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I.o.method  作者: 鈴木真心
Chapter 1
5/14

中央図書館

その日、給料日に発表されたターニャへの借金が半分になったとの事実に、あたしは浮かれていた。

よって、ジタンも浮かれていた。


予期せぬ嵐は、そこまで来ていたのに。



「ようやく半分か」

「俺がんばった!?誉めてくれる!?」

「がんばったがんばった」



ジタンに出会って一ヶ月、ようやくこの甘えた小僧にも慣れ、ついでに仕事も慣れてきた頃。

たまの休みに本来の仕事でもしようかと、あたしとジタンは、街の中央図書館に向かっていた。


この街には膨大な量の本が貯蔵してあり、魔術師間では知識の宝庫とまで呼ばれている。

図書館は中央、東西南北と五つあり、中でも、中央図書館は近隣に名を轟かすほどの貯蔵量だ。


治安もよく、魔術師は聖職者同様、崇拝の対象ともなっている。

同時に畏怖の対象でもあるが、それは仕方ないことだった。



「図書館かあ。俺、初めて行くよ」

「あの洞窟の魔法陣について、載ってるかもしれないからね」



隣接する森の情報だ。

大した収穫はなくとも、欠片程度は知ることが出来るかもしれない。



「俺のために!?」



「ウィンズが俺のために、ウィンズが俺のために」と呪文のように唱えるジタンに苦笑しながら、絡みつくでかい子を引きずって歩いていた。


立派な中央図書館に到着したなら、あまりの立派さに、ジタンはぽかんと大口を開けていた。



「やめなさい」



美少年面が台無しだ。


そもそも、ジタンには知識と教養が大幅に欠けている。

いくら永い時を封印されていたといえ、人狼族ともなれば太古から続く由緒ある獣人族。

永きに渡って培われた知識と誇り高きプライド、野性味溢れながらも洗練された教養があると、もっぱらの噂だったはずだが……。



「おっきーい」



欠片も見当たらない。


外見は青年でも、中身はまだまだ少年だ。

それはよろしくない。


そう、うっかりといえ、あたしがこの子の主となったからには、教育を施す義務があるのだ!



「ジタン、よく聞いて」

「?」



にこにことした黒い瞳と目が合う。


……ばかっぽい。



「あんたは、勉強をしなさい」

「勉強?」

「そう、あたしが片手間で教えてあげるから」



如何にも体で覚えるタイプだが、上手く教えれば、それなりに身につくはずだ。

基礎がないだけでばかじゃない。

それは、一ヶ月で何となくわかっていた。


そしてあたしはこの一ヶ月で、ジタンの扱いもわかってきたのだ。



「がんばったら、ご褒美あげちゃおうかな」

「ごほうび……!」



顔の前に人参をぶら下げればいいと。



ジタンはそれはがんばっていた。


もともと共通語を読めるばかりでなく、何と彼は、人狼語はおろか古代人狼語までもを読み書き出来たのだ。

三時間足らずで兎族、狐族(こぞく)鹿人族(かじんぞく)語の基礎をマスターしたことには、流石のあたしも感心を通り越して脱帽した。


おばかに見えておばかじゃなかった……!



「えらい、えらいよジタン!」



これでもかと撫でつけてやれば、それは嬉しそうに喜んでがんばるものだから、また輪を掛けて誉めてやる。

完全に親ばかな気分だ。



「よくもまあ、するすると覚えるもんだね」



あたしでさえ、異種族語を覚えるには苦労した。

たった三時間程度でこれだけ身につけられるなんて、天才としか思えない。


感心して見ていれば、ジタンは笑ってこう言った。



「これ全部、ウィンズが知ってることだよね」



頷いて見せれば、やっぱり、と何故かばつ悪そうに頭を掻く。



「ウィンズが知ってるから、覚えるのが早いんだよ。繋がってるからだと思う」



なるほど。

契約とは、そういう共有の仕方もあるのか。

とはいえ、本当のばかならここまでは出来ない。


ということはだ。



「魔術も……覚えることが出来る、とか?」



腐っても人狼族。

しかもジタンは、純血種だ。

契約の儀を施行したことから考えて、魔力皆無なわけはない。



「出来ないことはないと思う。ウィンズが魔術師だから。でも、全部は出来ないかも……」



伏せることなく真っ直ぐにあたしを見て、その黒が、あっという間にうるうると悲しげに潤んでいく。

どうやらジタンは、とにかく、あたしの期待に応えられないのが心底悲しいらしい。


これもまた、一ヶ月でわかったことだ。


だからあたしは、



「無理はしないでいいから。ジタンは充分いい子だよ。がんばってるし、あたしは充分嬉しい」



──ひたすら誉める!


誉めて誉めて、誉めちぎって育てるのだ!

そして、ひたすらに撫でる!

本当の親みたいな気分になってきた。


……それもどうなの。



「取り敢えず、魔術の歴史と基礎だけは読んで覚えようか。これなら、あたしも知ってることだし覚えられるはずだから」

「うん!」



元気よく返事をしたジタンに笑みを浮かべ、本を手渡してから、あたしはあたしのやるべきことを探しに席を立った。


今あたしのやるべきことは、取り敢えず、ただ一つ。


『歴史』と掛かれた本棚を見上げ、重厚さ漂うそこへ、挑むように足を踏み入れた。


人狼族の歴史、アギズス森林の歴史、アルジア国記、アルジア伝承記。


目ぼしい本を片っ端から取り出して目を通す。

薄暗い通路に小さな灯りだけを浮かべ、目を皿のようにしてページに走らせた。


アギズス森林とは、ジタンを拾い、洞窟があったあの森のことだ。

その隣のアギズス平野と呼ばれる広大な土地に、アルジアが建国されたのは五百年前。


……五百年前?


国記を膝に置き、人狼族の歴史を手に取る。

さらに遡ること百年、六百年前に、アギズスの人狼族ではシンギ・メロウを新しい族長に立てている。


たった百年で、いなくなるってどういうこと?

移住するにしても、あの森にはこれといった問題も見当たらない気がする。


また国記を手に取り、近い年代のページを開いた。



“アルジア建国時、族長シンギ・メロウ率いるアギズスの人狼族は、平野のみならずアギズス森林が荒らされることを懸念し、アルジアに宣戦布告。”



「“三十年続いた戦火は、アルジア国将軍ジェイズ・カーネストが連れてきた『白き魔女』によって、終戦を迎えた”──!?」



やっぱりか!


歴史とは事実であっても、真実とは限らない。

強者が作り、記し、遺していくのが歴史だ。


少しばかり目を離した隙に、あの悪女はまた、やりたい放題してたということか。

むかむかとした感情は、深く深く、あたしの顔に皺を刻んだ。


あいつめ、いくつになったら更正するんだ。


せめて何をやるにしても、もう少しおとなしく出来ないもんか。

あの『伝説』と呼ばれる裏魔術師だって、一応は、裏世界で行動してるというのに。


目立ってるけれど。



「目立つのすきだもんなあ……」



ほう、と漏れた溜め息は、言葉と共に、ふいに拾われた。



「誰が?」

「……ん?」



背後から射した影は、薄暗い中でより濃くあたしを包んでいた。


「姉が」とはもちろん言えず、どちら様かと振り向いて、しばし記憶の糸を辿る。



「……」

「……」



きらきらと僅かな光さえ纏っては飛び散らせる見事な金髪は、無造作ながらも洗練されたショートヘアで。

影になっていても透き通るほどの見事な碧い瞳は、人好きしそうな光を宿している。


二十代前半といったところの、すこぶる見目麗しい青年がそこにいた。



「……」

「……誰だっけ?」

「ああ、やっぱわかんないか」



あはは、と笑ったその顔に、ふと、旧友が重なる。



「……ターニャの!?」

「久しぶり、ウィンズ」



それは見事に母親似の笑顔で、彼は、ハスキーになった声でそう言った。


ジタンは不機嫌だった。

初めて見るそれは、何というか、とにかくわかりやすいほどにだ。


原因は彼──ターニャの息子、イリッシュ・イザベラだと思う。

たぶん。


久しぶりに再会したイリッシュは、それは大きくなっていた。

最後に見たのは確か、十歳くらいの時だったか。

小さくてふわふわで、そりゃあもう、昔っから綺麗な子だったけれど。


図書館の奥の個人自習室では、現在、抱きつき虫と化したジタンがあたしの右腕をホールドし、向かいに座る笑顔のイリッシュに、何故か威嚇を開始している。


何なんだ。



「はじめまして。俺はイリッシュ・イザベラ。ターニャの息子だよ」

「……」



笑顔なイリッシュを見事にスルー。



「ほら、挨拶は?」

「……しなきゃ、だめ?」


しない理由がわからん。


あたしの顔を見た途端、ぴんと立っていた耳がへたりと伏せる。

懇願するような瞳はお得意のうるうる攻撃で、ばしばしとあたしに撃ち込んできていた。


だめだ、あたしが負けそう!

何がだ!


異常に警戒を見せるジタンに首を捻る。

どうしたというのか。

思わず漏れた溜め息に、びくーっ!と、ジタンの肩が揺れた。



ふるふると震える手が、皺になるほど、ぎゅうううっとあたしの袖を掴む。



「さっきからどうした」

「俺のこと嫌いになった!?」



……何で?


真っ直ぐな瞳は本気だ。

会話は成り立っていないが……推測するに、さっきの溜め息に反応したと思われる。


ああ、溜め息にも気を遣うべきか。


いや。

もしかしたら、ジタンはこわいのかもしれない。

誰かに厭われること、一人になることが。

そう考えたなら、出会ってすぐのあたしと契約をしたことも、何となくわかるように思えた。


自分にとっての絶対的存在を手に入れておきたかったのだ。


それがどう、お姫様と繋がるのかはわからないけれど。



「嫌いになんてなんないから。ほら、挨拶は?」



ぎゅう、と寄った眉間の皺が、どれだけ嫌かを物語っているが。


誰かに厭われることを嫌うなら、この行動はないか?

飯屋で働く時だって、あっさり否定を口にした。


──あたしには嫌われたくないだけ、とか?



「困ったな」



あんまり困ってなさそうなイリッシュはそう言って笑い、ジタンの胸の内は計り知れないまま。


取り敢えず、ジタンとイリッシュは仲良くなれなさそうだった。



「……ジタン・トーチ」



あれから三十分後。


宥めに宥めて、ようやく自己紹介は済んだ。


しばらくはターニャの飯屋に泊まるのだから、上手くやってもらわないと困る。

案の定、イリッシュは実家兼飯屋に帰るのだと言った。



「イリッシュはどれくらいうちを出てたの?」



ジタンがやる気をなくしたので図書館を出た帰り道。

警戒網を張るジタンを右腕に引っつけ、左側のイリッシュに問い掛ける。



「三年くらいかな。魔術師の修行に行ってたんだ」

「魔術師の!」



やはりターニャの息子、魔力があったのか。

しかし……。



「ウィンズならわかると思うけど、俺の魔力は微弱でね。ほとんど父さん譲りだよ」



そう、イリッシュから感じられるのは、僅かな魔力の気配のみ。

普通の人間より長寿だろうが、あたし達ほどではなさそうだった。


それを本人がよしとするか否か。


決めるのはイリッシュのみだ。



「だから、どっちかって言うと剣の修行かな」



背負った剣に視線を投げて、イリッシュは柔らかく笑った。



「そう」



魔術師を志すほどだ。

やっぱり悔しい思いもしたことだろう。


一瞥くれた剣は、見るからに何らかの力が宿るものであった。



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