第十二話 追われる者たち
大久野島を離れた潮風の船上に、五人が乗っていた。
大久野島の地下でサラが身を張った——いや、サラを早川が身を張って救った——あの一件で、サラの立場は変わった。もう「しばらくは信用しない」と言った直人も、何も言わなくなった。
いつの間にか、サラは早川の隣に座っていた。大久野島に来る前は船のデッキの反対側にいたのに。何の宣言もなく、自然に。——早川は気づいていない。凛と真琴だけが、微かに目を見合わせた。
サラが合流時に持ち込んだ来島組織のデータを、改めて全員で確認した。資金の流れ、部下の配置、船の航路。それに加えて——
「これも抜いてきた」サラがスマートフォンの別フォルダを開いた。「朝倉の内部メール。来島と朝倉が水面下で接触してた記録。——文化財を外交カードにする計画の具体的な中身が書いてある」
直人が話を戻した。
「状況を整理する。潮印は四枚手元にある。一枚目の本物は尾道の金庫。二、三、四枚目はここ。五枚目は凛さんのペンダント。尾道に戻って全部揃える」
「その前に」サラがスマートフォンを出した。「朝倉が動いてる。海上保安庁と警察に身柄確保を要請中。容疑は文化財の不法持ち出し」
「法的にはグレーっすよね」早川が言った。「潮印を文化庁に届け出てない」
「来島も同じ容疑で手配。三つ巴の全員が犯罪者扱い」
「逃げるっすか」
「逃げる」直人が即答した。「朝倉に渡したら、博物館ではなく外務省の金庫に入る。武吉の遺志に反する」
「了解。——あ、一個朗報。凛さんのお母さんの件、解決した」
凛が振り向いた。
「私の母の——」
「来島の組織データに、凛さんの実家の監視記録があった。鬼頭の部下が一人、尾道で張ってた。——で、そいつの雇用契約を偽造して解雇通知を送っといた。来島名義で」
「偽造——」
「本人は解雇されたと思って引き上げてる。お母さんの周りにはもう誰もいない。——犯罪って言われればそうだけど、まあ退職処理の効率化ってことで。はい論破」
凛の目が潤んだ。
「サラさん——ありがとう」
「別に。データがあったから処理しただけ。感謝されるようなことじゃ——」
「ありがとう」凛が繰り返した。
サラは目を逸らした。「……どういたしまして」と小さく言った。
サラが巡視艇の位置をリアルタイムでモニターし、凛が操舵する。早川がサラの横に座り、二人で画面を見ながらルートを調整する。
「三十度右に。巡視艇が——」
「見えてる。次の島の東側を回り込む」
二人の呼吸が合っている。早川の右頬は紫色に腫れたままだが、操作に集中している。サラがチラリと早川の頬を見た。
「痛くないの」
「痛いっすよ。でも——基本っすから」
「何が基本なの」
「痛くても動く。バックアップと同じだ。メインが壊れても予備で動く。体の左半分が元気なら問題ない」
「意味分かんない。——でもちょっとかっこいい」
「え? 今かっこいいって——」
「言ってない。幻聴」
広島県沿岸を西に進む途中、巡視艇に発見された。AISを切った待ち伏せ。
朝倉がこちらの追跡方法を読んでいた。
前方と後方から挟み撃ち。凛が島と島の間の狭い水路に突入した。両側の岩壁が迫る。巡視艇の大きな船体では通れない。
水路を抜け、四国側に迂回し、四時間かけて尾道に戻った。人気のない入り江に船を着け、凛が単身で村上堂に向かう。
三十分後。凛が戻ってきた。手に真鍮の円盤。一枚目の本物。
「これで全部です」
五枚の潮印が船のテーブルに並んだ。直人が重ね合わせる。海図の断片が一つの地図になる。
「来島海峡」凛が言った。「五枚の地図が指す場所は——来島海峡の海底です」
日本三大急潮流。最大潮速十ノット。
「ここに——竜宮がある」
直人は五枚の潮印を見つめた。
「行くぞ。来島海峡に」
全員が頷いた。早川が腫れた頬で笑った。サラが——早川の隣に、自然と座っていた。昨日までは離れた場所に座っていたのに。
誰もそれを指摘しなかった。指摘する必要がなかった。




