第十一話 悪魔と天使と新人魔法少女 その15
「な、なんだぁ! この赤いボクシンググローブは!? う、すっげぇ重いんだけど……」
ヘパイストスが投げ渡した一対の赤いボクシンググローブをギャキィと両手に身に着ける阿部クンだったけど、その直後にはズズーンとその重さに負けて、おまけにバランスを崩して仰向けに転倒する。
「それは剛腕無双拳だ。昔々、オリンポスの神々と戦った〝とある巨人〟の両手をモデルに僕がつくったんだ!」
「ふむ、ギガントマキアという戦いでしたっケ? お友達の月の女神さんから聞いたことがありますヨ」
「まあ、とにかく、そいつで外にいる花屍鬼をぶちのめしちゃってよ、パンダ君!」
「えええ、俺が――っ!?」
「ウフフフ、阿部クンはヒーローじゃなかったんですかカ?」
「む、むぅ、そうだ……俺はヒーローなんだ!」
「ま、とにかく、行きますよ。花屍鬼の一体が、すぐそこまで迫って来ています」
「お、おう、うおおおーっ!」
赤いボクシンググローブは剛腕無双拳って名前なのね。しかし、阿部クンはお人好しね。〝ヒーロー〟って煽てられると、すぐにその気になっちゃったわけだし――ま、なんだかんだと、阿部クンとリュシムナートが、身を隠す廃墟の教会の外へと飛び出す。さあ、決戦の始まりだ!
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
地獄の亡者の呻き声――と、言っても間違いないと思う。そんな禍々しい声が響きわたる。普通の人間なら間違いなくSAN値がガリガリ削られて発狂してしまいそうだわ。
「うおおお、近くで見るとマジでパネェ! 身体のあっちっこっちが腐敗していやがる! しかもくっせェェ~~! ううう、うわあああああっ!」
強がっていても阿部クンのSAN値も長くは持たない気がする。半分、発狂したかのような絶叫を張りあげながら、右手に装備した方の剛腕無双拳を迫りくる花屍鬼の一体の顔面に叩き込む!
「うげぇ、砕け散った! オエエエ、腐った肉片が、俺の顔にィィ!」
「やかましいですね。悲鳴をあげていないで、さっさとコイツらの頭を破壊してください。頭の天辺に咲いているプルートニアを刈ってしまえば、コイツらはタダの屍に戻ります」
悲鳴をあげる阿部クンはともかく、リュシムナートは花屍鬼の一体に対し、無慈悲な一撃を放つ! ドパーンと花屍鬼の一体は、下顎から上が吹っ飛び立ったままの状態で動かなくなる。
「ヒュー、やるじゃん! うおおお、近づいてくるんじゃねェェ~~!」
「やれやれ、ヒーローを自称するわりに弱虫ですね」
「そ、それは……うおおおっ! 来るな、来るなァァ~~!」
阿部クンは闇雲に剛腕無双拳を振り回す。むぅ、無理しちゃってるわね。この調子だと、本当に発狂しちゃいそうだわ。
「不死者系の魔物との戦いには慣れが必要ですネ。戦う場合、ホラー映画を見て耐性をつけるべきですヨ」
「そ、そうですね。あの禍々しい姿を見ていられる耐性がなくちゃいけませんね」
「あら、真田先生は、その耐性があるようですネ~☆」
「た、耐性というか、ゾンビ映画が大好きなもので……あ、あのニオイはダメです! 腐敗臭だけは絶対に耐えられません!」
ちょ、どういう耐性よ! いくらホラー映画を見慣れているとはいえ、実物を見たら正気を失うほどの恐怖を味わうはずだぞ――むぅ、ミカエル先生はともかく、真田先生は本物のゾンビを見ても動じない屈強な精神の持ち主ってことでいいのかしらね?
「さ、私達も攻撃を始めますヨ!」
攻撃を始めます! と、言うけど、ミカエル先生は本当に戦う気があるのかな? 腕組みをしながら、ニコニコと微笑んでいるだけだし――ん、背中に見受けられる神々しい天使の翼が、バサァと大きく広げたわ。
「あ、私の前にいない方がいいですヨ、阿部クン、それに吸血鬼サン……あ、もう遅いですネ、ウフフ~☆」
「むう、わざとですね! パンダ君、こっちです!」
「う、うおおお、持ちあげられた! すっげぇ力だな、おい!」
流石は吸血鬼ってところなのかしら? リュシムナートは見た目の細見の身体から考えられないほどの怪力を発揮し、巨漢パンダな阿部クンの身体を右手だけで持ちあげながら、ダッと上空へと跳躍する――と、その刹那、ミカエル先生の翼がカッと光り、ズドドドッと機関銃から放たれる無数の弾丸の如く羽のかたちをした光の矢が放たれる!
「わお、花屍鬼の一体がバラバラに砕け散ったでおじゃる! よし、麻呂は琵琶を演奏するでおじゃる。音撃でおじゃる!」
ん、兎麻呂も攻撃を開始する。音撃――ふむ、愛用の琵琶の弦を撥でかき鳴らすことで発生する衝撃波ってところかしらね? おお、弦を撥でかき鳴らす度に花屍鬼共が吹っ飛んでいったわ!
「真美子も戦うでおじゃる!」
「ちょ、わたしも攻撃するんですか! 私には武器がありませんよー!」
「武器ならあるでおじゃる。その本でおじゃる!」
「え、本……む、悪魔の音楽集ですか!?」
「忘れたでおじゃるか? その本には音楽の悪魔アムドゥスキアスが封印されていることを――」
「そ、そうでしたね! 馬夫さんが封印されていましたね――そ、それじゃ、馬夫さん、手伝ってもらいますよ!」
『ヒヒヒーン、仕方ねぇな! どれ、今のテメェに見合った楽器に変身してやんよ、ブルルル!」
「ん、悪魔の音楽集がベースギターの変化しました!」
真田先生は馬夫こと音楽の悪魔アムドゥスキアスが封印されている魔道書――悪魔の音楽集を持っている。とまあ、そんな悪魔の音楽集がモコモコと蠢き出し、赤い派手なベースギターに変化する。
「さあ、弦をかき鳴らすんだ、ブルルル! お前も、あの兎ちゃんと同じ攻撃ができるはずだぜ、ヒヒヒン!」
「は、はい、早速やってみます!」
兎麻呂と同じことができる!? ふむ、赤い派手なベースギターの弦をかき鳴らすことで音撃を――衝撃波を発生させることができるわけね! んで、真田先生は赤い派手なベースギターを抱えると、早速、弦を激しくかき鳴らす。
「わ、花屍鬼が吹っ飛びました!」
ん、一瞬だけど、真田先生の目の前の空間が歪む――お、襲いかかってきた花屍鬼の一体が弧を描くかたちで吹っ飛んだわ。今のも音撃かしら?
「みんな頑張るなぁ! よし、僕も……うりゃああああっ! あうあうあー、吹っ飛ぶぅ!」
真田先生や兎麻呂に対抗するかたちでヘパイストスは、ブォンと自身の五倍はある巨大なハンマーを振り回す。だけど、勢い余って花屍鬼共を殴り飛ばすと同時に、自分も吹っ飛んでしまうのだった。
「ウフフフ、ヘパイストスちゃんが粗方、花屍鬼をやっつけちゃいましたネ。あ、でも、どこかへ吹っ飛んで行っちゃいましタ!」
「お、おう、そうみたいだな! ふ、ふう、やっと気味の悪い連中がいなくなったぜ!」
「甘いですよ、パンダ君。あの手の類の不死者は、〝ここ〟から増援が現れる可能性があります」
ヘパイストスが粗方、花屍鬼をやっつけてしまったようだわ。んで、残っていた花屍鬼も、その不浄な腐敗した肉体をミカエル先生の翼から放たれる光の矢によって浄化される。さて、リュシムナートが花屍鬼の増援が現れる可能性を示唆する。
「え、奴らの増援が現れる可能性があるって言うのかよ! だ、だけど、どこからだよ!」
「ふう、判りません? 私の足を見てください」
「お、おう……てか、右足に履いた靴の爪先で地面をコンコン突いてるだけじゃん!」
「まだ判らないんですか、パンダ君? 連中のような生物の死体がなにかしらの理由で化け物化し、蘇った類の不死者は、地面に埋まっている場合があるって言っているんです」
「な、なにィィ!? うおおお、よく見りゃ簡素な感じだけど、俺の周りは古ぼけた墓石だらけじゃないかァァ~~!」
「あらあら、本当に私達の足許は古ぼけた墓石だらけですネ~☆ ん~、そうなると、某ホラー映画のような展開が起きるんでしょうかネ?」
「ぼ、某ホラー映画って、まさか……う、うおおおお、地面から腐った人間の腕が生えたァァ~~!」
ん、確かに、阿部クン達の周りには古ぼけた墓石がたっくさん――うひゃああ、地面から腕がバゴォと飛び出したきたわ! アハハハ、こりゃ本当に某ホラー映画のような展開になりそうだわね。




