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I.o.method  作者: 鈴木真心
Chapter 1
4/14

祈り

「ちょっと休憩行ってくるからー」



あの後。


結局ターニャに逆らえず、この飯屋で、せっせと修理代を稼いでいる。

こんなことをしてる場合じゃないけど、動くための手掛かりはゼロだ。



「ありがとうございましたー!ターニャ、俺も休憩していい!?」



昼飯時を過ぎた店内を見渡し、ターニャが笑顔で頷くのが見えた。

思わず、体が固くなる。



「ジタン、待ってるから焦らない……でー!」



「ウィンズ!」と満面笑顔で駆け寄ったジタンに、正面衝突よろしく抱きつかれた。


痛い……だから、焦らないでって……。


抱きつくというより、もはやこれは、タックルという名の攻撃に近い気がする。



「あたしは主じゃないのか……」

「主様だよ、お姫様」

「……わかってない」



寧ろあたしがわからない。


押し倒された格好で溜め息を吐くのは、お決まりになってしまった。

それでもジタンの頭を撫でてやるあたしは、何てお人好しなんだろうか。

まあ、嬉しそうだからいいけど。


そうは言っても、悪いことばかりでもない。

人に触れることで、ジタンは少しだけ、今の時代に慣れつつある。

もともと人懐こいのと美少年面も相まって、今では、この飯屋の看板だ。


ただ、仕事が決まったときの最初のひとことには驚いたけど。



「俺、ウィンズのこと以外に興味ないからしない」



これには、流石のターニャも固まった。



「だってウィンズにはやることがあるんでしょ?ウィンズがしたくないことをする必要はないよ。ウィンズ以外の人の命令は聞かない」



つまりだ。


ジタンの言い分によると、世界で一番大切なのは主であるあたしだということらしい。

よって、ジタンの中では、あたしがやりたいことが優先であり、嫌々なことはする必要さえないと。

そして、あたしがやらないなら、もちろん自分もする必要はないと。


わかるようでわからないというか、ある意味理に適っているというか。



「ジタン、やりたくないわけじゃないんだよ」

「ウィンズ、そのお仕事やりたいの?ウィンズがやるなら俺もやる」

「いや、まあ、ジタンはすきにして構わないけど」



もともと、あの騒動にジタンは関わっていなかったのだから。

と言う前に、ジタンが口にした科白は、またも、あたしの脳天に衝撃を与えたのだ。



「ウィンズは俺の世界だから、ウィンズの言うことが全て」



花の咲くような無垢な笑顔で。


以来あたしは、自分の言葉に注意を払うようにしている。

主であるあたしが気を遣うなんて笑えるけど、それでジタンがいろいろなことを学び取る機会に恵まれるなら、やっぱりそれは、いいことだ。



「お人好しだなあ」



自覚するほどに。


休憩に入ったジタンに連行されながら、少しだけ、本当に笑ってしまった。


飯屋の裏手にある縁側に二人で座り、一息つくべく煙草をくわえる。

ぱちん、と指を鳴らした先の火を点ければ、ふわふわと煙が昇った。

いそいそとお茶を持ってきてくれたジタンを誉めて、その笑顔を肴に空を見上げる。



「ウィンズは煙草吸うんだね」

「ん」



魔術師は大抵吸うんだよ、と言えば、どうして?と返された。



「永いときの一瞬の暇潰しかな」



人狼族のように、種族の全てが長寿というなら、感じ方はまた違うのかもしれない。


ただ、永きを生きると言っても、あたしは人間だ。


普通に生まれていたなら。

同じときを歩めたなら。


普通の人間を伴侶に選んだターニャなら、少なからず、そんな葛藤があったんだとあたしは思う。

人狼であっても、同じ選択をした者なら。



「魔術師で、魔力があって。ウィンズは、それが嫌なの?」



隣の黒くも無垢な瞳が、悲しげな色を湛えて見つめていた。




「嫌じゃないよ。ただやっぱり、見たくないものも増えるかな」

「例えば?」



この子はどこまでも無垢だ。

それが記憶がないせいなのか、はたまた、本来生まれ持ったものなのか。

あたしにはまだ、わからないけど。


例えば。



「例えば、国が滅びるのを目の当たりにしたり。例えば、大切な人が先に逝ってしまったり。例えば、魔力故にそういった手伝いをすることになったり」



それは、例えばの話なんかじゃないけど。



「煙草を吸うとね、そういうことを思い出すの。自分の小ささ、とか」



何も出来なかった無力さや、抗えなかった不甲斐なさ。

そんなものが、立ち上る白煙の向こうに見える。

そんな気がして、ときには古傷が疼くけど。



「忘れちゃいけないんだよ」



忘れてはいけない。

刻んでおかなければならない。

乗り越えて、前を見据えて進むため、生きるために。



「生きてるんだから」

「生きて、る」

「そう」



ジタンは静かに聞いていた。

きっと、あたしの気持ちが伝わっている。


主のそれを理解しようと必死なのが、顔に出ていておかしかった。


大丈夫、きっといつかわかるから。


祈りを込めて、あやすように優しく撫でた。

ふわふわとした黒い毛並みは、するすると肌に馴染む。

気持ちよさげに目を細めるジタンは、素直で無垢で、可愛らしい弟のようだ。



「いいこともあるんだよ」

「いいこと?何何?」



ぱあっと明るくなった顔に、ジタンが忘れないように、しっかりと伝わればいい。



「ジタンと出会えたのは、永く生きてたからでしょ」



そしてまた、理由は何であろうと、ジタンも生きていてくれたから。


誰であろうと、何であろうと、個々である限り、それは唯一。

唯一を大切に思える。

その唯一に出会い、そう思うことが出来る。



「誰であろうと、それは唯一。ジタンもあたしの唯一だよ」



代わりは効かない。

ジタンはジタンで、あたしはあたしだ。


これだけは伝わればと、ただ、消えていく白煙の向こうに祈った。



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