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 翌日から、メンバー全員で新しいアレンジの作業に熱中していた。

 亮太は、熱に浮かされたように

「テレビだってさぁ、すごいよなぁ」

 ずっと言っていた。

 編曲で主導権を持つコウイチは、俺のソロを入れることを提案した。俺以外のメンバーに異論は無かった。

 俺は、結果を知っている事が辛かった。編曲の作業にも身が入らない。

 日曜日にも、スタジオに集まって、作業を続けていた。

 ひょっこりと、木綿子がスタジオに顔を出した。

 会社が休みで、俺達の為に差し入れの弁当を作ってくれた。

「ごめんね、邪魔かな、と思ったんだけど」

 少しはにかんで、木綿子は作ってきた弁当を拡げた。

「ぜんっぜん!差し入れなんて、持ってきてくれる人いないからさ、俺達」

 祐輔は、木綿子の突然の来訪にはしゃいでいる。

 スタジオで練習している時、多少なりとも祐輔は差し入れをしてくれるファンがいる。今日だって、確か、入り口で差し入れを貰っていたはずだ。木綿子に気を使っているのか、と思った。

「木綿ちゃんの作る飯、うまいからさ。俺、そこだけ、コイツの事羨ましいもん。他のとこはどうでもいいけど」

 祐輔の言葉に、他のメンバーも笑った。

「ホント、俺も陽平の事なんて羨ましくないけど、彼女が出来た人、って言うとこだけは敵わないよなぁ」

 亮太も、俺をけなすような事を言う。

 皆、普段はアウトローを気取っているくせに、木綿子の前では、唯の人に成り下がる。

 木綿子は、俺達にとって、そう言う存在だった。

「ごめんな、木綿ちゃん。せっかくの休みなのに、陽平、借りっ放しで」

 祐輔が、木綿子に気を使って言った。

「いいのよ。だって、テレビなんてすごいじゃない。その為の練習してるんでしょ?しっかり練習して、本番で頑張って」

「でも、コイツなんだか呆けちゃってさぁ。今ひとつ身が入ってないって言うかさ」

 亮太が親指を上げて、俺を指した。

「お前、木綿ちゃんとデートでもしようと思って、それが潰れたのが嫌で練習に身が入らないんじゃないの?」

 祐輔が意地悪い顔をした。顔は意地悪くても、眼は笑っている。木綿子に気を使って言った冗談だ。

 俺は、和やかなこの場が、妙に気に入らなくなった。一人立ち上がって、ギターを抱える。談笑するメンバーを無視して、いきなり、高速のピッキングをがなりたてた。

 低音から、一気に高音へ移行するフレーズ。他のヤツ等は、まだ知らない、ハードロックを席捲したモンスターバンドのギターフレーズ。マイナーコードが激しく音階を移動する。

 俺自身、聴いた事があるだけで実際弾いたことはなかった。

 俺は、俺の記憶しているフレーズを一気に弾いた。

「すげぇぞ!」

 コウイチが手を叩いた。

「すげーな、そのリフ。アドリブか?」

 亮太が、駆け寄ってきて、ベースを掴んだ。

「もっかい、やってみろよ。俺、合わすから」

「今の、いいな、それ使わない?」

 祐輔も興奮気味に駆け寄ってきた。

 俺は、肩で息をしながら考えた。

「ダメだ、パクリだ」

 俺の言葉に、他のメンバーは一斉に残念そうな顔をした。

「なんだ、パクリかよぉ」

「でも、聴いた事ないな、ヴァン・ヘイレンか?」

 コウイチが首をかしげた。

「ああ、まあな」

 俺は適当に誤魔化した。いくらまだ世に出ていないとは言え、他人の作ったフレーズを勝手に使うのはまずい。俺は律儀にそう思った。

「でも、今みたいの入れたら良いんじゃない?お前のソロが栄えるぜ」

 祐輔は俺の答えを待たずに、コウイチとアレンジの相談を始めた。

 メンバーが練習を再開したのを見て、木綿子は帰り支度を始めた。

「木綿子」

 俺は、ギターを下ろし、木綿子に駆け寄った。

「悪いな、ありがと」

「うん、いいよ。練習、頑張んなきゃ、だよ。今日は帰ってくる?」

 木綿子の問いに、俺は首を振った。

「いいよ、先に寝てるから」

 木綿子は、笑顔を俺に返して、スタジオを出て行った。

「悪いな。木綿ちゃん、寂しがってないか?」

 再びギターを抱える俺に、祐輔が言った。

「この頃、ドサ廻りが多いし、家空けること多くなっただろ?大丈夫か?」

 祐輔は、本当に細やかな神経を持つヤツだと、こう言う時思う。この当時の俺は自分の事に忙しくて、木綿子の気持ちに気を回す事なんて出来なかった。木綿子の悩みなんか、少しも気付かなかったくらいに。

「ああ、多分」

「そうか。ならいいや」

 祐輔は俺から眼を逸らし、

「忙しくなっても、ちゃんと構ってやれよ」

 呟くようにそう言った。

 木綿子が帰った後、俺達は深夜まで練習を続けた。

 テレビ出演は確か、水曜のはずだ。

 生放送のゴールデンタイム。俺達は有名になれる、有名になって売れてやる。他のメンバーは皆そう思っているはずだ。俺もそう思っていた。

 どうすべきなのか、俺は、他のメンバーを横目に考えていた。

 後味の悪さだけが残る、つまらない結果を残すのか。

 それじゃ、俺がこの時間へ戻って来た事の意味が無い。

 どうせ、後味の悪い結果になるなら、後悔しない結果を残すべきじゃないのか?

 俺の思いは、後悔しない結果を望んでいる。

 それなら、どうするべきなんだ?

 メンバーには迷惑をかけるかもしれない。だが、俺達の為に、俺達のバンドの為に、俺は一番良い結果を残したいと思った。

 俺達は、時間をかけて納得できる曲を仕上げた。

 初めてのテレビ局は、緊張の連続だった。

 駐車場の入り口でマネージャーと待ち合わせをしていたが、マネージャーは俺達の服装を見て、あからさまに眉をひそめた。

「君達、もう少しマシな服持ってなかったのか?」

 俺達の服装は、普段ライブに挑む時と同じだった。俺と祐輔は、Tシャツに革ジャン、コウイチは敗れたジーンズ、亮太に至っては、上半身裸の上にシャツを羽織っただけのラフなファッション。せっかくのテレビ出演なんだから、もう少しマシな格好があるだろう。マネージャーの意見はもっともなんだが、これは、祐輔の提案で皆で決めた事だった。普段の俺達の音楽を、聴かせるんだ。ファッションなんか、小奇麗にしたって意味がない。普段の俺達を見せつけてやろうぜ。祐輔の言葉に俺達は、普段よりも更にだらしない服装を選んだくらいだった。

「あ!あれ、タレントの何とか言う人!俺よく知らんけど、サインもらっちゃおうかな」

 亮太がいかにも一般人らしいはしゃぎ方をする。

「お前な、俺達遊びに来てんじゃないんだぞ」

 祐輔が少し、怖い顔をして、亮太をたしなめる。

 亮太のおのぼり的なはしゃぎ方が、祐輔には気に入らない。亮太は、緊張を隠そうと、わざとはしゃいでいる。そう言いながら、祐輔だって、ガチガチに緊張している。祐輔の顔は、緊張で少し青ざめている。

 俺は、と言えば、既に過去に一度体験しているんだからそれ程の緊張は無さそうなもんだろうが、やはり他のメンバー同様、緊張していた。

 楽屋に連れて行かれる途中、見た事のある連中と擦れ違った。テレビによく出ている、アイドルバンドの連中だ。俺は、コイツ等が嫌いだった。会った事も無いヤツ等だが、テレビでコイツ等を見るたび、むかむかした気分になった。

「おはようございまーす」

 俺達を先導しているマネージャーが、ヤツ等に腰の低い挨拶をした。

「・・・っす」

 祐輔が小さな声で、一応、と言った感じで挨拶をした。

 祐輔もテレビを見るたびに、コイツ等に悪態をついてた。

「ども」

 アイドルバンドのヴォーカルが明るく挨拶をして、通り過ぎていった。

「君達もねぇ。もう少し見た目が良かったら、あんな風に売れるんだろうけどね」

 マネージャーが言わなくてもいい嫌味を一言、言った。

「とにかく、周りの人に挨拶だけはちゃんとしてよ」

 連れて行かれたスタジオは、思っていたよりも数倍広かった。

 テレビで見る限りは、もっと狭いものかと思っていたが、考えてみればテレビではスタジオの一部分しか映さないんだし、あちこちにセットが組まれているんだから、広くて当たり前だ。ひな壇に、見たことのある演歌歌手や、アイドル歌手が集まり始めた。みんな、ラフな格好をしている。司会のアナウンサー達が台本を手に現れた。リハーサルが始まり、俺達の順番が回ってきた。

「リハなんで、カメラ位置や照明の確認をするんで、演奏の方は流す感じでお願いします」

 番組のADが説明をして、走り去っていく。

「流す感じで良いんだってさ」

 亮太が「軽く、でいいんじゃない?」と言って、ベースを手にした。

 祐輔が

「じゃあ、軽く」

 肩をすくめた。

 軽く、なんて言いながら、俺達は本番さながらの演奏をした。そうする事で、俺達のプライドを見せようとした。プロデューサーが、マネージャーに何かを言い、演奏を終えた俺達のほうへ歩いて来た。

「君達、なかなか良い演奏なんだけどさ、今のじゃ、時間オーバーだよ」

 プロデューサーが苦い顔で、俺達を見回した。

「ごめん、君達の持ち時間、二分四十秒なんだよ。僕が伝えてなかったんだな、悪い」

 マネージャーが頭を掻きながら、俺達に不備を謝った。

 祐輔は、唖然とした顔でプロデューサーを見返した。

「時間内に収まるように、曲調整して」

「調整って、この曲はレコードでも五分あるんだけど」

 祐輔が、プロデューサーに反論した。

「だから、適当にカットして、短くしてよ。できるでしょ。いらないとことか、歌の繋ぎ目とかカットしてさ」

 祐輔の眼が、怒りを帯びた眼に変わった。

「俺達の曲に、適当なとこなんて無い」

 俺は、祐輔の腕を咄嗟に掴んだ。祐輔は、俺の顔を見た。

「落ち着け、祐輔」

 俺は、祐輔の眼を見ながら、小さな声で言った。

「とにかく、本番までによろしく」

 プロデューサーは言うだけの事を言うと、俺達の前から去っていった。

「悔しくないのか、お前」

 楽屋で、祐輔は俺にいきり立った。

 落ち着いている俺が、気に入らないらしく、俺に突っかかってくる。

 俺は、既にある事を胸に秘めていた。

 俺達が、消化不良を起こさない為の、手段。

 他のメンバーに、何も伝えていない。俺の勝手な構想だ。

 他の二人は、明らかに落胆している。アレンジを一新して、自分達が最高と思える曲を持ってきたんだ。

 それを適当扱いされたんじゃ、祐輔が怒るのも当然だし、コウイチと亮太が落胆するのも当然だ。

「まあ、まあ。テレビなんだから。生放送だし、時間配分が細かく決まってるんだよ」

 マネージャーが、祐輔をいなした。

 祐輔は、きつい眼でマネージャーを見た。

「君達みたいな、無名の新人がこの番組に出られるだけでも有難いんだ。言われた通りにしてくれよ」

 マネージャーは肩をすくめて祐輔に言った。

 祐輔は、大きくため息をついて、椅子に腰を降ろした。

「しかたないか」

 そう言いながら、鞄からスコアを取り出した。

「ギターのソロを削るしかないな」

 コウイチが静かに言った。

「駄目だ、ソロを削ったら、曲の魅力が無くなる」

「だけど、曲全体の構成はソロを削っても守れる」

 コウイチの意見は、もっともだった。

 元々、ギターソロはアレンジの上で付け足して出来上がったものだ。曲の構成上、削っても問題は無い。

「あーあ、なんか、覚めちゃったなぁ」

 亮太がのんきな声で言った。

 皆、同様だった。

 亮太の一言で、今の自分達の気持ちが代弁された様な気がして、俺達は、膨らんだ風船が一気に萎むように、萎えてしまった。

 結局、俺のソロを大幅に削り、可も無く、不可もない大人しい曲になってしまった。

 萎えた気力で、萎えた演奏をして、俺達はテレビ出演を終える。

 その予定だった。

 本番の演奏が始まるまでは。

 本番の俺達の演奏。

 マネージャーは怒り狂ったプロデューサーと番組スタッフ、他の出演者に頭を下げて回った。

「お前ら、ロクに売れてないくせに、勝手な事ばかりやって!テレビなんて、二度と出れないぞ!」

 マネージャーも、プロデューサー並に怒っていた。

 本番の演奏。

 コウイチのドラムソロから、曲が始まる。亮太のベース。俺のストロークが重なる。

 祐輔の、高い声でヴォーカルが始まる。

 ワンフレーズを終えて、打合せでギリギリに削った間奏。

 そのはずだった。

 俺は、削ったはずのソロのフレーズを、弾いた。

 亮太は、俺がソロのフレーズに入ったのを見て、すぐさまベースを合わせた。

 コウイチも、ドラムのリズムを俺に合わせる。

 祐輔が、俺の背中に、自分の背中をくっつけた。

「ばーか」

 ギターの激しいリフに紛れて、祐輔の声が聞こえた。

 俺達の持ち時間は、CMで途切れた。

 俺達が初めてのテレビ出演で流した映像は、CM明けにスタッフに取り押さえられて、演奏を止めさせられている滑稽な映像だった。

 番組のスタッフに引き摺られるようにスタジオから追い出され、楽屋に閉じ込められた。

 俺は、笑いがこみ上げてきて、うずうずしていた。

 他のメンバーは、俺の行動をどう思ったのか。俺がした事は、間違っていはいないはずだ。その証拠に、萎えていたみんなの眼が、俺のソロで一気に輝いたんだ。

 皆、無言で椅子に座っていた。

 俺は、堪えきれなくなって、唇から笑いがこぼれ出した。

「うふっ」

 亮太が俺に連られて、笑い出した。

 苦い顔で腕を組んでいたコウイチも、大声で笑い出した。

「まったくよぉ、馬鹿だよなぁ」

 呆れるように他のメンバーを見回して、祐輔が言った。

「でも」

 祐輔が、俺の肩に手を回した。

「やってくれるよ、お前」

 高らかに、祐輔も笑った。

 二度と、この番組に呼ばれる事なんて無いだろう。そんな事、今の俺達には関係なかった。制作サイドがどう思おうと、俺達は自分達がしたい事をやりきった爽快感の方が勝っていた。

「君達、何考えてるんだ」

 大声で笑う俺達を、マネージャーが呆れて見回した。

「知るかよ、もうテレビなんか出てやるもんか」

 亮太が笑いながら、マネージャーに言った。

「俺達の曲がわからないテレビなんて、俺達のほうから願い下げだ」

「ばーか」

 俺達は、思いつく限りの悪態をつきながら、テレビ局を後にした。


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