第十八話 潮風のあと
事件の処理には一週間かかった。
愛媛県警と文化庁の合同調査。直人、真琴、凛、早川、サラの全員が事情聴取を受けた。
来島は今治警察署に勾留された。罪状は文化財不法取得の教唆、監禁の幇助。鬼頭は暴行、監禁、器物損壊、文化財窃盗未遂。
サラは——微妙な立場だった。来島組織の元技術顧問として共犯の疑いがあるが、同時に直人チームへの協力と、朝倉の不正を暴いた功績がある。
「霧島さん」文化庁の職員が言った。「あなたのハッキング行為は不正アクセス禁止法に抵触する可能性がありますが——」
「知ってます。でも、そのハッキングのおかげで朝倉の不正が発覚して、文化財が政治利用されずに済んだわけですよね。——差し引きプラスじゃないですか。はい論破」
「……検察と協議します」
結局、サラは在宅での任意捜査にとどまった。早川が保証人になった。
「俺が見張るんで」と早川が警察に言った。
「見張るって。あんたに見張られる筋合いないんだけど」サラが言った。
「じゃあ見守る。——お前、保証人いないだろ」
「…………いない」
「だから俺がなる。基本だろ」
サラが目を逸らした。だが——耳が赤かった。
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武吉の遺言書と太刀の鑑定結果が出たのは、事件から二週間後だった。
遺言書は——真筆の可能性が極めて高い。戦国末期の紙質、墨の成分、筆跡のすべてが一致。
太刀は——備前長船の銘が確認された。室町後期の名刀。国宝級。
この鑑定結果は、星霜蔵に続く歴史的大発見としてニュースになった。
「村上水軍の海底洞窟から武吉の遺言発見」「瀬戸内海に眠っていた四百年の秘密」——テレビ、新聞、ネット。直人の名前がまた全国に流れた。
だが今回は、直人だけの名前ではなかった。
記者会見。今治市のホテル。直人がマイクの前に座った。隣に真琴と凛。後ろに早川とサラ。
「発見の経緯を、あらためて説明します。——すべてのきっかけは、村上凛さんからの依頼でした。村上水軍の末裔として、一族の歴史を守ろうとした彼女の決意がなければ、この発見はありませんでした」
凛が直人を見た。直人は続けた。
「九条真琴さんが巻物の裏面を解読し、早川雅彦さんが技術面で支え、霧島サラさんが情報戦で窮地を救ってくれました。——そして」
直人は言葉を切った。来島のことを言うべきか迷った。犯罪者だ。だが——洞窟の中で岩を殴り、鬼頭と戦い、真琴を助けてくれた男。
「来島暁さんも、最終的にこの発見に貢献しています。——来島さんなくして、洞窟からの脱出はできなかった」
記者たちがざわついた。「容疑者ですが」「犯罪者を功績者として——」
「来島さんの罪は、法が裁きます。ですが、事実は事実です」
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記者会見の後。ホテルのロビー。
凛が直人に近づいた。
「鷺宮さん。——来島さんの名前を出してくれたこと、ありがとうございます」
「事実を言っただけだ」
「それでも。——来島さんは、五百年間、村上と敵対してきた一族です。でも海の底で一緒に岩を殴って——同じ敵に立ち向かって——。歴史の因縁は、変えられるのかもしれません」
凛の目が、直人をまっすぐに見ていた。
「鷺宮さん。あなたのような人に出会えて——」
「凛さん」
「——よかったです。一族の当主として。そして——一人の人間として」
凛の声に、抑えた感情があった。直人は、今度はそれに——気づいていた。
「凛さん。俺は——」
「分かっています」凛が微笑んだ。寂しさを含んだ、しかし穏やかな笑み。「九条さんのことは、最初から分かっていました。——あなたの目を見れば分かる」
「すまない」
「謝らないでください。——あなたが誠実な人だから、惹かれたのです。誠実な人は、一人の人だけを見る。それが——私ではなかっただけ」
凛が手を差し出した。直人が握った。
「友人として。——これからも、力を貸してください」
「もちろん」
凛が踵を返した。廊下を歩いていく。黒い髪が揺れている。一度だけ振り返り——小さく手を振った。
直人は手を振り返した。
廊下の反対側に、真琴が立っていた。凛と直人のやり取りを見ていたのだろう。真琴の表情は——複雑だった。安堵と、申し訳なさと、そして——勝者の罪悪感。
「凛さんは——」
「大丈夫だ。強い人だ」
「私——凛さんに何か——」
「何もしなくていい。凛さんが自分で整理する」
真琴が直人の腕に手を添えた。小さく。さりげなく。だが確かに。
「直人さん。——帰りましょうか」
「ああ。帰ろう」
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ホテルの外で、早川とサラが並んで歩いていた。
「記者会見、緊張したっすね」
「別に。私は後ろにいただけだし」
「でもサラの名前も出たじゃん。霧島サラ。全国デビューっすよ」
「デビューって。犯罪歴ある人間が全国ニュースで名前出るのはデビューとは言わない」
「まあまあ。——これからどうすんの」
「どうするって?」
「仕事。来島のとこクビになったわけだし」
サラが足を止めた。考えている顔。
「……分かんない。ハッキングしか能がないし。でも違法な仕事はもうしたくない。——大久野島で思った。一般人が傷つくのは嫌だって」
「じゃあセキュリティの仕事すればいいじゃん。ホワイトハッカー。攻撃じゃなくて防御側」
「防御側? 退屈そう」
「退屈じゃないっすよ。——俺と一緒にやらないか」
サラが早川を見た。
「一緒に?」
「セキュリティ会社。二人で。——俺が防御、お前が攻撃テスト。ペネトレーションテストって言うんすけど、企業のセキュリティに侵入テストをかけて穴を見つける仕事。合法的にハッキングできる」
「……合法的にハッキング」
「お前の腕なら、日本一のペネトレーションテスターになれる。——俺と組めば、最強のセキュリティ会社になるっすよ」
サラが黙った。五秒。十秒。
「あんたさあ」
「何」
「それ、プロポーズ?」
「は!? ビジネスの提案だよ! 何言って——」
「冗談。——半分ね」
「半分ってどっちの半分——」
「考えとく。——あ、一つ条件」
「何」
「凛さんに『きれいっすね』って言うの禁止。仕事中に集中力下がるから」
「え、それは——いや別に凛さんのことはもう——」
「禁止」
「…………了解」
サラが少しだけ笑った。ピンクメッシュの髪が夕日に光っている。
早川が真っ赤な顔で隣を歩いている。
二人の間の距離が、半歩だけ縮まった。




