第十話 凛の告白
翌朝。仙酔島を離れ、大久野島に向かう船上で、凛が全員を集めた。
「話があります。——嘘をついていたこと、謝ります」
四人がデッキに集まった。朝の海風が冷たい。凛は全員の顔を見渡し、深呼吸した。
「来島に渡した潮印は、偽物です」
直人の目が鋭くなった。
「偽物——?」
「はい。因島に行く前から、精巧なレプリカを用意していました。古美術商として、金属加工の職人に依頼できる環境があります。——本物は、別の場所に隠してあります」
「最初から——偽物を渡すつもりだったのか」
「はい。来島と交渉する際、潮印を渡す可能性は想定していました。母を脅されることも。——だから保険をかけていた」
「なぜ俺たちに言わなかった」
凛が直人を見つめた。目を逸らさなかった。
「あなたたちに知らせたら、来島の前で自然な反応ができなくなると思いました。——鷺宮さん、あなたは嘘が下手です。本物を渡したと知っていれば動揺し、偽物だと知っていれば演技が必要になる。どちらにしても来島に悟られるリスクがあった」
「俺を信用しなかったということか」
「あなたの演技力を信用しなかった、ということです。——修復士は嘘が下手です」
直人は唇を噛んだ。怒りか——理解か。両方だった。
「……手際は認める。だが二度目はない。次に何か隠し事をしたら——」
「しません。約束します。——一族の掟で『部外者に全てを委ねるな』とありますが、あなたはもう部外者ではありません」
凛の最後の言葉に、直人以外の三人が——微妙な反応をした。
真琴は、ほんの一瞬だけ目を伏せた。凛の言葉の重さに気づいている。
早川は「やっぱり偽物だったっす」と小声で呟いた。
「早川。知ってたのか」
「昨晩、写真の分析で気づいたっす。凛さんに確認して——まだ言わないでくれって言われて」
「お前も共犯か」
「共犯じゃなくて共謀っす。——いや同じか」
直人はため息をついた。
「分かった。本物の潮印はどこにある」
「尾道の村上堂です。店の金庫の中に」
「回収する必要がある。尾道に戻るのか」
「大久野島の後で十分です。来島は偽物を持って分析に回しているでしょう。偽物だと気づくまでに数日はかかる。その間に四枚目を取って——」
「五枚目はどうする」
凛が黙った。そして——首元のペンダントに手をやった。小さな金属の円盤がぶら下がっている。ずっと身につけていたもの。
「五枚目は——ここにあります。家伝の品です。物心ついた頃から、母に渡されて、ずっと首に下げていました」
「五枚目は最初から凛さんの手元に——」
「はい。だから五枚の潮印のうち、二枚は最初から手の中にあったのです。残りの三枚を集めれば——」
「全部揃う」
直人は息を吐いた。五枚の潮印。一枚目は凛の金庫。二枚目は直人のポケット。三枚目も直人のポケット。四枚目はまだ大久野島の地下。五枚目は凛のペンダント。
「四枚目を取れば——竜宮への道が開く」
「はい」
凛の目が、直人を見た。裏切りの告白の後なのに、その目には——信頼があった。全てを打ち明けた安堵。そして——
「鷺宮さん。最後まで——一緒に行ってくれますか」
「ここまで来て引き返す理由がない」
「ありがとうございます」
凛の声が震えていた。海賊の末裔が見せる、稀な脆さ。
真琴が直人の隣で、凛を見つめていた。複雑な表情だった。嫉妬とも理解ともつかない、女性だけが分かる感情の交差。
だが真琴は何も言わなかった。昨夜、直人と手を繋いだ。「好きだ」と言われた。それで十分だった。——十分であるはずだった。
「大久野島へ」直人が言った。「四枚目を取りに行く」
潮風がエンジンの回転を上げた。瀬戸内海の朝靄の中を、白い船が進んでいく。




