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I.o.method  作者: 鈴木真心
Chapter 3
12/14

深々と白

翌朝、納得いかないのか微妙な面持ちのイリッシュと、道中のおやつを手にうきうきなジタン、明らかに乗り気じゃないイメルダを引き連れて、あたし達は出発した。


大抵の人はイシュタリー北壁を通ってイシュタリー山脈へ行くらしいが、イメルダいわく、現在北壁は魔術師を逃さないように検問が厳しいらしい。


行きは揚々、帰りはこわい、てか。



「ただの魔女狩りみたいだね」

「実際そうなのよ」



狩られるのは魔女だけではないけれど。


そんなわけで、目指すは二ヌルタの森だ。

ここを抜けて山脈へ行くのが、現状としてベストらしい。


が、



「さ、先に行って!」



森の前で早速怖じ気づく魔女が約一名。



「何なの」

「ここ、出るんだって」



怯えた目であたしを見つめてから、貧血を起こしたのか演技なのか、ふら、とイリッシュに倒れ掛かるイメルダ。


何なのあんた。



「師匠はオカルト系が苦手で」

「はあ?」



魔術師がオカルト苦手って、本当に何なのあんた。


開いた口が塞がらない。

イリッシュは慣れているのか本当に心配なのか、やたらと労りを見せていた。


呆れ返った態度が気に入らなかったのか、あたしを指差してイメルダが叫ぶ。



「そ、そりゃあウィンズはさ、こわいものなんてないでしょうよ!風を操れるなんて、それこそもうオカルトみたいなもんだし!?普通なら聞こえない音とかも聞こえちゃうわけで!?何あんた、霊能者!?」

「魔術師だよ」



この能力で霊能者扱いされたのは、流石に、初めてのことだった。

イメルダって、ある意味すごいと思う。


オカルトに弱い魔女を中央に据えて、さくさくと道なき道を行く。

アギズス森林と違って一面真っ白なここは、痩せた木々からときどき雪が落ちる以外、鳥の囀りも葉擦れの音もしなかった。



「静かだな」



ほとんど人が立ち入らないのか、あたし達以外には誰もいないように見える。



「そりゃあ出るくらいだもの。誰もいないわ」

「だといいけど」



すっかり怯えたイメルダは、自然そのものを忘れきっているようだ。


人が立ち入らなければ、そこは動物達の領域となる。

どんなに過酷な状況下であろうと、共存の意味を知る動物達は順応するものなのだ。


もしかしたら、ジタンは大狼の姿の方がよかったかもしれない。



「ウィンズ」

「どう?」

「ずっと見られてる」



森の途中からずっと警戒していたジタンは、周囲を観察しながらそう答えた。


──やっぱり。


とはいえ、引き返すわけにもいかない。

風がないので、あたしが周囲を探ることも出来ない。

下手に風を起こして、敵意があると勘違いされても困るのだ。


ようやく気づいたのか、イリッシュの顔つきも険しいものになっていた。



「後どれくらいかしらねー?もーやだわー」



……イメルダ、しっかりしろ。


──がさっ。


そのとき、相手が動いた。



「止まれ」



どこからか声だけが、制止を求めた。

気配は──する。



「皆、止まって……」

「ぎゃああぁあ!何!?何!?何事!?誰なのー!?やだーもー!」

「……イメルダを黙らせて」

「師匠、失礼します」



どす!と鈍い音がして、辺りは静かになった。

イメルダ、あんた出来た弟子を持ったよ。



「何故、森を行く」



声は至って冷静だ。

相手もまた同じ、警戒こそすれ敵意はない。


今のところは。



「イシュタリー山脈へ行きたいの」

「何故、北壁から行かない?」

「あそこだと魔術師狩りに遭うから」



声が返ってこない。


──どう出てくる?


いざとなれば、土地勘はなくとも分はあるつもりだ。

伊達に二つ名持ちなわけじゃない。


──がさ、がさ。



「名を聞こう」

「き、狐……?」



黄金色の毛並みに雪を纏った彼に、イリッシュは驚いてそう漏らした。



「ウィンズ・ゼロムス」



簡潔に答える。


彼は狐ではない。

彼は、狐族(こぞく)と呼ばれる獣人族の一種であった。


一瞬、彼の瞳が鋭くあたしを射抜いたように思う。

気のせいか?

首を捻ったあたしをよそに、彼はジタンにこう言った。



「よい(あるじ)のようだ」



ジタンが警戒を解き、周囲のそれも一斉に和らぐ。

そして、そこかしこから、わらわらと狐族が出てきた。


そして──。



「して、何故にこの寒空を山脈へ行くのだ」



気絶したイメルダのこともあり、あたし達は狐族の里へ案内された。


人型をした彼は野性味溢れる中年男性であり、無精髭がよく似合う男前であった。

セダ・バイヨンと名乗った彼は、ここの族長であるらしい。



「ドヴェルグ族に会いに行くんです」

「ほう、して何故か?」



興味深くイリッシュを眺め、すぐに視線はその背中へと移った。



「それが理由か」



イリッシュは静かに頷く。

そのとき、転がされていたイメルダが目を覚ました。



「……ったー。ちょっとイリッシュ、あんた師匠に何を……!?」

「お主が黙らねば、わたしは実力行使に出たかもしれなかった。『氷の魔女』よ」



突然の言葉に、イメルダは完全に固まる。

現状把握が出来ていないらしいが、そのうちわかるだろうと放置することにした。



外界(がいかい)をよく知ってるみたいね」

「知らねば生き残れぬからな」



隠れ里として魔法陣が張られているのも、獣人ならではの理由があるのかもしれない。



「出るって噂は?」



あたしの問い掛けに、彼は笑った。



「出るなどとは笑えるだろう?死すれば土に還る、それだけだというに」

「まあね」



イメルダを一瞥すれば、「だって」と呟いて真っ赤になっている。

まあ、魔術師があの騒ぎじゃあ恥ずかしいわな。



「人間は見えないものに捉われがちでな、それを利用させてもらっているに過ぎん」



つまりは構うなと。

そういうことなのだろう。


では何故、あたし達を?



「不思議そうだな」



口角を上げたセダは、あたしの気持ちを読んだかのようだ。


それはそうだ。

あたし達は魔術師、普通とは違えど人間でもある。

人間を嫌うというなら、姿を見せたりはしないはず。



「この子を連れていたから?」



ジタンに視線を投げ言ったなら、セダは柔らかく頷いた。



「それもある。(ぬし)は人狼だな」

「みたい」

「みたい、とは?」



ジタンの返事に、今度は彼が不思議そうだ。



「ジタンは記憶がないの」

「ほう……こちらへ」



素直にセダの前へ行ったジタンを彼はまじまじと観察した。

耳の先から尻尾、グローブから瞳まで。

右のグローブでその視線が止まる。



「左手のグローブもだが……これはまた、珍しいものを持っている」

黒星石(ブラックスター)のこと?」



首を振ったセダは、薬指の小さな石を指した。

エィツがお礼だとつけてくれた石だ。



「これは『ヴァラヴォロフの瞳』──『人狼の瞳』という名の同族を守護する石だ」



あたしはそれを知らず、イメルダを見たなら、彼女もまた首を振った。

獣人には有名な話だとセダは続ける。



「それぞれ幾多の獣人族がいるが、そこのみに伝わる宝玉というものがいくつか存在するのだ。魔石と違い、それは同族のみに伝承される」



どうやらセダは人狼にも知り合いがいるらしい。

流石はビーチェや『宵闇の兎』に名指しされるだけの武器職人。

エィツのことを見直した瞬間でもあった。


運ばれてきた酒を煽りながら、セダはあたしを真っ直ぐに見た。



「その人狼の子だけではない。わたしは、お主の名を聞いて姿を現したのだ」

「あたし?」



嫌な予感がする。



「ウィンズ・ゼロムス、白き髪と褐色の肌を持つ『風の魔女』。お主──あの『白き魔女』の血縁であろう」



的中だった。


イメルダは何とも言えない表情で黙し、ジタンはわけがわからない様子、イリッシュに限っては息を飲む音がはっきりと聞こえた。



「『白き魔女』って……あの、『白き魔女』?」



ようやく絞り出したような声で、イリッシュは震えながらあたしを見る。

首を傾げるジタンに、イメルダが小声で説明しているのを、視界の端で捉えて溜め息が漏れた。


そう──かのラジア・ゼルダが『伝説』と呼ばれるなら、『白き魔女』はさながら『悪夢』の象徴とでも言うべきか。


『白き魔女』の悪夢伝説は数知れない。

どこかで国が崩壊すれば黒幕は彼女だと言われ、戦争が起これば彼女の仕業だと疑惑が浮上し、傾国の美女が現れたと噂が立てば彼女だと囁かれ、悪人が権力を握れば立役者は彼女に違いないと皆口を揃える。



「……すごい人だね」

「そう、とんでもなくね」



ジタンの言葉に、イメルダまでもがうなだれてそう言った。


すごいのだ、冗談でもなくとんでもなく。

寧ろ、冗談ならどんなに救われたことか。


とにかく、悲しいかな、あたしの姉は間違いなく『白き魔女』だった。



「お主は外見年齢二十五歳程度というところか。腹違いと聞いていたが、何と言うか、全く似ておらんな」

「唯一の救いでね」



隠すつもりはなかったが、わざわざ言うつもりもなかったことが露見して、何ともばつが悪い。

というか。



「会ったことがあるみたいな言い方だけど」



それはそれは悪名を馳せる姉ではあるが、実際、顔を見たという人物には会ったことがない。

何故なら、あいつに関わった者は皆、もう土に還っているからだ。

土に還れるだけの欠片でも残っていたなら、それこそ、その者は恵まれた方じゃないかと思うくらいだけれど。


あたしが生きていること自体、あいつの気紛れに過ぎないかもしれないことに、ときどき、ぞっとさえする。


セダはゆるりと黄金の尻尾を一振りして、口を開いた。



「少し昔の話だ。この森を男を連れて抜けて行ったのを見たことがある」

「男を?」

「ああ、金髪に鈍い灰色の瞳をした美男であったよ。三百年以上前だったと思ったが」



知り合いにはいない男だ。

まあ、三百年も前の悪事なら、現段階では気にしなくていいことかもしれない。



「え?ウィンズって本当は幾つな……むぐっ」



隣のジタンのお喋りな口を容赦無く摘む。

最後にセダは、からかうように笑った。



「『白き魔女』より、お主の方がわたしは美人だと思うがな」



……余計なお世話だった。


冗談で少しは雰囲気が紛れようかというとき、数人の狐族がばたばたと入ってきた。



「族長、森にイシュバジル兵が。魔術師も数人連れています」



誰を──いや、何を追ってきたかは明らかな気がする。

気のせいならいいけれど……



「客人を前に大変言いにくいのですが、あの……どうやら『ダーインスレイヴ』を探しているようで」



そうはいかなかったか。


どの程度の魔術師が来ているかわからないが、ここがばれる可能性は否めない。

あたし達は完全に、お邪魔虫だ。



「失礼しようか」

「悪いな」

「こっちこそ」



匿ってもらうわけにはいかない。

また、セダ達もそのつもりはないに違いない。

立ち上がったあたしに、セダは、自らの首飾りを差し出した。



「餞別代わりにこれをやろう」



ティアドロップ型のそれは透き通るほどの透明度を保ち、僅か七色に光っている。



「これは?」

「『透石(とうせき)』と呼ばれ、代々一族に精製法が伝わる宝玉だ。二人程度なら姿を隠してくれよう」

「いいの?」



受け取ったあたしに、セダは面白そうにこう言った。



「わたしは『白き魔女』が嫌いでな」



つまりはそれが言いたかったのかもしれないと、そんなことを思った。



「同感だね、あたしもだよ」



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