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I.o.method  作者: 鈴木真心
Chapter 2
7/14

占い師の予言

現在、風を斬り、あらぬスピードでジラード荒野を駆け抜けながら、素晴らしい毛並みにひたすら埋もれている。


つまり、ジタンの背中に乗っているのだ。


面倒な盗賊にだって、このスピードなら鉢合わせする暇もない。

何日も掛かる旅路も、このスピードなら一日あれば充分だ。

ジタンがやる気満々なので、休憩はいらないようだし。


何て素晴らしい子か!


後でたくさん撫でてあげよう。


ちなみ、イリッシュの件を放り出したわけではない。

それについて、イリッシュ本人より先に、調査に向かっているのだ。

行き先はアルジア国より西、ラグト国の端にあるワーカー街。



「楽しみだなー」



他国に行ったことがないのか覚えていないだけか、ジタンの声は弾んでいる。

理由は何であれ、やる気があるのはいいことだ。

戻ってからを思うと不安が過るが……いや、今考えるのはやめておこう。



「見えたよ、ウィンズ!」



視線の先には、これまた久しぶりな土地が見えてくる。


何十年ぶりだろうか。

あいつは元気だろうか。


ターニャに会いに行った時のように、何だか嬉しくなった。

何百年生きていようと、会いたい人がいる土地がまだあることは、嬉しいものだ。


街の手前でジタンを人型に戻し、あたし自身の足取りも心なし浮かれている気がした。

ここにいる人物もまた、旧友の一人であるからに違いない。



「誰に会うの?また友達?」



アルジア国とは違った趣きを湛える市場(バザール)は、土気色のレンガ造りの街並みに人を呼び、そろそろ夕刻を過ぎ夜になろうという時刻にも関わらず、それは活気に溢れていた。

ジラード荒野とメメンテ砂漠に隣接するここは、商人達が立ち寄ることも多い。

通りには、色とりどりお国柄様々な人々が行き交っている。


ジタンはひたすら、目を輝かせていた。



「そう。凄腕の占い師に会いに来たの」

「占い師!本で読んだ!」



説明が省かれて助かる。


自由気ままなジタンだが、こうしてちゃんと、どこにいてもあたしの後をついてくる。

素直というか、従順というか、とにかく、それだけは安心だ。


後で土産の一つも買ってあげようと思った。


それはそうと。



「迷いそうだな」



何十年程度でも、街並みは変わる。

道を変え、家を変え、人を変え、時には国さえも変えていくのが時間だ。

さて、目的地までうろ覚えで辿り着けるといいけれど。


どうにかこうにか記憶を手繰り寄せ、辺りを見回しながら路地裏に入っていくあたし達は、下手したら完全に怪しい者だと思った。


壁に張りついては、細い道を覗き込んで確認する。



「よし、誰もいないな」



目的が変わっている気がしないでもない。


怪しい動きで素早く走り込んで、何とか、一軒の寂れた家に外れそうなドアを見つけた。


ぎいい、と鈍い音によって開かれた空間は、ひたすらの闇だった。

ひょこっと覗き込んだジタンが「あ!」と声をあげる。



「あの人!?」



早い。

まだ入ってもないのに。



「夜目が利くのかい」

「うん!」



指先に灯りを点して、外れないようにドアを閉める。

そのずいぶん先──様々な道具に囲まれた最奥に、彼女は座っていた。



「騒がしい子でね。久しぶり、ビーチェ」



深くフードをかぶった老女が、優しく笑ったのが見て取れた。


狭い店内を何のその、興味深げにうろうろとジタンが見て回る。

お願いだから、何か壊したりしないでくれ。


いち早くビーチェの前まで到着したジタンは、元気よく挨拶をした。



「俺、ジタン・トーチ!お婆さんは?」

「ビーチェ・カザリだよ。よろしくね」

「よろしくね!」



差し出されたビーチェの手を握ってぶんぶん振り回すジタンに、慌てて制止を掛ける。


何を勘違いしたのか、今度は近くにあった椅子をかたかたと運んできた。

座れということらしい。



「人狼の子かい、ずいぶんと懐いているじゃないか」

「どうせ知ってるんでしょ」

「まあな」

「知ってるの!?すごーい!」



ビーチェは大抵のことを知っている。

そして、ビーチェは大抵のことが見えるのだ。



「物知りお婆さんなんだよ」



あたしの紹介に、フードの下の口元が苦笑を浮かべた。

あたしが煙草に火を点けると同時に、ビーチェは引き出しから水晶玉を取り出す。



「早速だけど、よろしく」



後は待つだけでいい。



「ジタンに土産の一つもやるんだろ。この店から、すきなものを持っていくといい」

「いいの?」

「ああ、」



人嫌いのビーチェが、珍しくジタンを気に入ったらしい。



「長生きな者は皆、どうも辛気臭いがね。あんたとジタンは、明るいからすきだよ」



確かにね。


皆、永き時に食われていく。

確実に蝕まれていく。


あたしは違うかといえば、そうではない。

けれどあたしは、それ以上にあの姉に昔から……もう生まれた時から振り回されているのだ。


沈んでいる暇なく姉は次から次へと悪事に勤しみ、尻拭いに奔走するうち、あっという間に時は過ぎていく。

まさに、開き直りと呼ぶべき克服の仕方だ。



「あんたの生き様は見事だよ、ウィンズ」

「心でも読んだ?」

「読まなくたってわかるのさ」



いいのか悪いのか。


何はともあれ、ビーチェからジタンに贈り物がされる。

この店には珍妙なものから貴重、希少なものまであるわけで、これは嬉しい話だ。



「何がいいかな」

「ビーチェ、何かくれるの?」

「らしいよ」



闇に咲き誇るジタンの笑顔に、つられたように、あたし達は笑った。


棚にひしめき合う品々を眺めながら、どれが似合うかを考えつつジタンに合わせてみる。

ジタンはジタンで、あれやこれやと気に入ったものを手に取っては歓声をあげていた。



「そんなにはやれんなあ」



ビーチェの苦笑いに振り向けば。



「ジタン!」



どこの成金かと言わんばかりにじゃらじゃらと着飾った彼が、得意満面でそこにいた。


青年だというのに、この無邪気さはどうなんだ。



「いっぱいすきなのあったよ」

「もう……ん?」



ジタンがつけたのか、たまたま引っ掛けたのか。

腰についた闇より深い漆黒の石が、何故か、煌めいたように見えた。


手に取って、灯りのもと目を凝らす。



「こんなものまであんの」

「流石の品揃えだろう」



ビーチェの言葉に唸るしかなかった。


黒星石(ブラックスター)』──黒炎を宿すその石は、全てを焼き尽くすと言われる魔石。



「黒竜が死んだ後、その魂を宿した石だ。竜は気高き生き物、持ち主を選んだようだね」



決まりだ。


気高き魂は、無垢な魂を選んだ。

それに間違いはないと、あたしは断言出来る。

サイズからして魔力増幅器と同じくらいだから、空いている右手にグローブとして嵌めるといいかもしれない。



「本題に入ろうか、ウィンズ」



他の品物を棚に戻して、ビーチェの言葉に頷く。


これからの道標を照らしてくれる時間が来た。

その水晶には、何が映ったのか。


フィルターまで燃え尽きた煙草を灰皿に捻じつけ、小さな椅子に腰掛ける。

興味津々なジタンは、水晶を覗き込んでいた。



「まずはそうさね、黒星石をグローブに取りつける腕のいい職人は、市場の端にいる」

「そこまで見てくれたの」



相当お気に召したらしい。

弧を描く口元は、そうだと言わんばかりだ。



「広場へ抜ける手前だよ。煤けた茶色いテントを張ってる男さ」

「男なんだ」



水晶に映し出された無精髭の男に、ジタンの曇行きが怪しい。

皺くちゃの手が、優しく耳を撫でつけた。



「お姫様のためだ、我慢おし」



そんなことまで知ってるわけね。


ちら、とあたしを見やってから、ジタンは小さく頷いた。

嫌々なのが滲み出ているが、気にしないことにする。



「さてお姫様、」

「それやめてよ」

白髪(しらが)の君がいいかい」

「『はくはつ』ね」



気にしているわけじゃない。

ただ、『しらが』は流石に、抵抗がある。


くく、とくぐもった笑い声に、大きく肩を落とした。



「で?」

「ああ。アルジアに戻りターニャの息子を連れて、北の地イシュバジルへお行き」



危険だとわかっている。

けれどあたしも、それしかないと思っていた。

取り敢えず、『氷の魔女』を頼りにするしかないか。


水晶の画像が変わる。

目を細め、砂嵐のように揺れるそれに見入った。



「ドヴェルグ族の生き残りがいるよ」



その言葉に、ジタンと目を合わせた。


何はともあれ行き先は決まった。

後は、あたし達次第といったところか。


ふっと消えた映像を不思議そうに見つめるジタンが、にこっとビーチェに笑顔を向けた。



「ビーチェは何でも見えるの?」

「何でもじゃあない。が、大抵は見えるさ」



ビーチェは大抵を見るが、全てを見通す千里眼を持つわけではない。

いくつもある中の道標の一つを示すだけだ。


何故か。


簡単なこと、魔術師のほとんどはあたしを含め、運命を信じていない。


運命とは何か。


過去が決まっているならば、未来も決まっているということだ。

定められたものからは逃れられないということ。

それすなわち、如何に足掻こうと、未来は変えられないということに他ならない。


そんなもの、信じて堪るか。


あたし達は生きている。

森も動物も泉も木も花も、全てが生きている。

あたし達には意志がある。

自ら選び、思考し行動している。


生まれたなら死ぬ。


それは変えられない自然の(ことわり)だが、見えない先は自分で選ぶ。

自分で選ぶからこそ、全てには価値がある。

だからこそ、生には意味があり価値があるのだ。


少なくとも、あたしはそう考えている。

ビーチェもまた、似たようなものだろう。


だからあたしはビーチェに結果を聞くことはない。

ビーチェもまた、見えているかもしれないいくつかのそれを口にすることはない。


ジタンもいつか、それを考える日が来るだろうか。

出来るなら、そんな小難しいことを考える必要がなければいいと、密かに思った。


と、そんな胸中知る由もなく、ジタンは完全に前のめりだ。



「俺とウィンズがずっと一緒にいられるか見て!」



……ずっと?


待て、待て待てずっとって何?


ずっとって……ずっと、ジタンはあたしに面倒を見てもらうつもりってこと!?

いや。

いやいやいや、待ってジタン。

自活しようよ、自立しようよ、取り敢えずあんた大人でしょうが!


と言うまでもなく。


初めてじゃないかってくらいに、ビーチェは大声で笑った。

少なくとも、あたしが知る限りでは初めてだ。



「心配いらないね」



何が!?


とはやっぱり言うまでもなく。



「ジタンにとってウィンズはお姫様だ」

「そう、ウィンズはお姫様!」



主様の間違いだ。



「そして、ジタンの世界そのものでもあるね」

「そう、俺の世界!」



意味がわからん。


口を挟むまでもなく進んでいく会話に、ただ、呆気に取られる。

あたしの意志はお構いなしか。

フードの下から覗いた瞳は、今度は、あたしを見つめていた。



「あんたにとって、ジタンは星だよ」

「星?」

「まだわからんだろうさ」



謎の言葉の意味を教える気はないらしく、その瞳はただ、優しく弧を描いていた。


星、ねえ……。



「ウィンズの星かあ……俺、すごいねー!」

「ああ、すごいかもね……」



絶対に意味わかってない。


はしゃぐジタンから逃れられないとばかりの予言に、諦め半分。

そして何故か、気持ちの隅には暖かさも感じていた。


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