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06_今、何が起きているか

第六章 今、何が起きているか


────────────────────────────────────────


星座が、また一つ消えた


侵入後第14年、冬。


今朝、空を見上げたら、北の空の星座がひとつ暗くなっていた。


先月まではあったはずだ。集落の子どもに確認すると「ああ、また消えた」と言った。まるで天気の話をするように。


慣れてしまっているのだ。終わりに向かっていることに。


【調査局注】「失われた星座」の実態:

星空投影パネルが2000年間メンテナンスされていないことにより順次停止している。現在で全天の5〜10%が暗転。機能停止したパネルの領域は完全な暗闇になる。


そして、メンテナンスされていない機器だけの問題でもない。

ヤヒロの機能を維持しているエネルギーである静的MTMの残存量は現在約33%。年間約0.033%を消費している。

残り約1,000年——ヤヒロの内部時間での話だ。外部フロディアスでは約100年に相当する。


100年間。フロディアスの今の人々が生きているうちに、ヤヒロは終わるかもしれない。


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危機の始まり


侵入後第14年、冬。ここ数年の記録を振り返りながら。


私が侵入した15年前(内部時間)には、今ほどの危機はなかった。


最初の数年、集落の人々は穏やかだった。危険生物への警戒はあったが、今のような緊迫感はなかった。


それが変わったのは、いつ頃からだろう。


徐々に、確実に——危険生物の行動範囲が広がった。集落の近くに出没するようになった。海での漁獲量が減り始めた。気象が乱れ始めた。


最初はそれぞれ別の問題に見えた。「うちの集落だけ運が悪い」と思っている集落がほとんどだった。でも隊商が情報を運ぶうちに、全体像が見えてきた。


これは個別の問題ではない。世界全体が変わりつつある。


【調査局注】危機の原因:

環境制御システム(ソル・コントロール・ユニット、アトモスフィア、ヒュドラ)がクストスから切り離されて2000年間、フェールセーフのもと、最終命令を自律実行している。細かい調整ができないまま積み重なった「ズレ」が臨界に達しつつある。


ピラーネットワークのノード間通信の劣化も進んでいる。


機械が、少しずつ疲れている。2000年間、誰にも整備されずに動き続けた機械が。


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三つのグループのこと


侵入後第13年、春。調査隊の内部状況を整理しながら。


調査隊は今、三つに分かれている。


私はどのグループにも属していない。でも全員と話す。それが私の役割だと、自分で決めている。


帰還派——フロディアスに戻ることを最優先とするグループ。5名。

「因果の泡を解除するか、あるいは脱出方法を見つけて戻るべきだ。私たちの使命はここに留まることではない」

代表格のカイは優秀な物理学者だ。感情よりも論理で動く。彼の言っていることは間違っていない。


共生派——ヤヒロの住民と共にここで生きることを選んだグループ。6名。

「私たちはもうここの一部だ。フロディアスに戻っても何が待っているか。住民を見捨てて逃げるべきではない」

代表格のソウは侵入直後に重傷を負い、住民に助けられた経験を持つ。その恩がある、と彼は言う。


救済派——ヤヒロをなんとかしようとするグループ。4名。

「セカンド(予備系ラプラスエンジン)を見つけて起動できれば、すべてが変わる。因果の泡を制御できる。住民を救える。フロディアスにも戻れる」

代表格のリンは技術者だ。楽観的すぎるとカイは言う。でも私はリンの夢が好きだ。


私は?

私は記録している。それだけだ。——と言いたいが、それだけでいいのか、最近わからなくなってきた。


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住民には言えないこと


侵入後第14年、冬。


隊商の宿で、若い護衛のマサトが私に言った。


「ユズキさんはいつもいろんなことを知っているけど、どこで学んだんですか」


「遠いところで」と私は答えた。「遠い旅をしてきたから」


「どのくらい遠いですか」


星の海の向こうです、とは言えなかった。


「とても遠い。もう戻れないくらい」


マサトは少し黙って、それから「俺も旅をしてみたい」と言った。「でも今は危なくて、遠くには行けない。いつか危機が落ち着いたら——」


いつか危機が落ち着いたら。

その「いつか」が来るかどうか、私には見当がつかない。

MTMは減り続けている。環境は劣化し続けている。


でも私はマサトに向かって「きっと来るよ」と言った。


嘘かもしれない。でも言わずにはいられなかった。


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セカンドのこと——眠り続ける可能性


侵入後第14年、冬。報告書を書きながら。


ヤヒロの中心部——第7層のセントラル・コア——に、「セカンド」と呼ばれる予備系の中にクストスもラプラスエンジンもある。


2000年間、誰も起動していない。起動できなかった。到達する方法を誰も知らない。


でも、もしセカンドが起動すれば——


ラプラスエンジンが動けば、因果の泡を制御できる可能性がある。本来「面状のシールド」として制御されるべきものが、今は「固定された球体」になっている。制御を取り戻せれば、動かせるかもしれない。


クストスが復活すれば、ばらばらに動いているサブシステムを連携できるはずだ。


「脱出できるかもしれない」とリンは言う。

「住民も救えるかもしれない」とソウは言う。

「失敗すれば何が起きるかわからない」とカイは言う。


三者三様の言い方だが、全員が「セカンドが鍵だ」と思っている点では一致している。


【調査局注】セカンドに関する既知情報:


セントラル・コア(第7層、半径150km)に存在

主系ラプラスエンジンと同等の性能を持つ予備系

2000年間スタンバイ状態で待機中

到達経路は古い設計図に存在するはずだが、その設計図を持っている者がいない。

フロディアスの我々には地図情報にアクセスする術がない。


コールドスリープ中の技術者達なら起動方法を知っている可能性がある

35名。2000年間以上眠っている、ヤヒロの技術者たち。


彼らが目覚めたとき、どんな世界がそこにある?

——それを見届けたい、と私は思い始めている。


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信頼できる誰かが欲しい


侵入後第15年、春。


15年が経った。


私はこの世界で生きている。「旅商人のユズキ」として。

でも最近、孤独を感じることが増えた。


知っていることが多すぎる。見えすぎる。

この世界の美しさも、この世界が終わりに向かう足取りも、両方が見えている。


調査隊の仲間とは連絡が取れる。でも彼らはそれぞれのグループの論理に縛られている。純粋に「この世界を知りたい」という気持ちで話せる相手が、いない。


住民の中に、一緒に旅ができる人がいたらいい——そう思い始めている。


この世界のことを私より知っている人間がいて、外の世界のことを知っている私が居れば。

その二つが重なれば、きっと見えてくるものがある。


まだ会っていない。でも、いる気がする。

この世界は広い。まだ行っていない場所がある。

まだ会っていない人がいる。


——次の旅に出よう。


────────────────────────────────────────


侵入後第15年、春。調査継続中。

— ライラ・フォス(湊 柚希)



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