13
気がつくと、梅雨があけ、蝉が鳴き始める季節になっていた。
俺は、すっかり今の時間の身体に順応していた。
すこしずつ、俺の過去は変わり始めていた。
あのテレビ出演から後、俺達の周りは変わり始めていた。
俺達のプライドを賭けた演奏が、パフォーマンスとして受けたのか、ライブには人だかりが出来るようになっていた。パフォーマンスと思われても良かった。俺達の曲を聴きに来る人間が増えれば、俺達の曲が世間に認められる。
俺達のライブパフォーマンスは、テレビを見て興味本位でやってくる人間達の度肝を抜いた。そして、ライブを見に来たヤツ等は、口々に俺達のことを持て囃すようになっていった。
デビューしたての頃、小さな記事を載せてくれたロック雑誌は、写真付きで俺達の記事を大々的に掲載した。
“圧倒的なロックパフォーマンス”
“ゆるぎないハードロック魂”
そんな言葉が、俺達の記事に使われた。
俺達の存在は、あの日を境にして、世間の知るところとなった訳だ。
雑誌の取材や、ラジオの出演、仕事は増えていった。
「なんだか、すごいよねぇ。陽ちゃんの顔が雑誌に載ってるなんて」
木綿子は、俺達の写真が載った雑誌を見ながら、眼を輝かせた。
「有名人になっちゃたね」
彼女は、俺のことを本当に喜んでくれていると思う。
人生をやり直して、木綿子を幸せにする。そう思って、過去をやり直しているのに、忙しくなった俺は、彼女と一緒にいる時間が少なくなった事が不満だ。一日の仕事を終え、木綿子の待つ部屋へ帰る。俺は、彼女を抱きしめたくてうずうずしているのに、仕事で疲れた彼女は、静かな寝息を立てて眠っている。俺は、彼女の可愛らしい寝顔を見ながら、彼女が俺を待っていてくれる事に安心して、彼女の隣で眠りにつく。そんな日々が過ぎていく。
俺は、彼女を幸せにする為に、どうしたらいいんだろう。
俺が、音楽で成功する事。
それだけじゃ駄目だ。
過去の俺が出来なかった事。
彼女をずっと、俺が守り続ける事。
そうする為の、一つの道を、俺は思いついた。
「木綿ちゃん、元気にしてるか?」
祐輔が時たま、思い出したように俺に訊ねる。
近頃、ヴォーカルの祐輔は、バンドの顔として、他のメンバーよりも多少忙しくなっている。以前のように、俺を迎えに家に来ることも少なくなっていた。少し売れ出して、汚い下宿屋を出、俺の家から離れたところに引っ越したのも理由の一つだ。祐輔が迎えに来ることが少なくなったので、さすがの俺も、自分のスケジュールは自分で管理しないといけなくなった。日付が入った手帳に、スケジュールを書き入れる俺を見て、
「大人なんだから、自分で出来る事は、自分でやれよ?」
祐輔は俺をからかった。
俺達は、二枚目のシングルと、フルアルバムを秋口に出す事が決まっていた。
元々シングルは作る予定だったんだが、最近の人気の上昇具合に事務所もレコード会社も欲を出してきた。俺と祐輔は、アルバム用の曲を創る為に、久しぶりに俺の家に集まった。
「久しぶりだね、祐輔君」
その日、木綿子は体調を崩して仕事を休んでいた。
「どうしたの?木綿ちゃん、仕事は?」
祐輔は、昼間に木綿子が部屋にいる事に驚いていた。
「ちょっと、身体の調子が悪くて。風邪引いたみたい」
「大丈夫?陽平、お前気をつけてやれよ。木綿ちゃん、風邪なんかこの馬鹿にうつしちまえよ。あ、でも馬鹿だから風邪なんてひかないか、コイツ」
祐輔の冗談に、木綿子は笑った。
祐輔は、普段神経質な物言いばかりするくせに、木綿子の前だと軽口が多くなる。
「うるせぇな、お前」
俺は、木綿子が淹れてくれたコーヒーを飲みながら、ギターを手にテーブルに就いた。
「病院行った?ちゃんと寝てないと駄目だよ」
祐輔が、俺には出来ないような優しい声で木綿子を労わるのを見て、俺は少しだけ、祐輔に嫉妬した。
「うん、今から病院に行ってくる。帰りに何か買ってくるから、祐輔君、晩御飯食べてってね?」
「そんな事気にしなくていいから。お前、ついて行ってやれよ」
祐輔は、咎めるように俺を見た。
「いいよ、子供じゃないんだから。それに、曲の打ち合わせするんでしょ?」
木綿子は、そんなに辛くも無さそうな様子で、「病院に行ってくる」と言って部屋を出て行った。
「お前、木綿ちゃんいなくなったら、どうするんだ」
唐突に、祐輔が言った。
「どう、っていなくならないよ」
俺は、祐輔の言っている意味がよくわからずに答えた。
「ちゃんと、大事にしてるのか、って事だよ。最近、お前も出待ちの女増えてるだろ」
俺は、コーヒーを噴出した。
確かに、以前に比べて、俺にも女のファンはそこそこついていた。ライブ終わりに俺の出待ちをしているらしい女も見かけるようになった。祐輔のグルーピー程じゃないが。
「馬鹿言うな。俺は、ちゃんと毎日ここに帰って来てるし、それに浮気なんて面倒な事する気は無い」
「なら、いいけどさ。この先、どうするつもりなんだ?彼女と」
祐輔は、木綿子の事を心配している。
「結婚、しようかと思ってる」
俺は、秘かに秘めていた計画を、祐輔に打ち明けた。
一瞬、祐輔は驚いた眼で俺を見つめ、すぐに笑顔になった。
「そっかぁ。そりゃ」
祐輔は、俺の首に腕を回した。
「めでてぇな!このやろっ」
笑いながら、俺の頭を小突いた。
俺が思いついた、木綿子を幸せにする道。それは、永遠を誓う契約を、彼女と交わすことだった。
祐輔は、馬鹿みたいに俺を叩いた。叩きながら、
「そっか、よかったな」
何度もそう言った。
「もう、プロポーズしたのか?」
「いや、まだ彼女には何も言ってない」
「彼女より、俺に先に言ってどうすんだよ、まったくお前は、順番が違うだろ」
それでも、俺と彼女の事を、祐輔が喜んでいる事が伝わってきた。
「そおか、じゃあ、俺が二人のために、最高のラブソングをかいてやるよ」
祐輔は笑顔で言った。
翌日、俺達は曲の打合せと、練習の為、いつも借りているスタジオに集まった。いつもの通り、コウイチと祐輔が曲の仕上げを始める。俺は、外の空気が吸いたくなって、スタジオから出ようとした。
「陽平」
祐輔が俺を呼び止めた。
「これ、新曲。コードつけてくれ」
祐輔のノートを渡された。
俺は、タバコとギターを持って、スタジオを出た。
スタジオの外の廊下に、ギターを抱え込んでタバコに火を就けた。祐輔のノートを拡げる。いくつもの詩が書き連ねてあるノート。最後のページに、タイトルの無い詩が書き付けてあった。祐輔は、あまり、ラブソングは書かない。泥臭くいたいからでもあるが、本当は女々しく思われたくないのかもしれない。
だが、そこに書かれていたのは、ラブソングだった。
秘かに胸に秘めた、女への想いを切々と訴える。
他の男のものになる女、心から幸せになって欲しいと願う。
俺は詩を詠みながら、胸の中に熱い感情が湧きあがるのを感じた。
やっぱり、祐輔は―。
祐輔の書いた詩は、彼女を幸せにして欲しい、と言う詩でもあった。
俺は、詩を詠みながら、思い付くコードをノートに書き付けていった。祐輔が最高の詩を書いてくれたなら、俺は、最高のバラードを創ろう。
俺は視界が滲むのを堪えながら、作業に熱中していた。
ふと、俺の前に人が立つ気配がした。
顔を上げると、俺が嫌いなアイドルバンドのギタリストが俺を見下ろしていた。
「それ、新曲?」
つまらなそうな顔で、俺を見下ろす。
俺は、どうしたものか迷った。アイドルバンドで、俺とは畑違いとは言え、業界では先輩にあたる。しかも、相手は人気スターだ。俺達なんて、足元にも及ばないスターだ。大人しく、挨拶でもするべきなのか。
迷っている俺のことを無視して、ヤツは俺の隣に腰を降ろした。
「続けてよ、気にしないで」
気にしない訳にはいかなかった。
「別に、あなた達の新曲、盗ったりしないからさ。それくらいの常識はあるよ」
俺は、無視する事を決め込んだ。
大体、何で、こんな貸しスタジオにコイツがいるのか。
「たまにね、思い切り弾きたくなった時とかさ、弾く場所無いからこういうとこに来るんだ」
俺が、怪訝そうな顔をしているんだろう。ヤツは勝手に答えた。
妙に疲れた顔をしている。
コイツは、たしかまだ十代のはずだ。
まだ、少年のはずなのに、疲れ切った大人のような顔をしている。
俺がコイツ等のバンドが嫌いなのには、訳がある。
会った事はもちろん、無い。テレビのブラウン管を通してコイツ等のことを知っているだけだ。例の、テレビ局に初めて行った日、挨拶程度のことはあったが、それも擦れ違い様のほんの何秒かの話だ。普通なら、好きも嫌いも無いくらいの関係だ。コイツ等だって、俺達の事なんか知らないだろう。
それでも、俺はコイツが嫌いだ。
俺が、コイツを嫌いなのは、コイツが才能の無駄遣いをしているからだ。
アマチュアの時、コイツ等のバンドの話題は、伝説的に仲間内を駆け巡っていた。それ程に衝撃だった。わずか十五歳でリッチーを完璧に弾きこなした少年。天才だと思った。
だが、天才はアイドルになった。アイドルソングを奏で、ポップなバンドとしてデビューした。それは、別の意味で俺達には衝撃だった。自分達が売れる為に、自分達の音楽を捨てたのか、それが俺達の正直な感想だった。
「こないだ、例のテレビ、見たよ」
勝手にしゃべり出す。
「すごかったな。俺、ちょっとジェラシー感じちゃったよ」
ジェラシーだ?
俺は憮然として、手を止めた。
「俺達は、俺達のやりたいようにやっただけだ」
少年は、ちょっと驚いた風を見せた。
そして、自分が持っていたソフトケースから、ギターを取り出した。
「こんな感じだったっけ」
俺のソロのフレーズを掻き鳴らした。
「でも、俺だったらこうするかも」
少年は、俺のリフに自らの独創的なリフを付け加えた。
相変わらず、天才だ。
俺は何も言えず、少年のリフに聴き入った。
「すげぇな、やっぱり」
俺は、擦れた声で賞賛した。はやり、コイツは天才だ。それだけに、今のコイツの状況が許せなかった。
少年は、苦笑いをした。
「弾かなきゃ、意味無いよ」
「ロック、やれよ」
俺は、遠慮気味に言った。
コイツ等が選んだ道に、外野がとやかく言うことは出来ない。だが、もったいない。コイツのテクニックをこのまま埋もれさせるのは。コイツ等のバンドそのものが、自分達の音楽をやれずに続いていくのが。
「あなた達が羨ましいよ」
少年は、一言、そう言って立ち上がった。
俺には、哀しそうに見えた。
彼らは、俺の記憶の中では、やがてアイドルと言う立場を捨て、自分達の音楽を追求していく事になる。今考えれば、苦しんでいたんだろう。順風満帆でいるように見えても、自分達のやりたい音楽と、現実とのギャップに少年たちは苦しんでいたんだろう。
俺は、俺達のパフォーマンスが、彼らのほんの少しのきっかけになってくれれば、とほんの少しだけ思った。




