第十一話 悪魔と天使と新人魔法少女 その23
~登場人物紹介~
・アールヒルド――ミカエルの兄。トンでもなく頑丈な肉体を誇る。
・ジャヒー――妖霊賛歌という魔道書が擬人化したアラビアンな衣装を身に着けた女のコ。
・アクエル――魔道書の水神クタアトが擬人化したヒゲマッチョのオッサン。
「戦いの歴史コーナーですか! ふむ、戦いに関しての記録があっちこっちに見受けられますね」
真田先生は自分の周囲をぐるり見回す。さて、彼女らが今いる場所は戦いの歴史コーナー――と、そんなわけで有史以前から続く戦いの歴史が、ユニークな絵や人形を介して展示されている区画でもある。
「うお、舞台がある! ちっちゃいけど……」
「フン、あれでも古代ローマの剣闘士達の血と汗は染み込んだ神聖な戦いの舞台だ。さあ、ここで勝負と洒落込もうじゃないか、太っちょパンダ!」
「お、おい、本当に戦うのかよ! が、がああーっ! いきなり、なにをしやがる!」
小さなとはいえ、畳を五十畳敷いたくらいの広さはある円形舞台だ――と、ミカエル先生一行がアールムヒルドによって案内された戦いの歴史コーナーの深奥には、そんな円形舞台が見受けられる……ム、ムムム、闘いはもう始まっている!? アールムヒルドの阿部クン目がけて淡い光を放つ鉄球を投げ放ってきたわ!
「チッ……受け止めたか! そいつはタスラムという神の武器のはずなんだが、どうやら長いこと使われていなかったせいで弱体化してしまったようだ」
「タスラム? 神の武器だぁ? フン、甘いな! 俺は野球部のキャッチャーも兼任する男だ。お前の投げるヘナチョコ球を受け止められないと思ってか?」
へえ、特撮ヒーロー部の部長を務める一方で野球部のキャッチャーも兼任しているんだ――とまあ、そんなわけでアールムヒルドが投げ放ってきてタスラムという名の神の武器だという鉄球を軽々と阿部クンは受け止める。
「あらあら、物騒なモノを持ち出して……阿部クン、打ち返してあげなさイ! このバットで――」
「打ち返す? おう、了解だぜ、ミカエル先生! つーか、鉄パイプじゃんか、これ!」
「タダの鉄パイプじゃありませんヨ。それはとある英雄が残した武器なのでス!」
「え、そうなのか? うーん……そうは見えないんだけどなぁ……」
ちょ、どんな英雄が使ってたモノなのさ! と、それはともかく、ミカエル先生はとある英雄が残した武器だっていう鉄パイプを阿部クンに投げ渡す。
「ま、いいや! コイツでバッティングと洒落込むか……オラアアアアッ!」
阿部クンはヒョイッとタスラムという名の神の武器だっていう鉄球を頭上に放り投げる。んで、それが自分の目の前の落下するところを見計らうかたちで、オラアアッという気合の絶叫とともに、先ほどミカエル先生から投げ渡された鉄パイプをブン回す! その刹那、鉄パイプとタスラムが激しく激突し、ギャキィィンという甲高い金属音が響かせ対象物に向かって空を切り裂く弾丸のようにタスラムがアールムヒルド目がけて飛んでいく!
「ぐ、ぐぬぅ!」
「片手で受け止めた……だと!? やるじゃないか!」
「当たり前だ! この程度、片手で十分だ!」
「ウフフフ、痩せ我慢しちゃってませんカ?」
「う、五月蠅……グベボッ!」
ガシィィ! アールムヒルドは左手で一本でタスラムを軽々と受け止める。しかし、ミカエル先生曰く、痩せ我慢のようだけど――と、その刹那、阿部クンが右の剛腕無双拳がアールムヒルドの顔面を捉える! 先手必勝ってところだ。
「その程度か? フン、軽い軽い!」
「て、てめぇ……不死身かよ!」
わお、阿部クンの右ストレート――右の剛腕無双拳がクリーンヒットしたアールムヒルドの首が、グルンと三百六十度、一回転してしまっている! だけど、そんなアールムヒルドは余裕そうに笑っている。平気なのか? 普通なら致命傷のはずなのに!?
「さて、首を捻じ曲げてくれたお礼をしてやる……ぬーんっ!」
「う、うぐぅぅ! げぶはっ……い、痛くないぞ、全然なっ!」
ダッと阿部クンのもとから三歩ほど後ろに後退するアールムヒルドは、ゴキンと両手で三百六十度、捻じ曲がった自身に首を元通りに戻す。コイツ、本当に不死身かも――と、捻じ曲がった首を元通りに戻す同時に、阿部クン目がけて背中に生えた真っ黒な翼から光の衝撃波を放ってくる! う、光の衝撃波がクリーンヒットした阿部クンの身体が爆発したわ!
「ほう、私の光翼波を防ぐとは……ならば、これはどうだ!」
「ぐ、ぐごっ……ボ、ボディーブローかよ、今度は……ゴフゥ!」
轟ッ! と、残像を残しながら猛接近するアールムヒルドの地面をえぐるドリルような左右の拳打が阿部クンの脇腹に連続で突き刺さる。
「い、痛くなんかないぞォォ~~!」
「ほう、意外と頑丈だな」
「ウフフ、お兄様、パンダをナメてかかると痛い目に遭いますヨ」
「フ、それは脅しか? まあいい、次でフィニッ……グオオオッ!」
「ガアアアッ! 痛ぇな、この野郎っ! 顔面を打ち砕いてやんよ、オラアアッ!」
おお、阿部クンがカウンターとばかりに、即、反撃を試みる! ムムム、だけど、効果のほどは薄いようだ。ベコンッとアールムヒルドの顔面にクレーターのような穴が生じるけど、それがすぐに元通りに戻り、まるでなにもなかったかのような涼しげな顔をしているし――。
「フン、生意気なパンダ野郎だ。でも、今のはちょっとだけ痛かったぞ……ちょっとだけな」
「ウフフフ、お兄様、相変わらず頑丈ですネ」
「当たり前だ! 忘れたのか? 私は隕石の衝突にも耐えられる頑強さを持つことを――」
「え、そうでしたっケ? ま、とにかく、焦るとそんな頑強さも無駄になってしまいますヨ~☆」
「焦ってなどいない! 私は常に冷静だ!」
「フフ、それにしても山崎さんったら、阿部クンを怪獣にしてしまう気なんでしょうかネ?」
「え、阿部クンを怪獣に? ムムム、そういえば、阿部クンが妙に頑丈だなぁと思っていました! もしかして、あの腕輪がおかげでしょうかね? 山崎さんは阿部クンをパンダに変身させた以外にも、別の意図があってアレを渡したのかもしれませんね」
聞き捨てならないわね。私はそんなつもりはないんだけどなぁ――だけど、阿部クンが怪獣と化しているのは間違いないと思うわ。リュシムナートを介して手渡した〝あの腕輪〟は装着者をコンパクトな姿のまま魔獣に変える代物だったりするしねぇ~☆
「ねえ、パンダ君、私がせっかく強化してあげたんだからさ。早速、赤化強力を発動させてみなよ」
「わ、お前は怪書奇書コーナーにいた……ジャヒー!? でも、お前は、あのガラスケースから出られないんじゃ!」
「あ、そんなわけだからさ。私は分身なわけよ、分身~☆」
「ハッハッハ、私もいるぞ! ちなみに、私も分身だ!」
「そ、そうなのか! うーむ……って、うおおお、アンタはアクエルだっけ? ア、アンタもいるのかよ!」
ん、阿部クンの右肩に、小さな妖精が――魔道書の妖霊賛歌が擬人化したモノであるジャヒーの姿が見受けられる。ふむ、どうやら分身らしいわね。本体はガラスケースの外に出られないので分身を送ってきたってところかな? ムム、魔道書の水神クタアトが擬人化した存在であるヒゲマッチョのオッサンことアクエルの分身っぽいモノも一緒にるわ。
「さあ、あの頑丈すぎな男をボコボコにしちゃおうよ!」
「うむ、お前はジャヒーの呪いで……いやいや、ジャヒーの本体によって肉体的に強化されたのだ。それを今こそ発動させるんだ!」
「今、呪いって言わなかった?」
「な、なんのことかな? 私はなにも知らないぞー!」
「とにかく、赤化強力……発動!」
「ちょ、なにを……アッー!」
「わお、阿部クンの身体が赤く変化しましたネ!」
「もしかして、さっきのアレかしら?」
アクエルがジャヒー本体がかけた呪いって言った気がする。ま、とにかく、阿部クンの身体の黒い毛の部分が赤く、そして白い毛の部分がピンクに変色する。




