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I.o.method  作者: 鈴木真心
Chapter 3
11/14

イシュバジル国

「す、すごいねー……」



最北の地イシュバジル国境南壁。

それを前に、ジタンは開いた口が塞がらないようだった。



「ここはね、入国が厳しいので有名なんだよ」

「これが国境なの?」



延々続いているような国境壁に、ジタンはひたすら、感動している。


さてどうしようかとぼんやり眺めていれば、幾人かの国境兵が足早にやって来た。



「恐れ入ります。『風の魔女』とお見受けしますが」

「……そうだけど」



嘘を吐いても仕方ない。


あたしの風貌は自分で言うのも何だが、なかなかに目立つ。

白髪に褐色肌なんて、いないとは言い切れないが、そうそういるわけでもない。

それに加えて魔力増幅石(ブースター)付きグローブに「如何にも魔術師です」的出で立ちでいれば、多少魔術を噛った者ならすぐわかるのものだ。



「明らかにあやしいけど……痛っ」



警戒心を顕わにしたジタンをげんこつで黙らせて、にっこりと国境兵に微笑んだ。



「入国出来る?」

「もちろんです」



すぐさま手続きに走っていった国境兵の一人が、お偉いさんに何か言っている。

そしてあたしは、見逃さなかった。



「お待ちしていましたよ」



彼らの一人が、そう口を動かしたことを。


かたかたと音を立てる木造の車輪に揺られながら、あたし達はミュートの街へと向かっていた。



「姉ちゃんら、魔術師なんかい?」

「そうよー」



気のいい行商のおっちゃんは、へらへらと笑いながら話し掛けてくる。

荷台には大量の衣服が積まれていて、これからミュートの街に行くそうなので、ついでに乗せていただいたわけだ。



「じゃあ何か、あれに参加しに来たのかい?」

「あれ?」



おっちゃんから買ったぬくぬくのコートに身を包みながら、ジタンが首を傾げた。



「何やほれ、最近、イシュバジル総統がお亡くなりになったらしいでねえか。それでよ、今国で、魔術師を大募集中らしいでな」

「魔術師を?」



初耳情報に、イリッシュが身を乗り出す。



「詳しくご存知ですか?」

「いやあ、俺もなあ、最近この国に行商に来たばっかりだからなあ……噂でしか聞いたこたあねえんだが」



それでもおっちゃんが話してくれたところによると、イシュバジル各地でその話題は持ちきりらしい。

何でも、大層な金額で雇ってくれるらしく、大勢の魔術師達が軍本部へ向かったとか。



「でな、魔力試験みたいのがあるらしい」

「つまり、魔力レベルを測っているわけね」

「てことだろうなあ。自称魔術師なんかは、落ちたりもしたらしいけんど」



「ま、国がやるくらいだから、なかなか採用ってわけにはいかねえわな」と続けて、おっちゃんはからからと笑った。



「ウィンズが通れたのも、それのせいかなあ?」



ジタンは国境でのことが気になっているらしい。

さあね、とだけ答えて、煙草から立ち上る白煙を眺めていた。


まる一日馬車に揺られて、ミュートの街に到着したのはすっかり日が暮れてからだった。



「俺の知り合いんとこに泊まったっていんだよ」



おっちゃんはそう言ってくれたが、タダで乗せてきてもらった上にそうもいかない。

お礼と言うわけじゃないがゴーグルを人数分買って、お礼を言って別れた。



「ここがミュートの街かー……ビーチェのいたラグト国とは違うね」

「あそこは荒野と砂漠に囲まれた国だからね」



国境南壁から二つほど街を行ったここは、深々と雪が降り積もる静かな街、ミュート。

北東に広大なイシュタリー山脈を遮るイシュタリー北壁を持ち、南には二ヌルタの森を抱える小さくも栄えた境街だ。


あの騒がしい魔女がよくこの街にいるなと……。


ドカ─────ン!



「……つくづく思ってたんだけど、本当よく追い出されないよね」

「師匠!」



爆音がした先には煙がもうもうとしており、雪と相まって辺りは真っ白だ。

イリッシュが駆けて行った先には、見覚えのある家の一部が半壊していた。



「げっほ、げほげほ、まーた失敗しちゃ……あれ、イリッシュ!?」



這いずるように出てきた茶髪紫瞳の彼女は、真っ白なままに驚いて目を見張る。



「と、えっ!?ウィンズじゃない!」



彼女こそイリッシュの師匠であり『氷の魔女』と呼ばれる旧友──イメルダ・トーヤその人だった。



「やだもーイリッシュだけかと思ってた!」



そういえばターニャが鷹を飛ばしてたっけな、とぼんやり思い出す。



「ウィンズ来てくれて助かったわー!」

「そりゃそうでしょうね」



半壊した壁をこんな時間に直してくれる業者がいるわけもなく、風の結界で応急措置をしたのはあたしだ。

外からまる見えだとイメルダが騒ぐので、見えないようにもしてやった。


ていうか、お前がやれ。


とも思ったが、しばらく泊めてもらうつもりなので、これは厚意というやつだ。


いそいそと湯気立つ紅茶を出しながら、腰掛けたイメルダがそれを啜る。



「で、何しに来たのよ?」



ぽかーん、としたあたし達に、「ちょっと?」とイメルダは首を傾げた。



「ターニャから鷹来たんだよね?」

「来たけど」

「何て?」



えー?と思い出すイメルダが、ああ!と手を打つ。



「イリッシュ、豚足食べれないんだって!?しっかりしなさいよーもー!」

「……」

「……」

「豚足って何ー?」



ターニャは何を送ってんだ。


豚足の説明をするイメルダとそれを聞くジタンは、どうやら気が合うらしい。



「ジタンっていうの!あたしはイメルダ・トーヤ!有名な『氷の魔女』よ!」

「イメルダが『氷の魔女』なんだー。ウィンズと友達なの?」

「何て言うか、弟子みたいなー!?」



しばらく放っておくことにした。


深々と、雪は積もる。

この静けさに反して、何かが起きているのは確かだった。


イメルダがいつまでもジタンから離れないので、ジタンとイリッシュに夕飯を作らせることにした。

キッチンで忙しなく働く二人を横目に、ようやく本題に入る。



「イリッシュの魔力をもとに戻すつもりで来たの」



一瞬、目の前の顔が曇った。



「『ダーインスレイヴ』ね……どこまで聞いたの?」



基本的に声のでかいイメルダが普通のトーンだということは、彼女にも思うところがあるらしい。



「あんたじゃ破壊出来なくて、イリッシュの魔力が吸収されたってとこまでかな。持ってきたのは前イシュバジル総統」

「物も見た?」

「あんたの術が鞘と剣に上掛けされてるね」



些細な口論をしつつも共同作業をするイリッシュを一瞥して、イメルダは溜め息をついた。



「悪いことをしたと思ってるの。でも、あたしにはあれが限界だった」



イメルダは攻撃的で高圧的だが、ばか正直で情に厚いことを知っている。

イリッシュのことも、弟子として可愛がっていたのだろう。

現に、イリッシュもイメルダを師匠として慕っていた。



「ウィンズの力で、どうにか出来ないかしら」



その言葉に首を振った。



「無理だね。風は岩をも穿(うが)つけど、『ダーインスレイヴ』には特殊な術が施されてる。新たに風で書き換えることは出来ない」

「そうよね……」



頭を垂れて、その目は小さく揺らめく紅茶を見つめていた。

イメルダには悪いが、協力してもらわねばならない。



「ここに来る途中、アルジアの国境付近の街で襲われたんだよね。『ダーインスレイヴ』を狙ってたらしいけど」

「え!?」

「雑魚だったから平気。ただ、何か思い当たることない?」



あたしはどうも引っ掛かる。


イメルダは黙ったまま、目を泳がせていた。

彼女はいわゆる『裏』と呼ばれる稼業をも請け負う魔術師であり、裏には当然、公に出来ない物事が絡んでくるので守秘義務があるのだ。



「あんたの立場もわかるけど、いろいろ気になる噂も聞いてね。例えば……『総統暗殺』、とか」



ぴた、とその視線が止まったのを見逃さなかった。


おずおずとこちらに向けられる視線を絡め取る。

ようやく、その口が開かれた。



「……それを持ってきたとき、総統は言ったの。『狙われているから』って」



イメルダは続ける。



「誰にとは言わなかった、巻き込みたくはないと言ってたわ。隠密に持ってきたものだから、早々に破壊して欲しいって。でも怖くて、なかなか実行出来なかった」

「隠密に持ってきたはずが、どうして漏れたのか……いや、」



そこで区切って、目を合わせる。



「ばれたから、殺された?」



イメルダのことだ、破壊時にはもちろん魔力が漏れないように魔法陣を張ったはず。

だが、ことは露見したのだ。



「代わりは渡したのよ!わざわざドヴェルグ族と交渉してまで、手に入れたんだから!相当な目利きでも、偽物とは……!」

「ドヴェルグ族?イシュバジル軍に殱滅されたって」



その昔、イシュタリー山脈を棲み処としていた闇の妖精ドヴェルグ族。

イシュバジル国家建設時、脅威になり得るとの理由だけで、一方的に戦を仕掛けられ殱滅したとされる妖精一族だ。

あ、とイメルダはそれだけを漏らした。

どうやらそれもまた、守秘義務に入る内容らしい。



「見つけたわけか」



完全に肩を落としたイメルダは、大きく溜め息をついてから笑った。



「どうも『裏』は性に合わないのよね」

「だろうね」



それでも請け負うのは『伝説』と張りたいだけか、はたまた、ただのお人好しか。

ちなみにあたしは、ほとんど裏稼業はやらない。

血生臭いことは好きじゃないからだ。


それより優先すべき事柄があるから、とも言えるけれど。



「探し出したのはあたしよ、イリッシュは知らない。代わりを見たときなんか『こんな代物を持ってるなんて、流石師匠ですね!』って言ってたくらいよ」



イリッシュはどうも、ターニャよりイメルダに影響を受けているらしい。


イメルダが言うには、ドヴェルグ族の生き残りはイシュタリー山脈にあるというある洞窟の入り口を守護し続けているとのこと。

見つけるのに大層苦労したらしく、代わりの代物にも大枚をはたいたと苦笑した。



「もう行かないって約束したのよ」

「そうもいかないんだよね」

「そ、そうだけど……!」



そこでジタンとイリッシュが、いい匂いと共に夕飯を運んできた。

どうやら今夜は、卵料理ではないらしい。



「弟子が可愛いでしょうが」

「俺がどうかしました?」



イリッシュに尋ねられ、イメルダは苦虫を噛み潰したような顔をした。



「そんなことが……」



エビフライの手を止め、イリッシュは下を向いた。

自分のために黙っていてくれた師匠に、申し訳ないといったところか。



「もういいのよ。どうせウィンズに黙ってるわけにもいかなかったし……あんたがターニャのとこに行ったってことくらい、わかってたわ」



てことはだ。

つまり、危機を察してイリッシュをここから逃がした、というわけではないらしい。



「総統が死んだのはいつ?」

「一週間経ってないくらいよ」



イリッシュが帰宅したのと、ほぼ同じくらいか。



「ところでさ、イメルダ、家に強盗とか入らなかった?」

「ああ!」



さっと向けられたフォークに、ジタンがびく、と肩を揺らした。



「あったあった!ちょっと前……一週間くらいかな?うっかり結界張り忘れて買い物行っちゃってー!でも、何も盗られてなかったのよ。間抜けよねえ」



間抜けはあんただ。


イリッシュでさえ、額に手を当ててうなだれている。



「それきっと、目的は『ダーインスレイヴ』ですよ、師匠」

「えっ!?マジで!?」

「たぶんマジです」



さーっと青ざめたイメルダに、ジタンでさえ、やれやれとばかりに呆れた笑みを浮かべた。



「じ、じゃあ、もしかして……」



まだ何かあるのか。



「四日くらい前なんだけど、軍の兵士に『最近お弟子さん見ないですね』って言われたのも……」

「何て答えた」

「ちょっと帰郷してますって……見ない顔だったんだけど、よく知ってるなって……」



あんた、本気で裏はやめた方がいいよ。


全て平らげてなお足りないらしいジタンにエビフライを一つ譲って、話を戻す。



「イシュバジルが魔術師を集めてるってのは?」

「うーん……急なのよね。総統も決まってないのに、おかしいとは思うんだけど」

「決まってないのか。候補は?」



イリッシュが紙とペンを用意し、イメルダがそれに書き込んでいった。



「候補は三人いるわ、皆会ったことがあるから知ってるの。まずはジェンズ・アンフィ将軍。傲慢で攻撃的、かなりの直情型ね。ドヴェルグ族殱滅を指揮したのは彼の一族よ」

「そんな人総統になったら、ドヴェルグ族が怒るんじゃない?」

「でしょうね」



ジタンの意見にイメルダが頷く。



「次はマリスカ・パティーン軍事文官長。議会で発言力があるらしいけど、どうもずる賢い感じがするわね。あたしは嫌い」



老いた狐顔だと、付け加えて笑った。



「最後はワーント・ハルディック将軍。彼は有望株よ。前総統の右腕で民衆の指示も厚い穏健派ね」

「その人がなるんじゃないの?」



今の話で考えたなら、ジタンの言うことは最もだ。

ここ二十年ばかり大規模な戦争はない。

民衆は、国土拡大より毎日の生活が大切なのだ。



「と、思うじゃない?ところが、魔術師召集の触れを出したのはアンフィ将軍なのよ」



なるほど。



「議会は?」



パティーンに発言力があるなら、足を引っ張るのが普通だ。



「どうやら、パティーンの賛成で形勢は逆転したらしいわ。だからやってるのよ」



なるほどなるほど。

人間世界はいつの世も、同じようなものだと思った。


食後の紅茶を啜りながら、煙草に火を着けて一旦休憩をする。



「どうする、ウィンズ?」

「どうするって?」



イリッシュの言葉をそのまま返した。



「次期総統のことだよ」



そのことか。



「なるべき人がなるよ」

「放っておくのか?」

「まあ、今のところは」



さらりと返答したなら、イリッシュは困惑の表情を浮かべた。

隣のジタンは興味がないらしく、食後のお菓子で忙しい。



「師匠!」



話を振られたイメルダは、宥めるように話しだした。



「あたし達がどうこうするべきじゃないのよ、イリッシュ」

「どうしてですか!?」



まだ若い彼にはわからないのだろう。

『あたし達』がどういう存在なのかが。

そして自分もまた、そこに属しているということも。



「明日はイシュタリー山脈に行く。異議は聞かない。以上」

「ウィンズ!」



客間に向かう間、あたしは決して、振り向かなかった。



「……いつかわかるわ」



イメルダの呟きだけが、静かに鼓膜を打った。

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