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I.o.method  作者: 鈴木真心
Chapter 1
3/14

飯屋にて

街が見えたのは昼下がりの午後だった。


というか、ジタンを見つけたのが昼前だったことを考えると、洞窟を調査した時間も踏まえて、あり得ない速さで森を抜けたことになる。


一応あそこは、新たにあたしが魔法陣を張ったので人目にはつかないはずだ。



「そろそろ降ろして」

「街はすぐそこだよ」

「だから、変化を解いて入ろうね」



やっぱり、そのまま入るつもりだったか。



「あのね、もうちょい警戒心を持ちなさい。あんたはどうやら純血種らしいから、大狼の姿だといろいろ危ないの」

「ふうん。わかった!」



素直なのはいいんだけど、どうもなあ。

本当にわかってんのか。


ぼふん、と人型に戻ったジタンが、にこにこしながら無理矢理腕に絡みつく。

またか。



「そんな心配しなくても、あたしは大丈夫だから」

「魔術師だから?」

「まあね」



さっき張り直した魔法陣を見てただろうから、魔術師と目星をつけたらしい。

その程度の思考回路があって安心する。

突拍子のないところばかりが目立つ気がして、まだまだ心配は拭えないけど。



「ウィンズは、珍しい魔力を持ってるんだねー。風を使えるんだ」



さらりと投げられた言葉に、ぎょっとして目を見張った。



「何でわかんの!?」



心底びっくりしたのだ。

それに連動して、足はぴたりと止まっている。

きょとんとした端正な顔が、逆に、疑問符を飛ばしていた。



「何でって、ウィンズは主様でお姫様だから」

「は?」



負けじとあたしも疑問符を飛ばす。

あれ?とまたまた疑問符を飛ばしたジタンが、一応とばかりに説明を口にした。



「さっき契約したでしょ?あれやると、主様のだいたいのことがわかるんだ。繋がったってことだから」

「繋がった?」



絆したとか、そういうこと?


と、またまた疑問符が飛んだところで、その無垢な笑顔に似合わないあらぬ発言があたしに放たれた。



「セックスしたみたいな感じ!」



し─────ん。



「どこでそんなん覚えた!?」

「知ってるよーだって一応大人だもん」

「やだ!ジタンがそんな言葉を吐くなんていやだ!ふわふわで無垢できらきらしてるのに!」



あんなに素敵な毛並みで、笑顔だってそりゃもう無垢で、くりくりの瞳はきらきらで、容姿だってそりゃもう美少年そのものなのに!

青年だけど!

成長過程からしたら、青年くらいなんだけども!

身長だって普通より高いくらいで、あたしより全然高いんだけども!


ていうか、そんなこと覚えてるくらいなら、もっとこう、必要なこと覚えてて欲しい!



「しようねーウィンズ」

「何を言ってんだあんたは」



見掛けに騙されたが、曲者かもしれない。


結局、がっちりぎゅうぎゅうと腕を放さないジタンを引き連れて、「すげえバカップルもいたもんだ」とか見知らぬ人にこそこそと言われながら、ようやく、一軒の飯屋に辿り着いた。


バカップルって死語じゃないの?

あ、涙に瞳が負けてしまいそう。


年季の入った木製のドアを開けたなら、カランカラン、と錆ついたベルが小さく鳴った。



「いらっしゃーい!……て、ウィンズじゃない!」

「久しぶり、ターニャ」



昼飯時を過ぎて落ち着いたらしい店内でテーブルを拭いていた彼女は、素っ頓狂な声で出迎えてくれた。


彼女はターニャ・イザベラ。

金髪碧瞳の見目麗しい、この飯屋の女主人だ。

そして、旧友でもある。



「落ち着いたとこ悪いけど、飯食わせて……ターニャ?」



ターニャの碧い瞳は、あたしを見てはいなかった。



「……また、珍しいの連れて。あんたのダーリン?」

「この子はちが」

「ジタン・トーチ!ウィンズのダーリンになるの!」



否定は呆気なく遮られ、またもジタンはすき勝手にほざいてくれた。


ダーリンとか、知ってんだ。


無理矢理ジタンを剥がして、何とか席に座る。

隣に座ったジタンは、ずっと上機嫌だ。

おとなしくしてくれるなら、この際、何でもいい。



「あたしは豆腐サラダと牡蠣グラタンとアイスコーヒー。食後にアップルパイね。ジタンは?」

「うんと……知らないメニューばっかりだなー。あ、カツ丼と親子丼とハンバーグの卵焼き乗せといんげんと卵の和え物がいい!後ね、バナナシェイクは知ってるからそれにするー!」



卵ばっかりだ。


それにしてもよく食う。

少し、仕事を増やすべきだろうか。


メニューを伝えに行ったターニャの背中を眺めて、ジタンはにこにこしていた。



「ウィンズの大切な人なんだね」

「それもわかるんだ」

「繋がってるから。ウィンズの気持ちが伝わってくるんだよ」



あたしにはわからないんだろうか。

何て一方的な絆だ。



「ウィンズは……俺のこと、嫌い?」



うるうると捨てられた子犬のような瞳で、またも攻撃を受ける。

どうやらあたしは、この瞳に弱いらしい。



「嫌いじゃないよ」

「ウィンズだいすきー!」



椅子を蹴散らして飛びついてきたジタンに、はあ、とまた肩を落とした。


食前に運ばれてきたドリンクを前に、厨房を任せたらしいターニャが席に加わる。



「で?ダーリンじゃないってことは、どういう経緯があって連れてるの?」



ホットティーを優雅に啜りながら、にこりと極上の笑みを浮かべる。

述べろ、と、その笑みには威圧感が含まれていた。



「拾ったのよ、さっき」

「警戒心の強いと言われる人狼族を?」



まだ何かあるだろ、と、笑みは凄みを増した。



「お腹が空いて、行き倒れてたんだ。ウィンズがご飯をくれて、助けてくれたの」



空気を読む能力があったのかと、感心する答えだった。


洞窟云々は、言う必要はない。

うっかり口を滑らせようものなら、どこであいつの耳に入るか、わかったものじゃないのだから。


ちなみに。


ジタンの態度は、全く空気を読めてない。

未だ、あたしにひっついたままだ。

ちゃんと座れと言ったなら、ぴったり隣に椅子をくっつけて座った。


ふうん、とあやしげに目を細めたターニャが、あたしの左手に視線を留める。

手持ちのグローブに術を掛け、契約の印は端目ではわからないようにしたつもりだ。


もちろん、ジタンの左手にも、同じものを嵌めさせた。



「それ、手の甲に魔力増幅石(ブースター)が嵌めてある特注品よね。なかなか手に入る品じゃないのに、さっき拾ったジタンに片方あげたの?」



……しまった。


そこまで頭が回らずに、手持ちで急いで術を施行したのでうっかりしていた。


ターニャが言う魔力増幅石(ブースター)とは、かなり貴重な鉱石を使って作られた代物だ。

これ一個で、それなりな新築の一般居住用の家が五軒ほど建つ。

しかも、あたしの持っているこれは、自らの魔力を封じ込めた特注品だった。


何でこいつは、こんなに鋭いのか。

いや、あたしがかなり焦っていた証拠か。


ぱんっと手を叩いたターニャは、恐ろしいほど、壮絶な笑みを浮かべた。



「食事は部屋で取りましょう!心配しないで、うちは宿もやってるから」



溜め息は深かった。

ジタンは心配そうにあたしを覗き込み、ついでとばかりに、口元をぺろりと舐めやがった。



「コーヒーって苦いね」

「苦いよ、本当にもう」



あたしのペースは、乱されっ放しだ。

引っ立てられるように部屋に連れられ、ぱたん、と無情にもドアは静かに閉められた。

かちり、と小さく錠の落ちる音がして──バチバチッとドアの内側に魔法陣を描いた閃光が走る。


術まで施行して見せるとは。


もともとターニャは、過去、同期の魔術師だった。

いわゆる一流と呼ばれる魔術師であり、同じ仕事を請け負うことはしょっちゅうだったのだ。



「ターニャも魔術師?」

「そうよ。結婚して引退したの」



これだけの美人なら引く手あまただったのに、ターニャが選んだのは、飯屋の主人という平凡な男だった。


まあ、気持ちはわからないでもない。

能力や肩書きをひけらかして容姿しか見ない奴らに、辟易していたのは知っている。



「ご主人は?」

「もうとっくに死んだわ。普通の人だったからね」



ジタンは軽はずみな言葉に、あ、と小さく漏らした。

みるみる悲しそうな顔になるジタンに、ターニャは笑った。



「気にしてないわ。選んだのはあたしよ」

「ご、ごめんなさい」

「……いい子ね」



ターニャは静かに、微笑んでいた。

隣で落ち込むジタンの頭を、ゆっくりと撫でてやる。


「ごめんなさい」と、小さく、消え入りそうな声が耳を打った。

そのままあたしに移された視線は、打って変わって、威圧的だ。

明らかに好奇心混じりで。



「ジタンと、契約を結んだわね?」

「流石、才女と謳われたターニャ・イザベラ」



完全にお手上げだった。



「俺が、勝手にやったんだ!ウィンズは悪くないんだ!」



何をどう思ったのか、あたしを庇うように間に入ってジタンが叫んだ。

感情の機微までは、どうやら理解出来ないらしい。

よしよしと宥めてやれば、結局また、思い切り抱きつかれてしまった。


手間の掛かる犬を拾ったもんだ。



「……ずいぶんと懐いてるのね。さっき拾ったんでしょ?」

「まあ、そうなんだけどね」



よく、犬にとって一瞬は一生の恩と言うが、あれと似たものだろうか。

一生は……どうだろう。


困り果てたあたしに苦笑いしたターニャが、優しく、ジタンに話し掛ける。



「ジタンは……契約がどういうものか、わかっていて施行したの?」



それは、あたしも気になっていたことだった。


『契約』とは、強く望んだなら、ある程度の魔力があれば施行可能な術である。

施行の仕方は種族や術者によって異なり、現れる印やその場所もまた様々だ。

どういった契約内容かにより異なるが、基本的には、自分より魔力が下回る者を従えるために施行する。


ただ、ジタンに関して言えば、魔力自体は明らかにあたしが上回っている。

それくらいは魔力があれば、自ずとわかるのだ。


つまり、ジタンが施行した契約は、人狼族独特の術であると言える。

事実、あたしはジタンの主であると印されているのだから。


契約の印に、偽りはない。



「一生、ウィンズはあなたの主であるということよ。あなたは、それがどういうことか、わかっている?」



続けたターニャに、ジタンは真っ直ぐ見つめ返した。



「わかるんだ。ウィンズは俺の主様、俺のお姫様なんだ」



あまりに真っ直ぐ言われたからか、ターニャでさえ、呆気に取られてしまっていた。


お姫様とかはっきり言われて、よく噴かないなあ、ターニャ。

あたしだったら、旧友がお姫様呼ばわりされたら、たぶん噴くと思った。


しばらくして。



「──ぶふっ、あは、あはははは!ごめーん!だって、ウィンズがお姫様って……!あはははは!」



やっぱり噴いたか。


いかにも女らしいターニャと違って、褐色の肌に真っ黒な切れ長の瞳、真っ白なロングをさっぱりと高く一つに纏めているあたしは、どう転んでもお姫様とはいかない。

身長だってジタンよりは低くとも、小さいわけではないのだ。



「ウィンズは綺麗だよ!綺麗なお姫様だもん!」



そこで剥きにならなくていいから。

もう聞いてて恥ずかしい。



「つまり、ジタンのお姫様なわけだ」



にやついたターニャの言葉に、何を思ったのか、ジタンは急に花の咲くが如くの得意な笑顔を浮かべた。



「俺のお姫様だよ」

「もうやめてください本当に」



聞いてるだけでぐったりしたあたしに、二人の笑い声だけが響いていた。


結局、主になった理由は、あたしには見当がつかなかった。

やっぱり恩てやつだろうか。


主云々は、ターニャの中で納得がいったらしい。

わからないのはあたしだけだ。


それはそれとして。



「まだ何かある?」

「あるわね」



陣を解かないとはつまり、そういうことだろう。

思わず飛び出た溜め息は盛大で、それにつられて、肩の上下も激しかった。


ターニャは旧友、その中でも、最もと言っても過言じゃない。

彼女は、あたしの全てまでいかずとも、現在に至る根源を知っている。



「まだ、『白き魔女』を探しているの?」

「まあね」



あいつのしたことは決して許せるものじゃない。

そして今なお、どこかしらで善悪の判断なく、思うがままに周囲を混乱させているに違いないのだ。


やばい、またむかっ腹がぶり返してきた。



「──あいつはね……あいつは、『最高の魔術師』と謳われたあのスピカ・トラウスと肩を並べるほどの美貌とか言われていい気になってんのよ!スピカだって、そりゃあたしは気に入らないけどね!?わかる!?でもあの女は『美人は何してもいいじゃん』とか言って、意味もなくただあたしへの腹いせに一国を滅ぼしちゃうようなばかたれなの!ばかたれもいいとこなのよ!放っとけないでしょ!?ばかたれな上に美人で悪女なんだから!」



はあはあと息切れよろしくまくし立てたなら、ジタンもターニャも、目をまるくして固まっていた。



「ま、まあ、落ち着いてウィンズ」

「落ち着けない、あれが姉だと考えると、あたしは……落ーちー着ーけーなーい─────!!!!!」



ドガ─────ン!



「──はあっ、はあっ、ちょっと落ち着いた……あ、やべ」



自分で魔力を暴発しておいて、咄嗟に防御陣を発動するとは、あたしもなかなかやるもんだ。

じゃなくて。


部屋中、見るも無惨に瓦礫の山と化していた。

魔力増幅石が反応して光ってるってことは、ジタンにも同じように防御陣が発動してるから大丈夫だろう。



「けほっ、これがウィンズの『風』?」



やっぱり。


ターニャも大丈夫だろうけど……



「……ウィンズ……」

「あ、よかった。ちゃんと防御陣発動したんだ。部屋もほら、あんたの魔法陣で外への被害は免れたね!流石、才女と謳われた……」



あ、やばい。



「ウィンズ─────!!!!!」

「ごめんなさい─────!!!!!」



ドガ─────ン!


ターニャの激昂により、部屋はまる焦げになった。



「げほげほっ……これはターニャのせいだからね!」

「あんたのせいだ!」



あたし達のあまりの激情ぶりに、ジタンはただ、片隅で怯えていた。



「……どっちもこわいよう」



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