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I.o.method  作者: 鈴木真心
Chapter 3
10/14

不穏な噂

飯屋の前に、あたし達四人はいた。

まだ早い朝の空気が、ひやりと頬を撫でていく。

ターニャは心配そうにイリッシュの手を取った。



「くれぐれも気をつけて」

「うん」

「『氷の魔女』にも、くれぐれもよろしくって、鷹を飛ばしておいたから」

「あ、ああ……うん、あ、ありがとう母さん」



イリッシュの笑顔が引きつった気がしたが。


ダーインスレイヴを背負い直して、イリッシュは力強く言った。



「必ず、元に戻ってくるよ」



『すぐに』とは言わなかった。

ターニャもまた、頷いただけ。



「そろそろ」

「ええ」



声を掛ければ、名残惜しげにイリッシュから離れていくターニャ。

その目が潤んでいたけれど、見なかったことにする。

旦那に先立たれ、魔力を持ち生まれたはずの息子からそれが失われたという現実。

不安にならないはずがなかった。


ターニャの目があたしを映す。



「頼んだわ」



一つ頷きを返し、朝靄(あさもや)の中を挑むように見上げた。



「イシュバジルって遠いの?」



人型のまま隣を歩くジタンは、昨夜のことを気にしないように決めたらしい。

至って大人の心掛けだ。



「まあ、近くはないかな」



アルジア国の北に位置する最北の地イシュバジル国。


その面積は広大で、国内でも地域によって気候の違いが出るほどだ。

ピグス国とを隔てる深雪のイシュタリー山脈を北東に持ち、山脈境界には北に先鋭部隊常駐のイシュタリー北壁、東に二ヌルタの森を有する。


覚える気満々らしいジタンは、あたしの説明に熱心に耳を傾けていた。


ターニャの飯屋があったのはアギズス森林に隣接するアルジア国南部であったから、まずはアルジア国そのものを通過しなければならない。


ジタンに乗るわけにもいかないので、結構な長旅だ。



「アルジア自体はそう大きな国じゃないけどね。イシュバジルはアルジアの三倍はあるから、あいつのとこに行くまでは、なかなか骨が折れるよ」

「『氷の魔女』のとこ?」

「そう」



北の地と言っても、雪に見舞われるのはイシュバジル北東のみだ。

『氷の魔女』はイシュタリー北壁と二ヌルタの森の境、ミュートの街にいた。


ここで一旦区切ったなら、イリッシュが残念そうに笑った。



「これが師匠の知り合いじゃない人の口から語られたなら、師匠も大喜びなんだけどね」

「『伝説』にでもならない限りは無理だね」



二つ名を有する者は多い。

が、実際に少ないといえど、魔力を持つ者自体は世界に三割はいるといわれ、そんな中で、一般的にも語り草になるような魔術師は少ないのだ。


魔術師は永きを生きる故、達観するか絶望するかで両極端だ。

そんなこともあって、子孫を残す者は少なく、長寿にも関わらず総人口数は変わることがない。



「増えないし減らないんだ?」

「今のところはね」



ジタンの問い掛けに肩を竦めた。


空が白む頃を過ぎ、陽の光はだんだんと黄色みを帯びてきていた。



「今日も晴れるね」



見上げたジタンに続き、空を仰ぐ。

あたし達の未来も、これくらいに晴れ晴れとしていたならいいけれど。


後に顔を合わせるだろう『師匠』を思い浮かべ、どうか穏便に、と小さく手を合わせた。




一日、二日、三日と何もなく、旅は順調に見えた。


四日目の夕方。



「イシュバジルの総統が変わるらしいよ」



屋台で唐揚げを買えば、世間話に混じってそんな言葉をおやっさんから聞いた。



「変わる?」



眉をひそめて聞き返せば、同じくそれらしい顔をしておやっさんが身を乗り出す。



「ああ、結構出来た人だったらしいじゃねえか。残念だねえ」



軍事国総統でそう言われるとは、それなりに善政を敷いていたのかもしれない。

イリッシュに至っては、唇を噛み締めていた。



「おやっさん、よく知ってるね。他に何か面白い話ないの?」



気をよくしたおやっさんは、より身を乗り出してあたしに耳打ちした。



「どうやら、噂によるとな……」



たんまりと唐揚げを購入し、宿屋の一室にあたし達はいた。



「暗殺らしい、ってか」

「それが本当なら、国の一大事だ。早く師匠のところに行かないと」

「まあねえ……」



イシュバジル総統が暗殺された。


噂が本当なら、それは近隣国家にとっても一大事となる。

イシュバジルは軍事国であり、近隣最強国。

次の総統が出来た者とは限らないし、暗殺となれば間違いなく火の粉は飛んでくるものだ。


正直言って、それは大した問題じゃない。


永きを生きていれば、国の滅亡や戦争など一時のように思える。

有はいつか無に還る。

それは自然の理であり、何人たりとも覆せない掟でもあるのだから。


が、しかし。


そうは思わないのが人であり、疑わしきは罰せよ精神は疑惑の中で膨らんでいくだろう。



「例えば、」



飽くまでも仮設だけど、と加えて、二人を見た。



「例えば、総統が暗殺だとして。誰がしたかは知らないけど、よからぬ何者かが手を下したとしてよ。手を下した奴は間違いなく下っ端だろうから、親玉がいるわけだよね」

「親玉……もしかして、」

「そいつが、次の総統になるかもってこと?」



ジタンの言葉に頷く。



「そしてまた例えば、そいつはもちろん暗殺者を探すよね。自分が犯人とは言わない」

「どうやってそんな……」

「上層部なら真実は関係ないでしょ。どうせ皆、足の引っ張りあいなんだから」



イリッシュの息を飲む音が、ごく、と部屋に響いた。



「まあ、これは国内で済ませようとしたならの話。でも今のところ、」

「戦争の準備をしてるとは聞かないな」



後三日もすれば国境だというのに、物騒な噂は総統暗殺だけだ。

あのおやっさんが知らないだけかもしれないが、大通りで出店していてそれは考えにくい。

アルジア国内がざわついている気配もない。


さっきの仮説は、悪くないと思う。



「ちょっと単純過ぎじゃない?」



いまいち納得いかないのか、そう言ってジタンは首を捻った。

それを笑い飛ばす。



「人間なんて、結局は単純なんだよ」



そう、残念なことに。

あのとんでもない悪女だって、あたしに嫌がらせをしたいだけで国を滅ぼしたりしたのだから。


──ん?



「何か……」

「ウィンズ?」

「……ううん、何でも」



まさか、とばかりに笑って見せた。


風呂の順番を決めて、イリッシュから順に風呂場を使うことになった。

窓際に腰を下ろし、風が運ぶ音に耳をすます。

くわえた煙草には、ジタンが得意げに火を着けてくれた。



「だいぶ黒星石に慣れてきたね」



道中少しずつ力加減を調整しながら訓練してきたが、驚くほど飲み込みが早い。

黒星石に選ばれただけあって、相性がいいのだろう。


ただ、



「水系に弱いんだよねえ……」



ジタンはどうがんばっても、水系魔術は上達しなかった。


しゅん、とへたれた耳に笑えば、「だって苦手なんだもん」と小さく呟いた。


真夜中。


ごそ、と動いた気配に目を覚ます。

ジタン……ではない、イリッシュでも。

風が僅かに、不穏な空気を漂わせていた。


隣のベッドの中から、漆黒が闇を見つめているのがわかる。

ジタンは夜目が利くのだろう、ドア付近を睨んでいるようだった。


──誰かが侵入してきたのか。


左隣のイリッシュも気づいたらしく、息を潜めているのがわかった。


狙いは……。



「仕留めたり!」



ざしゅ!という物騒な音より早く、あたし達三人はベッドから飛び出した。



「勘弁してよ」



そこには、どこぞの覆面三人がそれぞれのベッドに三本の剣を突き刺さしている光景。


素早く戦闘態勢に入ったジタンとイリッシュは、律儀に、あたしの合図を待っている。

リーダーはあたしということらしい。

物騒なことをしでかした割りに、相手は交渉という手段に出た。



「『ダーインスレイヴ』を渡せ」

「持ってないわ」

「は!?」



あっさりと返せば、あからさまに一人がたじろいだ。



「頭、持ってないって」

「んなわけねえだろ!」



そうでしょうね。


一喝された下っ端Aは、「だ、騙すんじゃねえよ!」とか何とかかんとか。



「おとなしく渡せば、命だけは助けてやる」



過去、これを信じたばかたれがいたんだろうか。

暴挙をなした後で、流石に耳を疑う。



「ウィンズ、どうするの?」

「捕まえるか?」



二人の言葉に、さて、と悩んだ。

早くも痺れを切らした輩は、剣を振り回して向かってくる。

ひょいひょいとそれを避けながら、うーん、と考えはまとまらない。



「殴っちゃだめー?」

「うーん……」

「捕まえよう!」

「うーん……」



どうも歯切れが悪い。



「狙いはわかったんだけどねえ」

「どこ見てやがる!」

「あのさ、」

「何だ!ちくしょう、こいつら擦りもしねえ!」



いちいち答えてくれる頭は、完全に気が逸れていた。


──だん!


素早く背後に回り、剣を持つ右手を足蹴にする。

左手を後ろに捻じ上げれば、低く呻き声をあげた。



「どうしてあたし達が『ダーインスレイヴ』を持ってると思ったの?」



残る二人も取り押さえられて、またもや、頭は唸るしかなかった。

頭は唸ったまま黙り込み、もちろん、頭が喋らないので下っ端二人も喋らない。



「どうする?」



眉をひそめたイリッシュが、三人をぐるぐると縄で巻きながら言った。

ジタンに至っては、覆面を取り払って顔に落書きをし出している。



「おい、こいつをやめさせろ!」

「お前、髭とか書くんじゃねえよ!」

「いいじゃねえか、エロ男爵みてえだぜお前」

「エロ男爵で嬉しいわけねえだろ!」



各自うるさく喚いていたが、ひと睨みしたなら静かになった。



「あの姉ちゃん、こええな」

「こええよ、頭をやりやがったんだぜ」



エロ男爵と下っ端Bが何か言ったけれど、聞こえない振りをする。

頭の前に座って目を合わせようとしたならそっぽを向かれたので、無理矢理こっちを向かせたら、ぐき、と嫌な音がした。



「痛えよ!」

「気にしないで」

「気にするだろ!」

「いいから」



きゃんきゃんとうるさいな。



「ね、誰から聞いたの?」

「……」



言わないらしい。



「てことは、指図されたわけね」



自分達だけで動いたなら、そう言うはずだ。

少なくとも、盗賊の類いはそれなりのプライドがある輩が多い。

何とも言わないところを見ると、雇われ者だと思われる。



「……いいわ。ジタン、イリッシュ、放り出しといて」

「何で……!」

「いいから」



イリッシュに耳打ちをして、すぐさま、三人を窓から放り出した。

どすん!と鈍い音がして、がさがさと植木から這いずる三人が窓から見える。



「頭、どうするんで!?」

「どうするって、どうもこうもねえよ!」

「逃げるんすね!」

「あいつらに貸しはねえ、『ダーインスレイヴ』はなかったんだからな!」



まあ、手に入れていないのだからその会話に嘘はない。


切り込みを入れておいてやった縄を解いて、すたこらと三人は逃げていった。



「あいつらって、俺達のことじゃないな」

「みたいね」



イリッシュは闇を見つめたまま、顎に手を当てる。



「手に入れられればラッキー。それくらいの気持ちであいつらを寄越したってとこかな」

「誰かが?」

「そ、知っている誰かが」



または、それを『知った』誰かが。


それにしたってタイミングがよすぎる。

イリッシュが『ダーインスレイヴ』を持って帰郷したのが最近。

イシュバジル総統が暗殺されたらしいのも最近。

そして、何者かが『ダーインスレイヴ』を狙っている。


風が耳元で凪いだ。

どうやらあの夜盗達は、本当に雇い主のもとには帰らなかったらしい。

誰とも会話さえしていない。


何はともあれ、ここは割れてしまった。



「行くわよ」



早々に準備をして、宿屋を後にする。

イリッシュ云々とか、話はそれだけではなくなっていた。


どうしてこんな面倒なことになったんだ。


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