表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/15

棟方が店に遊びに来ることは、俺の中で、一つの楽しみになっていた。

 あいつが、フラッと店に来て、二人で酒を飲みながらギターや、音楽の話をする。

 言っておくが、俺は、もう、音楽を熱く語るなんて事はしないからな。

 本当に、夢に敗れたものは、夢の記憶を語るべきじゃない。

「俺は、昔バンドをしてた。一時はプロを目指した事があるんだ」

 この店の客は、そう言って過去を語りたがる奴らばかりだ。夢を、夢で終わらせた奴らはそれで良い。夢は完結して、思い出と言う過去になる。

 俺は、夢を追いかけ、現実の重さに、自ら潰れた。

 熱くなって語れば、自分のふがいなさを思い起こすだけだ。

 棟方と俺の会話は、他愛も無かった。

“ジャンルとしてのハードロックを創り出したのは誰か”

 俺は、ツェッペリンの存在が大きいと思っている。棟方は、ジェフ・ベックの存在について俺にかみついた。

“UKとUSAの音楽性の違い”

 棟方は、UKロックの方が洗練されていると言った。俺は、UKの上品さと、USAの泥臭さなら、泥臭さの方がロックだと言った。そして、UKで芽吹いたバンドも、結局はアメリカに渡るほうが多かったのだ。

 店の数少ない常連達も、この、若い新参者を徐々に受け入れ始めた。

「昔な、このマスターはメジャーでレコードデビューした事があるんだよ」

 常連の一人は、言わなくてもいい事まで言った。

「それ、本当ですか?」

 棟方は、その言葉に眼を輝かせた。

 まるで、尊敬を向けるような眼で俺を見た。

 そう。実は俺のバンドは、デビューした事があるんだ。

 デビュー、なんて言ってもそんな良いもんじゃない。夢の世界は、夢のままで終わった。

 メジャーの世界でレコードを出せば、全てが叶うと思っていた。音楽界は、俺達の才能を認めたのだと思った。

 憧れた世界で、成功する事だけを望んだ。

 だが、憧れの世界は、俺に険しい現実を突きつけた。

 俺は、現実に押し潰された。

「昔の事だ、もう忘れたよ」

「すごいですよ、葛木さんは夢を叶えたんですね」

「違うだろ。夢が叶わなかったから、俺はここにいるんだ」

「でも、メジャーでレコード出すなんて、すごい事でしょう?」

「レコードを出せても、それでゴールじゃない。俺は、ゴールに辿り着かなかったって訳だ。昔の話はもういいだろう。俺は、すごい事なんて何もしてない」

 俺は、少しの不快感を顔に出していたのだろう。素直な棟方は、それ以上俺に突っ込んで聞きはしなかった。

「今度、ギター教えて下さいよ」

 棟方は、切り替えが早い。俺に嫌な思いをさせるより、俺が興味を持つ方向に話を換えた。

「ギター?何を教えろって?」

「ほら、タッピングとか、色んな奏法を教えて下さいよ」

「馬鹿言うな、思春期にありがちな程度しか弾けない奴に教えられるか」

 いいじゃないですか、ケチな事言わないで。棟方は、子供のように拗ねる。

 俺にもし、息子がいたら、ギターを教えていただろうか。

考えてみれば、俺だって、コイツくらいの歳の息子がいても変じゃない。

そうか、俺は、コイツを息子のように思っているのかもしれないな。 

 俺達は、他愛も無い会話ばかりしていた。

 だが、それだけの事が、楽しくなってしまった。

俺は、どうかしたんだろう。

あいつが、仕事を終えて一杯やりに来る、それが待ち遠しくなるなんて。

刑事と言う、あいつの立場さえなければ、もっと、色んなことを話してみたかったよ。

俺は、忘れていた。

この街の住人だと言う事を。俺は、棟方とは違う種類の人間だ。

そして、大貫の事。

大貫に協力する限り、俺は、棟方にとって憎むべき側の人間だ。

俺は、大貫の事なんて、忘れていた。


俺は、自分のつまらない思いつきを実行した。

例の、オーディオセットを店に持ち込んだんだ。

年代物のオーディオセットは、やたらと重かった。

棚に眠るレコード達に、再び命を吹き込む。棟方が喜ぶだろう。

そう思うと、古びたオーディオセットの重さは苦じゃなかった。全く、俺はどうかしてしまった。

やっとの思いで、店の鍵を開け、カウンターの上に持ってきたオーディオセットを置いた。

もう何年も放ったらかしにしていたんだ。壊れているかもしれないのに。

カウンターの隅を片付け、オーディオセットを設えた。

スピーカーの配線を繋げ、コンセントに電源を差し込む。

そして、そっと、電源ボタンを押してみた。

プツッ、とスピーカーから音が漏れた。

どうやら、まだ生きてはいるようだ。

俺は、レコードの棚に向かい、手近なレコードを取り出した。

紙ジャケットから、黒い円盤を出した。ターンテーブルの上に、円盤を乗せる。

何故か、深呼吸をした。

電源が入っても、音が出なければ使いものにならない。俺は、少しだけ緊張して針をレコードの溝にゆっくり落とした。

プツッ、と短くスピーカーが鳴った。針は、レコードの溝を滑っていく。

キース・リチャーズの、独特のリズムギターがスピーカーから流れ出した。

成功だ。俺は重なっていく音に、達成感を憶えた。

心地良い、幸福感も加わる。全く、何年ぶりだっただろう。

棟方は、驚くだろうな。そして、すぐに嬉々として、聴きたいレコードを選ぶはずだ。俺は、このレコードをあいつに聴かせてやりたいと思った。

それを想像すると、何か、むずがゆいんだが、楽しい、と言う気持ちが湧いてきた。

俺は、何かを想像して期待する事を楽しむなんて、本当にずいぶん昔に止めてしまったんだ。だから、そんな気持ちに、人を喜ばせてやろうなんて気持ちになった事自体、本当に自分で驚くくらい、快挙を成し遂げた気分だった。

俺は、棟方が来るのを心待ちにしていた。

店のドアを開けて、棟方が入ってくるのを。

だが、来たのは、大貫が連れていた、チンピラだった。

「大貫さんからの伝言だぜ」

 俺は、ドアを開けたのがそいつだとわかった時、露骨に嫌な顔をした。

「そんな嫌な顔するなよ」

 俺の充足感は、チンピラの登場で、一気に氷のように冷めた。

 チンピラは、カウンターに肘をついた。

「伝言なら、電話で済むだろう」

 俺は、苦い顔をしたまま、チンピラに言った。

「まあな。あんたに届けろって言われたモンがあったんでね。直接渡せって言われてっからよ」

「届け物?」

 大貫は、俺に運び屋をやらせようとしている。しかし、まさか、直接ブツをここに持って行かせる訳は無い。

「こいつだ」

 チンピラは、手にしていた紙袋を無造作にカウンターに置いた。紙袋の中には、丸めた週刊誌が入っていた。大貫は、一体何を持たせたんだろう。

 俺は、紙袋の中の週刊誌を取った。

週刊誌の下に、もう一つ、小ぶりの紙袋が入っていた。外側の袋から、それを取り出す。

ずしりとした重みが、伝わった。中には、油紙の包みと、薄いピンクの封筒。包みを開けてみなくても、それが何なのかはわかった。

「どう言うことだ」

 チンピラは、眉をひそめて見せた。

「知らねぇよ。悪いけど、俺はただのパシリなんだ。何も知らねぇ」

 チンピラは、嘘をついているらしい。何故、俺にこんなものを渡す必要があるのか、知っているのだろう。そして、俺に同情しているのかもしれない。眉をひそめたまま、俺の視線から顔を背けた。

「確かに、渡したからな」

 そう言うと、チンピラはカウンターから身を起こし、背を丸めて店を出て行った。

 チンピラが去ってから、長い事、俺はカウンターで包みを眺めていた。

 コレを、使う機会が俺にあるんだろうか。

 俺は、高揚していた気分が、ゆっくり覚めていくのを感じた。

 油紙の包みと一緒に入っていた、薄いピンクの封筒を手に取る。封筒には、白い花のすかし模様が入っている。

 封筒を見つめていると、大貫の顔が浮かんだ。

 嫌な奴だ。

 封筒を開けると、カードが一枚、入っていた。

 カードには

“金曜日は5丁目にいます”

“土曜日早朝、埠頭の公園でお会いしましょう”

 二行の文章が書かれていた。

 俺は忘れていた。

 俺は、ただ流されて生きてきた。そして、流されるまま、流れに身を任せてきた。

 その結果が、今の俺だ。

 それは、些細な日常の変化では、変わらない。

 棟方と関る事で、ほんの少し変わったかのように思えた日常は、いとも簡単に元の日常に戻された。

 俺は、自分に似合いの生き方を改めて思い出した。

俺は、流れるままに生きるのが性に合っている。

 薄暗い店の中で、俺は、この小さな店を俺に残して逝った男を思い出した。枯れ枝のように痩せて、暗い眼をした男。

 この街に流れ着いた時、俺を拾ってくれた男だった。

 その頃の俺は、全てに疲れ果てていた。

 失った仲間。失った女。

 メジャーデビューなんて、言葉の響きは結構だが、現実は苦しかった。

 自分達の手で、自分達の音楽を創りだす、そんなことは幻想だった。

 技術の高さを認められたと、有頂天になっていた。実際、ルックスを前面に出している奴らに比べれば、俺達のバンドの技術は郡を抜いていた。デビューすれば、誰もが才能を認め、俺達は好きなだけ、好きな音楽をやれるはずだった。

 しかし、現実は違った。

 たった二枚、レコードを出しただけで終わった。売れ行きも良くなかったよ。ハードロックより、アイドルバンドのようなルックスや、奇抜な化粧やグラム系の奴らが受けてた時代だ。正統派だと自分達では信じていたが、正当なハードロックは泥臭いだけで、受け入れられ難かったんだろうな。一部には俺達の音楽を受け入れてくれる奴らがいたが、それは少数派でしかなかった。

 レコード会社は、生き残る為に路線変更を迫った。アイドルバンドなんてルックスじゃないないから、それは無理だ。レコード会社が持ってきたのは、奇抜で派手な衣装を着て、万人受けするポピュラーミュージックをやれ、と言う話だった。

 俺達のバンドは、それを受け入れられなかった。

 自分達の信じるものが、必ず理解される時が来る。それが、俺達が出した答えだった。

 しかし、理解される時はなかなか訪れなかった。

 訪れたのは、レコード会社からの契約解除の通知だった。

 俺の仲間は、それぞれ、別の道を探し離れていった。

俺はと言えば、燻っていた。

スタジオミュージシャンをしながら、多少音楽と着かず離れずの生活は続けていた。スタジオミュージシャンと言っても、TOTOのようなすごいモンじゃない。ツテで声を掛けられて、録音にサポートで参加する程度のものだ。

 俺には、一緒に暮らしていた女がいた。名前は、木綿子。

明るくて、俺達のバンドを支えてくれた女だった。俺が、自分の人生の中で、唯一人、本気で愛した女だった。

 木綿子は、バンドを解散してからも、

「いつかきっと、あなたの才能は認められるよ」

 そう言って、俺を励ましてくれた。

 俺を見守ってくれた女。

 二人であの頃、よく、聴いていた曲。

 ROSANNA。

畳み掛けるような、テクニックの応酬を突きつける曲。

 木綿子が好きだった曲。

 支え、俺にとっては、唯一の支えだったのかもしれない。あの頃は、それに気付きもしなかった。

 あの日、木綿子がいなくなるまでは。

 仲間を失い、自分よりも下手糞な奴らのサポートで、ギターを弾いていた俺は、自分の才能を切り売りしている気分に耐えられなかった。だんだんと、俺は堕ちていった。

 俺は、人工的に快楽を与えてくれる薬物に頼るようになった。

そして、彼女は、俺の前から姿を消した。

「心配しないで。子供なんて、無理なのわかってるから。でも、病院は一人で行かせて」

 蝉時雨が、部屋に響いていた。

 俺は、彼女の言葉に何も言えず、背中で部屋を出る彼女を見送った。

彼女は二度と俺の前に姿を現さなかった。

彼女を失った時、俺は何もかも自分が失ったことに気付いた。

この街に流れ着き、暗い眼をした男に拾われた。

「この街で生きていくなら、全部諦める事だ。諦めれば、ヤクにも頼らなくて良くなる」

 老人はそう言った。

 俺は、何も求めない生き方を選んだ。

 老人の言うとおり、何も求めなければ、快楽も必要無くなった。

 さほど苦しむ事も無く、ドラッグとの縁は切れた。

 俺は、老人と一緒に、まるで自らも老人のように日々を過ごすようになっていった。

 俺が、無気力と言うなら、無気力になったのはその頃からだろう。

無気力な日々は、穏やかな日々でもあったな。

 どのくらい、老人と一緒の日々が続いたのか。

 やがて、老人は人生の終末期を迎えた。

 悪性の腫瘍に、痩せた体を蝕まれ、枯れ枝のような身体が更に細くなった。

 病院には行かないと言った。

自分の寿命は、自分が一番知っている。俺は、この街で静かに死んでいくさ。

そう言っていた。

だが、身体を蝕む悪巣は、老人に過酷なほどの痛みを与えていた。

 俺は、老人の苦しみを少しでも和らげる為、大貫から薬を買った。

 多分、老人の為じゃなかったんだ。

苦しむ老人を見るのが嫌だった。苦しむ人間を間近に見る、俺が耐えられなかっただけだった。

「苦しませるな」

 そう言う、大貫の甘言にのった。

 老人は、最後の際に

「諦めて、この街の住人になれ」

 そう言った。

 5丁目の売人は、いつもゲームセンターにいる。

 俺は、仕事(・・)をする為に、携帯を手に取った。

 携帯の電話帳を開き、安田の番号を探し出し、通話ボタンを押した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ