第三話 謎の少女アーたん その3
「おや、朝帰り? 若いねぇ、夜通しで遊び歩くとか――」
「それは皮肉?」
「ハハハ、そう聞こえたんなら謝るよ。つーか、最近、不審者情報があっちこっちで出回っているから気をつけろよ!」
「ほいほい、ありがとねー」
馴染みの新聞配達のおぢさんに皮肉を言われ、ちょっとだけイラッとしたけど、私と悠太はアーたんを連れて帰宅する。ああ、茜と基本形態である金色の狼の姿に変化した狼姫、それに当然、ヘルメスも一緒だ。
「あ、沙希ちゃん。私は帰るね」
「うん、またね。ああ、後でメールを送るわね」
茜は帰る、と言い出す。まあ、彼女の自宅は、私の自宅の五軒ほど先にあるので微妙に目と鼻の先なのよね。
「はうう、お腹空いた……ムニャムニャ……」
「むぅ、リアルすぎる寝言ね。腹の虫も鳴ってるし……」
アーたんが悠太に負ぶさったままの状態で眠っているんだけど、そんな寝言を――んで、グルルルと彼女の腹の虫が鳴いているわ。まったく、なんなのよ!
「そういえば、お父さんはまた外国へ出張ったみたいね」
「父さんはなにをそんなに急いでいるんだか――」
さて、帰宅したところで、お父さんは外国の出張していないのでいるのは早苗姉ちゃんだけである。ああ、ちなみに、私達、姉弟のお母さんは、すでに他界している――が、妙に霊感に強いお隣の土屋さんのところのお婆ちゃん曰く、たま~にそんなお母さんの幽霊を見るらしい……い、嫌な冗談よね!
「さ、入るわよ……うわ、早苗姉ちゃん!」
ゲゲッ家の中に入ると同時に、早苗姉ちゃんと鉢合わせに……ちょ、なんだか怒っていない?
「沙希、それに悠太、真夜中にどこへ出張っていたのよ! 最近、不審者情報が多いって注意したばかりなのに!」
「あはは、ごめ~ん♪ てか、新聞配達のおじさんにも同じことを言われたよ、エヘヘ……」
「えへへ、じゃないわ! ん、なぁに、その小汚い野良犬は? まさか拾ってきたんじゃないでしょうね?」
「うぬぅ、わらわは小汚い野良犬ではない!」
アハハ、小汚い野良犬と勘違いされた狼姫がちょっとだけ可愛そうな気がする。まあ、洗っていない犬のニオイはするかなぁ……。
「え、犬がしゃべった? ん~私はまだ夢を見ているのかな……んん、ところで悠太がおぶっている女のコはアンタの友達?」
「ま、まあ、そんなところかなー」
「ふ~ん……んんん、澄子!? うわあああっ!」
「ちょ、どうしたわけ!?」
な、なんだ、なんだ!? 悠太がおぶっているアーたんの顔を見た途端、早苗姉ちゃんが突然、悲鳴をあげる。ちょ、まるで幽霊とか悪魔とか――とにかく、得体の知れないモノでも見たかのような驚愕の表情が早苗姉ちゃんの顔に彩っている。ああ、見る見るうちに顔色が青ざめていく。
「す、澄子は……安里澄子は、あの日……〝あの殺人事件〟が遭った日に行方不明になってしまったはずだァァ~~!!」
「あ、あの殺人事件!? うーん、まさかとは思うけど……」
むぅ、〝あの殺人事件〟とは、早苗姉ちゃんが学生時代に遭遇した〝後一歩〟のところ殺害されてしまったかもしれない凄惨な殺人事件のことである。ええと、確か名称は――黒魔術殺人事件だったかなぁ?
「うう、思い出すと頭がっ……頭痛がっ!」
「ああ、早苗姉ちゃん!」
ああ、早苗姉ちゃんがバタンッと勢いよく仰向けに転倒する。うーん、黒魔術殺人事件は、ある意味で心的外傷になっているっぽいからなぁ――とりあえず、茶の間へ連れて行こう!
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「うわああ、マジで澄子だわ!」
「パンを食べながら眠るなんて荒業をできるのは、なんだかんだと、あのコくらいだわ」
「てか、行方不明になった〝あの時〟と姿がまったく変わってないんですけど!」
「不思議なこともあるものねぇ、ウフフ♪」
アーたんが何者かはともかく、早苗姉ちゃんのお友達が四人ほど我が家へとやって来る。そんな早苗姉ちゃんの同僚の警察官である池口友里さん、某IT企業の社長秘書だっていう玉澤桜子さん、お水のお友達であるホステスの工藤俊子さん、そして早苗姉ちゃんのお友達の中では唯一の既婚者になる看護婦の須藤藍子さん――と、紹介しておくかな。
「ほらほら、口にくわえたパンが落っこちるわよ」
「も、もがもが……むきゅぅぅ……」
「お、起きないわね。流石は食いしん坊の澄子だわ!」
「澄子? 僕はアーたんだ! そんな名前じゃないぞ……むぎゅぅ……」
「わ、目を覚ました!? けど、また眠っちゃったわね――てか、アーたん?」
「アハハ、友達があのコにそんなニックネームをつけたんですよ。なんだか気に入ってるみたいです」
うーん、早苗姉ちゃん達の知り合いなのかな、アーたんは? しかし、あの黒い硝子の破片はなんだったのかしら!? アーたんはアレから生まれた存在だったはずだし……。
「ところで沙希ちゃん。あのでっかい犬はなに? なんだか狼みたいで恐いんだけど……」
「あ、ああ、あれは……悠太、連れてって!」
「お、おう、コイツをやるから、あっちへ行こうぜ」
「なんだ、それは? 甘いニオイがするぞ、美味そうだな!」
ま、まあ、狼姫の基本形態はでかい犬というか狼なのは仕方がないけど、恐いって言われちゃなぁ。とにかく、狼姫を茶の間の外に連れて行ってもらわないとね――って、おい! チョコレートで釣っちゃダメ! アイツは鬼神とはいえ、イヌ科の動物である狼の姿をしている以上、チョコレートに含まれるテオブロミンという物質は毒となる食べ物なんだし!
「ねえ、件の黒魔術殺人事件の詳細について教えてくれないかな? 七年だったか八年前の話だっけ? なんだかんだと気になっちゃって……」
さて、なんだかんだと気になったので早苗姉ちゃん達に訊いてみたわけだ。件の黒魔術殺人事件について――。
「……知らない方がいいと思う」
「「「「そ、知らない方がいいと思う」」」」
「む、むぅ……」
早苗姉ちゃんが即答する。んで、友里さん、桜子さん、俊子さん、藍子さんが口を合わせる。
「まあ、なんというか、あの事件の真相を知るのは唯一の生存者である早苗のみなのよねぇ……」
「つーか、ウチらはあの黒魔術部と関係者じゃないし、ある意味、知っている話は又聞きのようなものよ」
「だよねぇ。でも、あんな話を聞けば、語るのをためらっちゃうわ」
「さて、あの事件に関しては興味があっても触れちゃいけないわ」
むぅ、早苗姉ちゃんのお友達は、みんな口裏を合わせるかたちで例の殺人事件こと黒魔術殺人事件の詳細を語ろうとしない――と、決め込んでいるっぽいわね。
『フフフ、わらわが魅了の魔眼でコイツの口を割らせようか?』
『うーん、迷うわね』
あれれ、悠太がどこかへ連れて行ったのでは? 気づけば、足許に魚肉ソーセージを口にくわえた狼姫の姿が――とまあ、そんな狼姫がテレパシーを送ってくる。うーん、彼女の魅了の魔眼なら早苗姉ちゃんらの口を割らせて自白させるのも呆気ないとは思うけど、迷うなぁ……。
『ねえ、ヘルメスはなにか知っている?』
『ん~判らないね。てか、あのオカルトマニアに訊いてみては?』
『あ、ああ、そうだ! アイツのことを忘れていたかも……名井有人ことを!」
そうだ、そうだ! あの名井有人なら、きっとなにか知っているはずだわ。メールを送ってみよう。黒魔術殺人事件の詳細を教えて、と――。




