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第五話 海神の社  

大山祇神社の二枚目の潮印は、すでに回収してある。だが朝倉室長が翌日に来るという情報があった。


 直人は先手を打つことにした。潮印の回収は完了しているが、朝倉には「調査中」と報告し、時間を稼ぐ。その間に能島に向かう。


 だが朝倉は、予想より早く来た。


 翌朝。大三島の港に、黒い公用車が停まった。車から降りてきたのは、五十代の男。グレーのスーツに銀縁の眼鏡。穏やかな笑顔。だが目が笑っていない。


「鷺宮直人さんですね。内閣官房文化財特別対策室の朝倉です。——お噂はかねがね」


 朝倉は名刺を差し出した。直人は受け取った。名刺の紙質が上等だ。官僚の名刺にしては——金がかかっている。


「星霜蔵の発見者にお会いできて光栄です。——で、今回の調査は、どのような成果が」


「まだ調査中です。甲冑の台座の木材の年代分析をしているところで」


「そうですか。——村上凛さん。あなたもいらっしゃるんですね。村上水軍の末裔で、尾道の古美術商。なかなか面白い組み合わせだ」


 朝倉の視線が凛に向いた。凛は表情を変えなかった。


「お耳が早いですね」


「仕事ですから。——ところで鷺宮さん。単刀直入に申し上げます。村上水軍の財宝に関する調査は、政府が管轄すべき案件です」


「なぜですか」


「文化財保護法に基づきます。地中または水中に埋蔵されている文化財は、発見者が一定の手続きを経なければ、所有権を主張できない。——つまり、勝手に掘り出して持ち去ることはできない」


「掘り出していません。甲冑の台座を調査しただけです」


「そうですか」朝倉が微笑んだ。「では、ポケットの中の真鍮の円盤は何ですか」


 直人の体が硬直した。


「Phantomという優秀なハッカーがいましてね」朝倉が眼鏡を直した。「来島さんだけでなく、私どもにも情報を提供してくれている。——潮印、でしたか。二枚目も、もうお持ちでしょう」


「……政府が闇ブローカーのハッカーと組んでいるとは」


「組んでいるわけではありません。情報を買っているだけです。政府には国民の文化財を守る義務があります。その義務を果たすために、使える手段は何でも使う」


 朝倉の言葉は理路整然としていた。法的には正しい。文化財保護法の規定上、埋蔵文化財の発見者には届出義務があり、所有権は自動的には認められない。


「潮印を政府に渡していただけますか」


「断る」


「断る根拠は」


「この潮印は埋蔵文化財ではない。甲冑の台座の内部に隠されていたもので、地中にも水中にも埋蔵されていなかった。文化財保護法の対象外だ」


 朝倉の目が鋭くなった。一瞬だけ。そしてすぐに穏やかな笑顔に戻った。


「面白い解釈ですね。裁判所がどう判断するかは分かりませんが。——鷺宮さん、敵対するつもりはありません。協力を提案しているのです」


「協力の内容は」


「調査の全権を政府に移管していただく。代わりに、調査費用と人員は政府が負担する。発見の功績はあなたのものとして公表される。——悪い話ではないはずです」


「全権を移管したら、宝がどう扱われるかは政府次第になる」


「もちろんです。国の財産ですから」


「財産ではなく、文化です。博物館に展示されるべきもので、外交の道具にされるべきものではない」


 朝倉の表情がわずかに変わった。核心を突かれた顔。


「……どこでお聞きに」


「真琴さん。資料を」


 真琴がファイルを開いた。朝倉の経歴。外務省時代の担当案件。中東の文化財返還交渉。——そして文化財特別対策室の設立趣意書。


「趣意書には『文化財の戦略的活用』と書いてあります」真琴が読み上げた。「戦略的活用。つまり外交カードとして使うということです」


 朝倉は黙った。五秒。十秒。


「……なるほど。さすがは星霜蔵のチームだ。調査能力が高い」


「お帰りください。潮印は渡しません」


「今日は、ね」朝倉が微笑んだ。「でも鷺宮さん、来島暁という男は、私よりもずっと危険ですよ。彼は法を守りません。——私は守ります。どちらが味方にふさわしいか、よくお考えになってください」


 朝倉は公用車に戻り、去っていった。


 凛が直人の隣に立っていた。


「朝倉という男——油断できません」


「ああ。だが今は来島の方が直接的な脅威だ。——能島に行くぞ。時間がない」


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