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I.o.method  作者: 鈴木真心
Chapter 1
6/14

イリッシュの魔力

赤い日が低く落ちようという頃、ターニャの飯屋に着いた。


ジタンの警戒ぶりに、ターニャまで巻き込まなければと不安が胸を(よぎ)る。

この子の言動は予測不能なのだ。



「ターニャ、戻ったよ」



カランカラン、と錆ついたベルを鳴らし、あたしとジタンは中へ入る。

何故かイリッシュは、立ち止まったままだった。



「イリ」



カランカラン。


あたしの言葉を遮り、今度は背後からお盆の落ちる音。

イリッシュへ向いた体を戻したなら、驚愕に目を見開いたターニャがいた。



「ターニャ?」



事態を飲み込めていないジタンは、疑問符を飛ばして首を傾げる。

あたしだってそうだ。

久しぶりの帰宅に驚いたとしても、二人とも、何かがおかしい。



「イリッシュ、あんた……魔力をどうしたの!?」



それきり立ち尽くすターニャとイリッシュに挟まれたあたしは、何が何だか、わからないままに動けなかった。



「ウィンズ、ご飯食べよう」



にっこり笑ったジタンだけは、違ったらしいけれど。


お前、空気読め。


ご飯ご飯とうるさいジタンを厨房に連れていき、卵卵とうるさいので、親子丼の作り方を教えつつ、カウンター越しに二人を見ていた。


黙っていたイリッシュがようやく重い口を開く。



「……ごめん、母さん」



伏せたその目がターニャを見ることはない。

ターニャもまた、下を向いて拳を握り締めていた。


ちなみに、隣のジタンはわあわあとうるさくしている。


溶き卵をフライパンに入れれば跳ねた油に飛び退いて悲鳴をあげ、鶏肉を炒めればまた右に同じ。

米が炊ければいい匂いがすると飛び跳ねて喜び……少しは静かに出来ないのか。


そんな中でも向こうの二人の会話や様子が手に取るようにわかるのは、あたしの能力によるところが大きい。

この能力は魔力であってそれでなく、別物であるが故に、魔力を消費することなく使えるのが魅力だ。



「……何があったの?あんたの魔力は……」



イリッシュの魔力?


つい意識を取られて、フライパンにする蓋が止まった。

ターニャは一度唇を引き、一呼吸置いて、自らを落ち着かせようとしているらしい。


そして、より謎の深まる一言を口にした。



「どこへいったの?」



「魔力って移動するの?」

「あんたも聞き耳立ててたわけね」



ジタンと一緒に、首を捻った。



顔を見合せまた首を捻ってから二人に視線を移す。



「来てくれない?どうせまた聞いてたんでしょ?」



ターニャとばっちり目が合った。


仰る通りで。


食うかはわからないが、出来上がった親子丼を四人分よそってテーブルに着く。

アイスコーヒーだけは作れるようになったジタンが、それもまた、四人分テーブルに運んだ。



「いただきまーす!」



重苦しい空気を打ち破り、ジタンの清々しいばかりの明るい声が響く。

ターニャは少しだけ笑って、「いただきます」と手を合わせた。



「食べながら話しましょう。イリッシュも食べなさい」



こくん、と素直に頷いた青年は、紛れもなく、ターニャの息子の顔をしていた。

姉と弟にも見える二人は、確かに親子なのだ。



「で、魔力がどうしたって?あたしを呼んだ意味は?」



気を遣って進めたいところだが、ジタンがいる限り、そうもいかない。

この子は空気を読まない天才なのだから。

だったら、早いところ核心を突いてしまった方がいいと思った。


箸が止まり、イリッシュはまた目を伏せた。

その視線は自らの背もたれへと滑り、掛けてある剣で止まる。



「本当は……本当は、魔力も母親譲りだったんだ。ここを出る三年前までは」



つまり、三年の間に何か魔力を失うような出来事があったと。


剣を取ったイリッシュは、それをあたしに預けた。



「見て欲しい」



──これに何かがあるってことか。


サイズからすれば至って普通だった。

大きくもなく、小さくもなく。

両刃の剣だろうことは、鞘を見れば見当がついた。

持ち手の革はだいぶ擦り切れ、愛用していたことがよくわかる。



「これ、もともとはこいつが持ってたやつじゃないよ。いろんな匂いがするもん」



素早く匂いを嗅ぎ分けたジタンが、親子丼からは顔も離さずそう言った。

流石は人狼と言ったところか。

さっきの会話も、その耳なら難なく聞き取れるはずだ。


イリッシュは嫌いでも、あたしが関わるなら協力は惜しまないらしい。



「後ね、それ、こいつの魔力の匂いもするよ」



突き放した声色からは、気に食わないけどね、と聞こえてくる気がしたけれど。


イリッシュの魔力の匂いがする、か。


あたしじゃわからなかったことだ。

やっぱり、磨けばジタンは、かなり使える子になるだろう。


するりと鞘を抜けば、見事な銀色が姿を現す。

そしてあたしは、息を飲んだ。



「……魔剣!」



久しぶりに目にした大物に、ターニャは、身を震わせていた。


魔剣の登場とは、はてさて、どうしようか。


なるほどね。


よくよく見たなら、鞘には魔力を抑える印が施されている。

剣身を抜いた途端に放たれた禍々しい気に、思わず顔をしかめた。


俯いたままのイリッシュの親子丼に手をつけたジタンは、まるで気にしてない顔だ。



「あんた、匂わないの?」



魔力でさえ嗅ぎ分ける鼻を持つなら、この気の匂いはそれこそ、顔をしかめる程度では済まないはずだけれど。



「もっとひどい匂いを知ってる」

「もっとひどい?」

「思い出せないけど、腐った林檎みたいなやつ」



ジタンが不機嫌な顔をするくらいの匂い……興味はあるけれど、嗅ぎたくはない。


それはそれとして、この魔剣は──



「『ダーインスレイヴ』だよね。別名『鮮血剣』だっけ?ウィンズ、合ってる?」



──まさしくその通り。



「今日、図書館で見た本にあったよ!俺、覚えてる!」



にこにこと尻尾を振るジタンに、呆気に取られた。

様々なものを共有するとはいえ、この記憶力はやはり凄まじい。


『ダーインスレイヴ』──その名は『ダーインの遺産』を意味し、別名『鮮血剣』とも呼ばれる貴重な魔剣。

闇の妖精ドヴェルグ族であるダーインが作ったとされ、一旦抜いてしまえば、鞘に戻るか破壊されるまで生き血を求める。

これが、『鮮血剣』とも呼ばれる由縁だ。



「そもそもの魔力を魔力で抑えてるわけね」



イリッシュは、小さくもはっきりと頷いて見せた。


世に伝説数あれど、永きに渡り様々なものを目にしてきたあたしは、何が伝説で何が違うかをよく知っている。


今では伝説と呼ばれる『ダーインスレイヴ』の所業の数々は、伝説でなく、全てが事実だ。


それを何故、イリッシュが持っているのか。

また、何故、イリッシュの持つほぼ全ての魔力で封印されているのか。


問題はここだった。



「語ると長いけどね」



諦めたように笑うイリッシュを、ジタンを撫でながら、頷いて促した。



「三年前、『氷の魔女』を頼りに、北に魔術の修行に出たんだ」



何か、聞いたことのある二つ名だな。

面倒なところを頼りにしたもんだと、呆れてターニャを見る。


大方、彼女の話をしたのはターニャ辺りか。



「本当はウィンズか『宵闇よいやみの兎』に弟子入りしたかったんだけど……二人とも居場所がわからなかったし、『宵闇の兎』が弟子を取るって話は、聞いたことがなかったからね」



まあ、『氷の魔女』なら、弟子入りくらいはさせてくれるだろうと踏んだわけだ。

居場所の特定も容易かっただろう。

あいつは基本的に、北の地を離れない。



「弟子入りして一年が過ぎた頃かな……師匠にある仕事が来たんだ」

「仕事ねえ」

「それだよ」



訝しむあたしの手元を指して、イリッシュは言葉を切った。


イリッシュが言うには、『ダーインスレイヴ』を持ってきたのは北の地を治めるイシュバジル国総統だったらしい。



「『伝説』と名高い裏魔術師ラジア・ゼルダのライバルと言われる君に頼みたいって──師匠はそれに弱いから。もとより、総統閣下直々じゃあ、断るに断れないけど」



イシュバジル国は王政国家でなく軍事国家。

総統は国王と同等であり、断ろうものなら、流石のあいつでも追放されるだろう。


あいつはあの土地を気に入っているのだから、仕方ない話だ。



「狙われているから破壊して欲しいって言ってたよ。でも──」

「『氷の魔女』じゃ出来なかった」

「そう……師匠では、剣の魔力に適わなかったんだ」



貴重な魔剣を破壊して欲しい、か。


強力な武器防具は、国にとっての重要な財産だ。

軍事国家ならば性能から考えて『ダーインスレイヴ』は貴重に違いない。

倫理をなくしていなければ、使うことはないだろうけれど。



「でも、軍事国家だからねえ……」

「師匠も言ってたんだ。人間が人間である以上、欲望は捨てられない。軍事国家がこれを破壊するなんておかしいって」



あいつも疑ってたわけか。


空気は読めなくとも、世の理はわかるらしい。

永きを生きていれば、それくらいはわかるか。



「狙われてるって言ったけど、誰に?」

「わからない。詳しい話は、師匠しか聞いてないから」



イリッシュが唇を噛む。

滲んだ血の匂いに、ジタンの耳が反応した。



「ねえウィンズ、その剣、二人分の魔力が上掛けされてるよ。一人はこいつのだけど、もう一人は知らない」



でも、と続けたジタンは、嫌そうにイリッシュを指した。



「こいつから、そのもう一人の匂いがする」



と、いうことは。



「その通りだよ。ジタンは鼻が利くなあ……俺の魔力に上掛けして吸収を抑えたのは、師匠だ」



イリッシュはこうなった過程を語ってくれた。


鞘ごと焼いても、高度なドヴェルグ族の防御術が働いて無傷。

刺し貫き粉々にしようとしても無傷。

結局、魔法陣を敷き、剣を抜いてどうこうしようとしたところ、抜刀をしたイリッシュが剣身で指を切り、血に反応した『ダーインスレイヴ』に魔力を吸収された──。



「師匠が処置をしてくれなかったら、俺は死んでたよ」



力の籠もった口振りには、ただただ、無力である故の悔しさが滲んでいた。


あたし達は何も言えず、その場には、ひたすらに沈黙だけが流れていた。



ターニャのちらちらとした視線を感じる。

言わんとすることはわかる、同席させた意味もわかる。


ターニャは飯屋の女主人。

従業員がいる限り、店を閉めるわけにはいかない。

しかし、久しぶりに帰郷した愛息は、とんでもないことになっていた。

──魔剣『ダーインスレイヴ』の土産つきで。



「あたしがやるしかないってか」

「頼める?」

「そのつもりだったんでしょ」



お手上げ状態で視線を投げれば、不安が和らいだのか、ターニャはようやく笑顔を見せた。

千の花とまで謳われた笑顔を見れただけで、引き受けるには充分だ。



「母親似でよかったね」

「父さんだってハンサムだったよ」

「悪かなかったけどね」



イリッシュもほっとしたのか、安堵が浮かんでいる。


ジタンはどうやら眠いらしい。

ふみふみ言いながら、落ちてくる瞼と必死に闘っていた。


取り敢えず今夜はお開きだ。



「後片付けはやっておくわ」

「ありがと」



ターニャの申し出をありがたく受け取り、覚束ないジタンを歩かせながら、あたしは脳味噌をフル稼働させていた。


ターニャの反応からして、イリッシュの顔は本人そのもの。

変装もしている風でなかったし、本人からも、そういった話は出なかった。

追われている様子もない──追っ手の気配もない。


しかし、破壊を命じられた剣は、確かに彼が持っている。


鞘には術が施行されていた。

もともとの封印と、新たに施行されていたのは、イリッシュが師匠と呼ぶあいつのもの。

鞘に納まった状態で、あれを『ダーインスレイヴ』と見破ることは出来なかった。


限界を迎えたジタンをベッドに転がして、窓辺に腰掛け、一息つく。

くわえた煙草の白煙を追いながら、それらのピースをぱちぱちと組み立てていく。


剣身には、古代妖精語がびっしりと彫り込まれていた。


例えば。


破壊が出来ないとして、それを彫り変えることが出来るとしたら?

ドヴェルグ族は、その昔、イシュバジル国によって殱滅されたと聞くが、万が一、生き残りがいたとしたら?


破壊の可能性は、なきにしもあらず。


イリッシュの様子からして、彼はあいつに命じられて逃亡したと考えられる。

『ダーインスレイヴ』の気配を消し、彼に持たせたことからも、そうとしか考えられないけれど。


魔術の修行が三年というのは、どう考えても短い。

でも、総統から依頼を受けてイリッシュがああなってから、少なくとも二年、彼はあいつの元にいた。



「わっかんない」



修行してたってことか?



「ウィンズ、まだ寝ないの?」



もそもそと、肩に上掛けを引っ掛けたまま、瞼を擦るジタンが起きてきた。



「ああ、ごめん。起こしちゃったか」

「ううん、大丈夫。ウィンズ起きてるなら、俺も起きてる」



あたしの足元にぺたりと座って、膝に頭を預けるジタンをゆっくりと撫でた。


本当なら年頃のジタンとは別室が好ましいけれど、それを聞いたジタンが暴れて嫌がったので、それからずっと同室だ。

無理矢理ベッドに潜り込んできたこともあったが、ジタンは一切、あたしの嫌がることはしない。


べたべたしてくるけれど、時と場所もわきまえないけれど、ついでに空気だって読まないけれど。


どこまでも、ジタンはあたしに真摯だった。


だからあたしは、ジタンに応えたい。

その気持ちに、ひたむきさに。

少なくとも、ジタンが在るべき場所に還れるまでは。



「今日はいろいろ大活躍だったね」



これは本音だった。


誉めて育てるどころじゃない。

ジタンはそれ以上の働きを見せたのだから。


気をよくしたのか、ジタンはぽろぽろと言葉を紡ぐ。



「あの剣ね、あいつの魔力を取り込んで同化しつつあるよ」

「同化?」

「うん。あいつの魔力が剣に溶け込んでる。鞘に納まった状態なら平気だろうけど、一度でも抜いたなら、普通は剣の魔力に拒否反応起こして死んじゃうと思うよ」



大事まで、ぽろぽろと零した。


上機嫌な口は止まらない。



「ウィンズは大丈夫だよ。風が護ってくれてる。魔力に反応して、薄い膜を作ってたよ。あれ、無意識なの?」



……気づかなかった。


時にその特異性により疎まれ、仕舞には実姉からとんでもない仕打ちを受ける原因ともなった能力だが、なかなかどうして、無意識に大活躍だ。


そうか。


ジタンの魔力増幅器に手をかざして、光が灯るのを見つめた。



「何?」

「おまじない」

「あはは、変なの」



おまじないなんて、魔術を知る身では、ばかばかしいけれど。

わかっているけれど、どうか。


燃え尽きた煙草を灰皿に押しつけて、白煙の残像を目で追った。


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