのはどういうこと!?
「ん、それよりさ。あれって脚立にカーテンをかぶせてつくった台座だよな? んで、その上に埴輪が置いてあるんだけど……」
「てか、埴輪が置いてある台座があるところは確か階段が……ああ、階段がないわよ!」
「うお、マジっすか!」
「あ、ああっ……ど、どういうこと!?」
「階段がなくなっていることに気づかなかったなんてドジったわ!」
「そんなことより、なんだよ、この埴輪は――」
「ちょ、ツチグモ! その埴輪に迂闊に近寄っちゃダメよ!」
ムムムム、部室の前に戻れないという奇妙な変化、以外の小さな変化――いや、でっかい変化に今まで気づかなかったなんて! 私もまだまだね。それはともかく、あの脚立の上にカーテンをかぶせただけに台座の上に飾ってある埴輪は一体……ああ、それに迂闊に近づいたら危険だわ! なにか嫌な気配がする!
「わ、わああああっ!」
「ああ、ツチグモが吹っ飛んだ!?」
台座の上に飾ってある埴輪を手に取ろうとしたツチグモの身体が、次の瞬間、ふわりと宙に浮きあがり、ドーンッ! と、吹っ飛び壁に衝突する。ちょ、まさかあの埴輪は――。
『沙希! あの埴輪を破壊するだ! 恐らく、何者かが仕掛けた罠だ!』
「わ、罠!?」
と、穏行の術で姿を消しながら、そうヘルメスが忠告してくる。うぬぅ、あの埴輪は罠の一種ですって!?
『間違いない。恐らく、あの埴輪に仕掛けられた魔術によって、ここらへんは一種の閉鎖空間と化している!』
「ふむ……」
(もしかして黒ずくめ――山田の仲間!? とにかく、あの埴輪を壊せば下の階へ通じる階段を再びお目見えできるわけね?)
ちょ、この奇妙な現象は、あの山田の仲間の仕業? 何故、閉鎖空間なんてモノを――ああ、なるほど、私をここに閉じ込めて出して欲しいなら死霊秘法を寄越せって取引をするつもりなのかも!? でも、そうはいかないっ……埴輪を破壊して元の空間の戻す!
「巨熊の豪腕!」
「うお、沙希の右の二の腕から下が真っ白な熊のモノに変化したァァァ!!」
「師匠、すげぇっす! 俺にも今度、教えて欲しいっす!」
「世の中には不思議なことがあるもんだ。しかし、どんな手品だ? ネタを教えてもらいたいわね」
アハハ、茜とサマエル以外は、初めて見るわけだし、そりゃ驚いて当然だろうねぇ♪
「他にみんなには内緒だよ♪ んじゃ、埴輪をぶっ壊すか……わお、弾かれたか!」
ぐ、右の二の腕から下をホッキョクグマのモノに変化させ埴輪めがけて振りおろすが、そんな埴輪の目がカッと閃光を放ち私の一撃を弾く! あの埴輪は力学的に説明すると斥力のようなモノを展開しており、埴輪に触れようとする物体(私の腕)に対し、反発作用が働いたわけだ。
「むぅ、沙希も弾かれた!」
「まあ、任せてよ。んじゃ、今度はこれで――」
「ん、今度はその木刀で?」
「うん! 爪は物理的な一撃と違ってね。コイツなら〝ああいうモノ〟も壊せるはずだから!」
ドロンッと右腕の二の腕から下を元に戻すと、今度は持ち合わせた木刀――バルザイの偃月刀を私はかまえる。コイツなら、まだまだ物理的な攻撃しかできない私の熊爪と違って、あの埴輪が展開している斥力を思わせる反発力場を無視した攻撃ができるかもしれない! 木刀を素体として使っているけど、死霊秘法に記されていた呪文を刻んである自作の聖剣のつもりだしね。
「ものは試し! たぁーっ!」
思いついたら即、行動! 私は埴輪めがけてバルザイの偃月刀を横薙ぎに振りまわす! 破壊はできなくても、あの埴輪にHITくらいはしてほしいわね。
「む、むぅ……うらああああっ!」
「は、埴輪に木刀が当たった、沙希ちゃん!?」
「う、うん……うわあっ!」
横薙ぎにブン回したバルザイの偃月刀が埴輪に直撃――が、その刹那、私はさっきのツチグモと同様、吹っ飛ばされてしまう。ぐぬぅ、壊せなかったか!
「ちょっとだけヒビが入ったみたいだよ、沙希ちゃん! わ、黒々とした液体が漏れてきた!」
く、バルザイの偃月刀でも破壊することはできなかったけど、あの埴輪のヒビ割れをつくることだけはできたわ。しかし、なんなのよ、ヒビ割れから滲み出してきた黒々とした液体は!?
「ねえねえ、なにやってるの? あのヘンテコリンなお人形さんはなぁに?」
「わ、アーたん! 今までどこへ!?」
「あ、この間の裸のコっす!」
「――というか、いつの間にかいなくなっていた気がする」
そ、そういえば、アーたんのことを忘れていたわ。てか、いつの間にか姿が見えなくなっていたのよね、このコ――ったく、どこへ行っていたのよ!
「アハハ、なんだか可愛いね。この人形……もらってもいい?」
「わ、迂闊に触っちゃダメ! わ、砕け散った……なにが起きたわけ!?」
え、可愛い? うーん、絶対、可愛いとは思えないデザインなんだけどなぁ。そ、それはさておき! 迂闊にもアーたんは、埴輪を手に触れようとする――が、その刹那、埴輪がパンッという破裂音を奏で中に詰まった黒々とした液体を飛び散らせながら砕け散る。な、なにが起きたわけ!?




