ニヌルタの惨事
「ばかにしないでよ!あたしだってね、ジャガーノート並みの魔力くらいはあるんだからああぁあっ!」
セダを含めた大型狐達を引き連れ急行した先では、わけのわからない台詞を叫びながらところ構わず巨大氷柱を出現させまくる暴走気味な……いや、すでに暴走したイメルダがいた。
彼女の雄叫びを聞いたジタンが、かくっと首を傾げる。
「本で読んだけど、特殊能力って魔力測定出来ないんだよね?イメルダの言ってることってどういうこと?」
「最強兵器並みってことじゃない?」
最強兵器並み……まあ、あながち間違いでもないと言うか。
無尽蔵ではないにしろ、それに近いだけの魔力があるのは確かだ。
これだけの巨大氷柱の出現、並の魔術師なら、今頃は卒倒していてもおかしくない。
寧ろ、卒倒していてくれたなら楽だったのに。
ちなみ、ストッパー役に抜擢されていたイリッシュは、透石を放り出して、いち早く木陰で卒倒していた。
させられていた?
どっちでも変わらないが、透石一応、世間では宝玉と呼ばれる代物なんだけど……師が師なら弟子も弟子と言うか何と言うか。
「主達は皆、切れやすいのか?」
「……」
しっかりあたしまで含まれたセダの言葉には、スルースキルを発動させてやり過ごした。
しかし、これ以上ぼんやり眺めていれば、近々死人が出るのは間違いない。
イメルダの暴走はハタで見ているぶんには派手なのでそれなりに面白いが、関わる者にしてみれば非常に厄介なのだ。
「ちょっとイメルダ、もうやめ」
ドカ─────ンッ!
あたしの諌める声を盛大に遮って、またも巨大氷柱が姿を現す。
……完全に聞こえてないと見た。
「あのさ、セダ」
「断る」
またさっきのやってくれないかなと思ったのだが、にべもなくお断りされる。
まあ、透石貰った上にぞんざいに扱われ、ニヌルタ人狼の秘術まで披露してくれたわけで──無理は言えない。
言おうとしたけれど。
さて、どうするか。
巨大氷柱群を破壊するのに適当な得物はこの手にあるが──
「ヴァーユは使ってくれるな」
軽くトラウマにでもなったのか、渋い顔のセダに止められてしまったので、仕方なく腰のホルスターに収める。
こういうときに使わずしてと思うのだが、目が合った彼は、またも首を横に振った……そうですか。
この短時間のやり取り中も落ち着きのないイメルダは暴走を続けているので、いい加減、どうにかしなければならない。
本当に奴の魔力は無尽蔵なのだろうか。
迷惑甚だしい話だ。
「俺も手伝う」
「そうだなあ……じゃあ、雑魚を追い払ってくれる?殺さないでよ」
「わかった!何かこう、今なら出来そうだし!」
「出来そう?」
何が?──と言うより早く、あたしを降ろして駆け出して行くジタン。
満面笑顔のジタンが果たしてどこまで理解しているかは不安だが、繋がってはいるそうなので、大丈夫だと信じたい。
……殺っちゃわないでよ、本当に。
大騒ぎな渦中へと一直線に飛び込み、くあっと開けた口から吐き出されたのは真っ黒な焔。
それはジタンを中心に、円を描いて一気に広がった。
あの黒焔は──
「ほう、黒星石と共鳴したか」
──そうか、黒星石!
なるほど、さきほど魔力を使っているうちに、コツを掴んで来たから「出来そう」と言ったわけか!
「相当気に入られているようだな」
「そりゃあね。黒星石が彼を選んだらしいから」
竜とは元々気性が荒く、気難しい生き物。
死してなお意志を宿らせるだけの者はどんな生き物であっても高位に違いなく、また、黒竜は竜の中でも最高位に位置している。
その力を完全に使えるようになれば、ジタンの価値はより跳ね上がるに違いないが……奴の性格を考えると、それはそれで、不安も跳ね上がるのだから不思議だ。
今のところはそれが役立っているので、あまり考えないようにしよう。
不安が不安を呼ぶこともある!
と、そのとき。
「まずいな」
「まずい?」
セダの声に我に返る。
ジタンの方を見たなら、黒焔を広げつつ、氷柱に向かう彼──と、そこまではよかったが、よくなかったのは事の元凶の混乱ぶりの方だった。
「ぎ、ぎゃああああ!!!!!」
何がどう変換されて絶叫に繋がったのかあたしにはわかりかねるが、とにかく、彼女は絶叫した。
絶叫して──こともあろうか、ジタンに向かって氷柱を繰り出したのだ。
「ちょっ──」
間に合うか!?
意味を成さない言葉に次いで、ジタンの前に風壁を作り上げる。
が、あたしの焦りが反映されてしまったが故に威力が削がれ、突き出された氷柱の先端を欠くに留まってしまった。
刺さる──!!!!!
誰もがそう思った。
わからない、少なくとも、あたしはそう思った。
セダの探るような視線に気づいていたなら、そうは思わなかったかもしれない。
──キエエエエエ──
何かの叫び声のような、いや、何かを裂くような、空間を震わせる音が鳴り響く。
バキバキバキッと巨大氷柱に巻きつき一瞬で融解したそれは、ジタンを中心に、彼を守るかのように天上でまた、大きく鳴いた。
「に……逃げろ──!」
「退却!竜を使役しているぞ!」
「退却、退却──!」
どよめき、怯え、驚愕の声を上げ、追っ手は一気に退散していった。
……呆気ない……。
って、そんな場合じゃなくて。
「黒、竜……」
「まずいぞ」
「まずい?……あ、本当だ……」
セダは呆れつつ、確かに焦っていた。
何故か?
つまり、黒竜はイメルダを敵と見なしたのだ。
ジタンは気に入られているだけで、黒竜の力を掌握しているわけではない。
『たまたま発動出来た』に過ぎず、黒竜は暴走しそうな勢いで氷柱を崩壊させて回っている。
目指すはもちろん、イメルダその人だ。
あたしは何故か他人事のように憐れみを込めてイメルダを眺めていたが、セダからすればここは我が家である。
笑い事でも他人事でもない。
どうやら、黒竜発現に感嘆している場合ではなさそうだ。
「ウィンズ・ゼロムス!何とかしろ!」
「何とかしろ!?何とかったって──ジタン!何とかしなさい!」
セダは後続の狐族達に退避命令を出している。
そのまま自分も逃げ出しそうだが、何とか一歩踏み止まった。
すごい精神力だな、流石は長!
「何とかって、どうしよう!?ウィンズ──!?」
「わからんと言っておるぞ!お主、特殊能力者であろうが!」
こんなときだけそんなこと言わないで欲しい!
特殊能力者ったって、黒竜相手じゃあたしにも限界が──あ。
黒竜相手に、あたしじゃ敵わない──でも、神様なら?
「ニヌルタの森、半壊しちゃうかもよ」
「全壊よりはマシであろう!」
事実、またまた絶叫したイメルダが繰り出す氷柱と結局暴走した黒竜とによって、半壊以上の惨事にはなっている。
このままじゃ少なくともイメルダは……死ぬな。
「いっそ一回死んでみる?」と冗談でも口走ろうものなら、地獄耳な彼女はまたも絶叫し、より大惨事になること請け合いだ。
取り敢えず、現時点で未だ何とか互角にやり合ってるだけ、イメルダはすごいのかもしれない。
全壊より半壊(以上になってはいるが)、死ぬより半殺し、黒竜より神様で!
ウィンズ・ゼロムス、行きます!
ホルスターから銃を抜き、しかと構える。
よろしく頼むよ、風神『ヴァーユ』!
「ジタン、イメルダ、避──け──ろ─────っ!!!!!」
──ガウンッ!
発砲と同時、魔力増幅石も全開に発動させる。
少なくともこれで、ジタンには風の防御壁が発動したはず!
イメルダは自力で何とか半殺し程度に踏ん張っていただきたい!
腕の見せどころぞ、『氷の魔女』!
『大丈夫よ、任せて』
風神ヴァーユの声が遠く、軽やかに聞こえた気がした。
「……」
「……」
セダは無言だった。
あたしも無言だった。
セダが遠い目をした。
あたしも遠い目をした。
「……全壊……」
ぽそりとセダが、そんな呟きを零す。
「ぜ……全壊では……」
ない、とは言えず、言い淀んでしまう。
全壊では……ない、かもしれないが……かなり全壊に近い惨状ではあった。
ちょっと、どこら辺が『大丈夫よ、任せて』なの!?
神様的には全然問題ない許容範囲だと言うのか!
「た、退避させておいて、よかった……ね……流石は長……」
あたしの苦笑いを通り越した空笑いだけが、ひゅうと風通りのすこぶるよくなったニヌルタの森──もとい、新たに開通したどでかい森道に小さく響いていた。
本当、すみませんでした。
「ウィ──ンズ─────ッ!」
事の元凶その二がぱたぱたと駆け寄って来る。
いつの間にか黒竜は消えていた。
ヴァーユによって相殺──いや、発現力を失ったのだろう。
右手のグローブに嵌められた黒星石は輝きを失っていた。
しかし奥に潜む煌めきは失われていなかったので、単純に力負けしただけと思われる。
神様とやり合ってそれだけで済むのだから、やはり竜は計り知れない。
ぱたぱたと駆けて来たジタンはぱふんっと小さく煙を上げ、人型に戻ったと思えば、そのままがばりと抱きついてきた。
「ウィンズ──っ、よかったああああっ!」
「どこら辺がよかったと抜かすか!」
本当空気読め!
今、全く『よかった』な雰囲気じゃないからね!?
ぐいぐいと抱きつくジタンをぐいぐいと引き離しながら、はて、何か忘れているような……あ、イリッシュ!
あ、違う!
いや、違わないけれど、イメルダも!
吹っ飛ばしたとか!?
焦りに焦って見渡したなら、何故かぽつんと一つだけ残った木の根元に変わらず伸びたままのイリッシュ──と、遥か先で氷漬けになっているイメルダ。
……何かこう……もっとさ、他に自衛手段なかったのか。
いくら氷の魔女と呼ばれていようと、自分の魔氷で自衛した魔術師なんて、笑い者にしかならないと思うんだけど……弟子には秘密にしておいてやるよ、イメルダ。
近寄ってみたなら、いたく酷い形相で固まっていたので、軽く突ついて風でヒビを入れてやった。
もちろん師匠としてのメンツに関わると思ったので、嫌々するジタンをイリッシュ回収に向かわせている。
「こやつは……優秀なのか、そうでないのか……」
「……さあ……」
ようやくこっちの世界に戻って来たセダの問い掛けには、それしか答えを持ち合わせていなかった。
後にこれが『ニヌルタの惨事』と呼ばれることになるだとか、そんなことを知る由は、もちろんない。