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九尾の愛し子、後宮を走る  作者: ジュレヌク


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第一話 お主の幸せは、安いものよのぉ

 ぴちょんぴちょん



 冷えた雫が天井から落ちる音が、豪華な大理石造りの風呂に響く。


 場所は、後宮の奥の奥。


 その昔、三代前の皇帝より寵愛を受けた貴妃が、病に臥せった際に療養を目的として建てられた別宮だ。


 装飾も贅の限りを尽くされており、その豪華さは皇后の宮すら凌ぐと言われている。


 しかし、貴妃が病死して以来、扉は固く閉じられ『封』と書かれた御札が貼られていた。


 既に、流れた月日は百年以上。


 外塀は、やや崩れかけているところもあるが、建物自体は建設当時のままの美しさを保っており、まるで、何者かによって手入れされてきたかのようだ。


 説明がつかぬことというのは、人間にとって恐怖につながる。


 それ故に、この別宮は、触れてはいけない禁忌の場所となっていた。



 ゴーンゴーン



 時を知らせる銅鑼が鳴らされた。


 日が落ちると、警備も夜間の者へと引き渡される。


 今宵は、朔日。


 月も空から姿を消し、墨を落としたような暗闇が後宮を襲う。


 ろうそくの明かりを灯すにも、身分の低い者は金が無い。


 自然と多くの人間が布団の中に身を収めてスヤスヤと寝息を立て始める。


 しかし、この闇の中、何故か長く使われていないはずの別宮の湯船から、もうもうと湯気が上っていた。



「あぁ、最高じゃ」



 陰の気が満ち、誰も近寄りたがらないこの場所で、湯を楽しんでいる女からは、九本の尾尻が伸びていた。


 その姿から、妖狐の中でも最上位の九尾と知れる。



 フワリフワリ



 九本の尾は、互いに絡んだり離れたり、戯れる子犬のように楽しげだ。


 彼女の名は、陽炎(かげろう)


 時々お遊びで、わざと人間に姿を見せては、煙のように消えることから宮女達が付けたあだ名だ。


 そして、封印された別宮近くに毎回現れるため、死した貴妃の幽霊だと噂されている。


 それが幸いし、益々人が立ち入らなくなり、この辺りは陽炎の縄張りと化していた。



「ふぅ、極楽、極楽」



 この宮を独り占めし、湯浴みを楽しむ陽炎の容姿は、脂の乗った女盛りというところか。


 男なら、むしゃぶりつきたくなるほどのいい女だ。


 しかし、本人も、長く生き過ぎ、己が幾つなのかも分からない。


 最初二本だった尻尾は、いつのまにか九本に増え、全身をめぐる妖力は、妖の中でも五本の指に入るほど。


 ただ、自堕落に日々を過ごすだけの陽炎には過ぎたる力で、使い所もなく単なる宝の持ち腐れと化している。


 特にすることもなく、食っちゃ寝を繰り返す日々。


 変化のなさに飽き飽きし、ここでの間借り生活も百年を過ぎたことから、そろそろ次の場所へと移ろうかと思案中だった。



「次なるは、異国など面白そうじゃのぉ」



 思いを馳せる陽炎の耳に、



 カタン



 湯殿の扉に何かがぶつかる音が聞こえた。



「うぅううう」



 そして続いて聞こえたのは、幼子のうめき声。


 クンクンと匂いを嗅ぐと、なかなかに臭かった。


 彼女は、湯船から体を起こすと、妖力で風を起こし、バタンと勢いよく扉を開けた。


 そこに居たのは、蹲る子供。


 衣服は異国のものらしく、ヒラヒラとした薄い布が何枚も首元にあしらわれていた。


 何日も風呂に入っていないらしく、全体的に薄汚れている。


 ガリガリの手足に、伸び放題の髪。


 正直浮浪者かと見紛う汚さだ。



「ご、ごめん…な…さい。みて、ない。みて、ない」



 片言で非礼を詫びる子供は、小さな手で目を押さえ、頭を左右に振った。



「ならば、何をするつもりで、そんなところにおったのじゃ?」



 湯船から出た陽炎の肌は若々しい張りがあり、皮膚の上を水が玉を転がしたように落ちていく。


 豊満な胸とくびれた腰を、長い髪の毛と尻尾で隠し、しゃなりしゃなりと子供に歩み寄った。


 よく見ようと子供に顔を近づけると、怯えた目がこちらを見上げてくる。


 長く伸びた前髪の隙間から見える瞳の色は、この国には珍しい青だった。



「ほぉ、これはこれは」



 陽炎は、一本の尾を子供のオデコに伸ばし、子供の髪を上に持ち上げた。


 出てきた顔は、これまた整った美しいものだった。



「どこから、連れてこられた?何故、ここの言葉を喋れる?名は?性別は?腹は、減っておらぬか?」



 久しぶりに他者と話す陽炎は、答えも聞かずに次々と質問をする。



「あ………うぅ…」



 敵意の見られない陽炎に取り敢えずホッとした子供は、目の前の麗しい裸体から目を背けて、モジモジとした。



「はよ、答えよ」


「わたし……ルーイ。ハイラル…きた。すこし、はなす。おなか、すいた」



 単語をつなぎ合わせるだけの話し方だが、ちゃんと受け答えをするルーイは、一見三、四歳かと思わたが、想像より年齢が上のようだ。


 この国に送られることが決まってから、付け焼き刃で言葉を覚えさせられたのだろうが、聞き取りが上手いらしく意思の疎通に問題はない。


 ハイラル王国と言えば、西側諸国の中でも屈指の軍事力を持つ大国。


 随分と前に妖精に見放され『魔法』と言う名の特殊能力を失っていた。


 近年、近代化が進んだせいか、そのような国々が増え、あちらこちらで災害などが頻発している。


 それとは反対に、ここ瑪瑙国は、未だに陽炎のような妖がそこかしこに住んでいる摩訶不思議な国だ。


 力の強い妖達は、金品や権力と引き換えに、人に力貸す者もいる。


 弱いものは、捕まって海外との交渉材料として出荷されたりもする。


 妖同士に仲間意識はなく、捕まったものをわざわざ助けるようなこともしない。 


 逃げられないのは、本人が弱いからだ。


 瑪瑙国は、このように、良くも悪くも妖の力を利用して成り立っている永世中立国だ。


 他の国々は、この小国に頭を下げ、妖を貸し出してもらおうと躍起になっている。


 今回も、好色な帝が、妖を貸し出す条件に、ハイラル王国の若い姫君を要求したようだ。


 しかし、



「わたし、みため、わるい。でんか、わたし、きらい」



 容姿の悪さを理由に、見捨てられたらしい。



『痩せてはいるが、汚いだけで、磨けば光る珠なのにのぉ』



 短絡的な皇帝の性格は、今に始まったことではないが、いつかそれで身を滅ぼすだろうと陽炎は思っている。



「それで、ここに放り込まれたと?」



 陽炎の質問にコクコクと頷くルーイは、既に泣きやんでおり、単語をつなぎ合わせて必死に説明を続ける。


 話をまとめると、どうやら、あちらの国の王女ではあるらしいが、王が戯れに手を付けた使用人の子供。


 元々扱いは酷く、下働きのようなことをさせられていた。


 妖を借りられるなら、捨てても惜しくなかったのだろう。


 しかし、正直、貸し出される妖など、大した力もない奴ばかりだ。


 人間に捕まり、いいようにされるのだから、その力量は、推して知るべしである。


 例えるなら、見た目だけ派手な大道芸。


 干ばつ地域なら、多少水が出せるくらいでも、神様扱いだ。


 しかし、それでは、根本的解決になどならない。


 陽炎レベルなら、天候を操ることなど朝飯前。


 だが、人の為に働く気など、さらさらない。


 ハイラル国の思惑としては、要らぬ子を追い払える上に、妖が手に入ると浮かれていたのだろうが、蓋を開けてみれば互いにカスを掴まされただけの泥仕合。


 後宮に他国の見目麗しい姫君を入れるつもりだった皇帝は、自分の思惑から外れた見すぼらしい子供の扱いに困り、ここに幽閉することにしたらしい。



「不運な奴よの」


「わたし、いきてる。もうけもの」



 ニヘラと笑ったルーイの顔は、なんとも言えぬ愛嬌があった。


 使用人すら付けてもらえず、死んでも良いと思われているのが透けて見える扱いを受けて、まだ、儲けものと言える根性も気に入った。



「先ずは、風呂じゃ!臭くて、飯も食えぬ」



 陽炎は、ルーイを小脇に抱えて湯船に、



 ドボン



 と飛び込んだ。



「ひえっ」



 頭の先から足の先までびしょ濡れになったルーイは、ジタバタと抵抗する。


 しかし、どこからともなく現れた手のひらサイズの小人達が、ルーイの顔や頭、体の隅々までゴシゴシと洗い始めた。



「あやかしさま、あやかしさま、ちいさいひと、だれ?」


「あぁ、付喪神じゃ」


「つくも……?」


「ここにあるものは、すべてが古い。妾は、古いものが好きでの。大事に扱ってやれば、品そのものに魂が宿るのじゃ」



 昔、侍女達が着ていた着物は、仕える人間が帝の寵妃であったからか、美しい刺繍が施されていた。


 それを、時々陽炎が、干したり眺めたりして大切に保管していたら、いつの間にか付喪神が宿り、屋敷の掃除などを始めた。


 今回は、久しぶりに人間をお世話出来ると、納戸の奥から出てきたらしい。


 着物の付喪神達は、甲斐甲斐しく、ルイの絡まった髪を解し、頭皮も優しく揉みほぐしていく。


 汚れが取れた髪の色は、稲穂のような金髪だった。



「なんじゃ、良い髪ではないか」



 艶のある質感に興味が湧いた陽炎は、自分も洗髪に加わり、モミモミとルーイの髪を揉む。


 その心地よさに、ルイは目を閉じ力を抜いた。



「気持ち良いか?」


「はい」


「ふふふ、素直で良い」



 妖は、気まぐれで我儘な性格の為、人間を気に入ることは珍しい。


 陽炎が、誰もが近寄らない封じられた場所に住むのも、人間が寄ってこないからだ。


 もし、ここに九狐が住んでいると知ったら、皇帝ですら、毎日供物を捧げに来るだろう。


 それだけ、力の強い『妖様』は、貴重なのだ。


 そんな妖を欲するハイラル王国と、女好きの瑪瑙国帝に翻弄され、飯すら与えられず捨てられたルーイは、一番の被害者だった。



 コトコトコト


 トントントン


 グツグツグツ



 厨で何やら、始まったようだ。


 既にルーイの事は、この屋敷の付喪神達全員が気付いていた。


 竈門や鍋、茶碗といった付喪神達が張り切って食事の用意を始めたらしい。


 元々世話好きで、陽炎にも懐いている者たちだが、幼子の世話となればより一層気合が入る。


 良い香りが鼻をくすぐり始めると、ルーイは、泣きそうな顔で笑った。



「あやかしさま、ルーイ、しあわせ」


「お主の幸せは、安いものよのぉ」



 こうして、後宮に間借りする妖と、異国から妃候補として連れてこられた子供の不思議な関係が始まった。

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