05_交易と隊商
第五章 交易と隊商
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旅する集落
侵入後第6年、夏。中規模隊商「黄金の轍」に同行開始。
隊長のゴウは四十五歳で、日に焼けた顔に白い口髭が混じり始めていた。
最初に会ったとき、彼は私をじろりと見て言った。
「腕は立つか」
「護衛としてはお役に立てませんが、薬草の知識と地図の読み方は多少」
「荷運びはできるか」
「できます」
「では来い」
それだけだった。採用面接はそれだけだった。
──「黄金の轍」は中規模の隊商だ。隊長1名、副隊長1名、商人3名、護衛8名、斥候2名、御者8名、軍医1名、料理人1名、修理工1名。私が加わって合計26名。馬30頭、荷車8台。
巡回範囲は半径200km。訪問集落は25ヶ所。周期は約8ヶ月。
これが私の移動手段になった。隊商と共に旅することで、一人では行けない場所に行き、一人では会えない人に会える。「旅商人のユズキ」は私の最高の偽装だ。
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隊商が運ぶもの
侵入後第6年、夏。最初の集落間移動中。
荷車の積み荷を見せてもらった。
塩の袋。鉄の工具。薬草の束。布の巻き物。干した肉。陶器。種。
「内陸の集落は塩がない」とゴウは言った。「塩がなければ食い物が腐る。冬を越せない。だから塩は命だ」
一集落あたりに届ける塩の量を聞いた。年間で1,500kgほどになるという。
「でも俺たちが運ぶのは塩だけじゃない」とゴウは続けた。「噂も運ぶ。縁談も運ぶ。若者の夢も運ぶ。遠い集落に嫁ぎたい娘がいれば、護送する。新しい血を欲しがっている集落があれば、繋ぐ」
「血の多様性の維持」——言葉が頭に浮かんだ。
ゴウはそんな言葉は知らない。ただ「それが隊商の仕事だ」と思っている。
でもそれが、2000年間この世界の人間が人間であり続けた理由の一つだ。
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荷車のこと
侵入後第6年、夏。移動中の休憩時間に。
荷車を細かく観察した。
フレームは硬質な巨木。補強に大型獣の骨を使っている。車輪は大型獣の骨甲——磨り減りにくく弾力がある。ハブ部分には銅製の軸受けが使われていた。これは貴重品だと修理工のタケが教えてくれた。「銅が取れる鉱山集落との取引がなければ、こういう荷車は作れない」
金属は希少だ。ヤヒロの地下に化石燃料の層はない。銅や鉄は一部の鉱山集落でしか採れない。だから金属製の道具は高価で、骨や木で代替できるものはすべて代替している。
でも骨甲の車輪は、地球の金属車輪より優れているかもしれない、と私は思った。
この世界の「代替品」は、2000年の試行錯誤の末に磨き上げられた本物の技術だ。
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情報という商品
侵入後第6年、秋。集落「ハノ」への訪問時。
集落に着くと、まず集落長の家に挨拶に行く。
ゴウが話すのは物資の話だけじゃない。「東の集落で新しい農法が始まった」「北の峠道で大型の鎌爪竜の群れが目撃された」「遠い集落で語り部が亡くなった——後継者は若い娘だそうだ」
情報が商品だ。物資と同等以上の価値を持つ。
集落長は食い入るように聞いていた。次の隊商が来るまで、この情報は手に入らない。
「お前のような旅人が来ると、世界が広くなる気がする」と集落長が私に言った。
私はそれを手帳に書き留めた。
隊商が来なければ、この集落は自分たちのルーティンの中だけで世界が閉じてしまう。
外が「あること」を知っていること——それだけで、ずいぶん違うのだろう。今は閉ざされたヤヒロが世界のすべてだとしても。
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危機の中の隊商
侵入後第11年、初夏。隊商「黄金の轍」と再会。
四年ぶりにゴウの隊商に会った。
護衛の数が増えていた。以前は8名だったのが14名になっていた。荷車の数は減っていた——採算の合わないルートを切ったらしい。
「儲かっているか」と私が聞くと、ゴウは苦い顔をした。
「儲けは増えた。でも危険も増えた。去年、仲間を二人失った」
鎌爪竜に、と彼は言った。新しいルートで遭遇した。「最近の奴らは賢くなっている。警戒の一番薄い荷車の後ろから狙ってくる——そして御者を狙うんだ。御者がいなくなれば荷車が止まる。荷車が止まれば一網打尽だ。賢くなりやがった」
2000年間の自然選択で、鎌爪竜は「隊商の狩り方」まで学んでいた。
それを聞いて、私は少し青ざめた。
運賃は上がっていた。十年前と比べて三割増し。でも集落は払う——払わなければ物資が来ない。
「旅は辛くなった」とゴウは言った。「でも隊商が動かなければ、集落が死ぬ。だから動く」
この男の仕事に対する誠実さが、私は好きだ。
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隊商宿の夜
侵入後第11年、初夏。隊商宿にて。
隊商の旅の夜は、中継所の宿で過ごすことが多い。
宿の大部屋に複数の隊商が泊まることもある。そういう夜が、実は一番の情報収集の場だ。
「北の方で、大きな廃墟が見つかったらしい」という話が出た。
「神代の廃墟か」「遺跡探しは危ない——近づいただけで変な音がして、仲間が吹き飛んだって話もある」「でも中から神代の道具が出てきたと言う話もある——」
私は黙って聞いていた。
「変な音がして吹き飛んだ」——おそらく地下施設の自律稼働している警戒システムだ。クストスが停止した今も、一部の設備は最後の命令のまま動き続けている。住民にとってはただの「神代の呪い」だが、実態は2000年間誰にも整備されていない機械が最後の指示を守って稼働しているだけだ。
住民たちはそれを「神代の遺跡の番人」と呼んでいる。
話は自然な流れで終わった。私は何も言わなかった。言えなかった。
いつか、この人たちに本当のことを話せる日が来るのだろうか。




