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バラードは、最高の出来に仕上がった。

 アルバムに先行して、シングルとして発表した。

 祐輔の高い澄んだ声から、曲が始まる。

 祐輔は、男の切ない想いを高い声で歌い上げる。

 俺は、切ないギターソロで、祐輔の歌を盛り上げる。

 亮太が、低音のベースを俺のギターに絡ませる。

 コウイチのドラムで、後半のサビを盛り上げる。

 切ないバラードは、予想よりはるかに好評だった。

 マネージャーは、俺達を下へも置かない扱いをするようになった。

 俺達のバラードは、ランキングチャートの中盤にランクインした。一枚目のシングルがはるかに圏外だった事を思えば、まったく、快挙と言える。

「俺、木綿子にプロポーズしようと思う」

 俺は、祐輔に言った。

 祐輔は、

「はやくしろよ。何なら、俺が言ってやろうか?」

 笑顔で、俺の背中を押した。

 蝉時雨が、煩いくらい響いていた。

 夏が、もうすぐ終わろうとしていた。

 俺の過去は、変わった。

 俺の人生は、めまぐるしく変わった。

 全てが、正反対なくらい、眩しく変わった。

 俺は、木綿子を幸せにする為の努力をした。

 仕事を終えて、予定より早く家に帰れる事になった俺は、手ぶらでプロポーズするのは、間が抜けていると気付き、慌てて、宝石屋へ駆け込んだ。

 木綿子の白くて、細い指に似合いそうな、小さな宝石がついた指輪を買った。

 もっと、売れたら、もっといいのを買ってやるから、今はコレで我慢してくれ。

 そう言って渡そう。

 必ず、お前を守るから。

 そう言おう。

 一緒にいてくれ、と。

 俺は、木綿子が待っているはずの部屋へ、逸る気持ちを抑えながら帰った。

 ドアを開ければ、いつものように、木綿子がいる。

「おかえり」

 そう言って、笑顔で俺を迎えてくれる。

 そのはずだった。

 その日。

 彼女は、俺の前から消えた。

 家に帰ると、部屋は静けさに包まれていた。

 テーブルの上に白い便箋が、一枚置かれていた。

「木綿子―」

 便箋には、小さな字で、彼女の言葉が書かれていた。

“あなたの重荷になってしまいそうで、怖い”

 そんな―。

 俺は、近頃の忙しさにかまけて、彼女とロクに話もしていない事に気付いた。

 忙しくなっていく俺を、彼女は喜んでくれていた。だが、

「ちゃんと大事にしてるのか」

 祐輔の言葉を思い出した。

 彼女に、何があった?

「心配しないで。病院は一人で行かせて」

 昔の記憶の中の彼女は、そう言った。

 あれは、蝉時雨の中で聞いた言葉じゃなかったか。

 彼女は、一人でいる時、一人で何を考えていたんだろう。

 忙しくなっていく俺。

 彼女が部屋にいる事で、安心していた俺。

 何故、彼女との事だけ、変わらない。

 俺は、指輪を握り締めて、彼女が電車に乗るはずの駅へ、走った。

 間に合うはずだ。俺は、人生を変えたんだ。

 俺は、走った。

 走りながら、彼女の姿を探した。

「木綿子、行くな!」

 走りながら、叫んだ。

 坂の上に、スーツケースを持った彼女の姿があった。

「木綿子!」

 俺は、ありったけの声で叫んだ。

「陽ちゃん―」

 振り返った木綿子は、泣いていた。

 俺は人生を変えた。

 彼女は、俺の傍にいる。これからもずっと。

 どこにも行かせやしない。

「木綿子、行くな」

 俺は、全身で息をしながら、木綿子を抱きしめた。

「どこにも行くな」

 そうだ。どこにも行かせやしない。

「陽ちゃん・・・・・・」

 涙をいっぱいにためて、木綿子が俺を見上げる。

「重荷なんて、絶対無いから」

 俺は、力いっぱい、彼女を抱きしめた。

「陽ちゃん、あたし・・・陽ちゃんのこれからの事を考えたら、いないほうがいいと思って・・・・・」

「馬鹿な事、言うな。俺は、お前がいないと駄目だ」

 泣きじゃくる木綿子を、もう一度抱きしめた。

 その時、一台の車がカーブを曲がりきれずに暴走してきた。

 俺は、彼女を突き飛ばした。

 どこにも、行かせやしない。

 俺と木綿子は、ずっと一緒にいる。

 そして、彼女は、可愛い男の子を産む。

 素直で、まっすぐで、正義感の強い、男の子。

 俺達は、幸せになる。

 蝉時雨が、煩いくらいに響いていた。


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