第3章 私の席に、なぜあなたがいるの?
紅蓮洞窟の探索を終え、夕暮れの街に戻ってきた。
私は、冒険者たちが行き交う酒場《赤獅子亭》の扉を押し開けた。
目的はただひとつ。
(静かに……一人で……ご飯を食べたい)
そう、誰にも邪魔されず。
誰にも話しかけられず。
“ひとりの時間”を満喫するために!
私は入り口から一番遠い、隅っこの席に腰を下ろした。
背中を壁につけられる最高の席。
視界におしゃべりな冒険者たちは入らない。
(完璧)
注文したのは、焼き肉のプレートとパン、あとハーブティー。
(これよ……この静けさ……)
目を閉じて一息つこうとした、その瞬間。
「カミーユさーーーんっ!!」
ガタンッ!
私の真正面に、エリオットが座った。
まるで当然のように。
椅子を“引いた”んじゃなくて、
“滑り込んで”きた速度だった。
あんたは武器か何か?
「……なんであなたがいるのよ」
「だって、帰ってきたって聞いたから!
カミーユさん、ひとりでご飯とか寂しいかなって」
「寂しくないわ」
「え? なんで?」
「寂しくないからよ」
「え??」
説明しても無駄と判断し、私は肉を切り始めた。
エリオットも勝手に注文して座っている。
いや、座るな。頼むな。帰れ。
「洞窟どうだった? ひとりで行ったよね?」
「問題なかったわ。雑魚ばかりだったし」
「えぇぇ!? あの洞窟の雑魚!?
俺、今日スライムに二回も食われかけたんだけど!?」
「それはあなたの立ち回りの問題じゃない?」
「ぐぅの音も出ない……!」
彼は頭を抱えたあと、ぱっと顔を上げて言った。
「じゃあ俺、明日もカミーユさんの護衛につく!」
「いらないわ」
「じゃあ、同行! 仲間!」
「いらないわよ」
「じゃあ……ストーカー!」
「それ犯罪よ」
「あ、そっか。じゃあ……
“心の距離はつねにゼロ”の関係で!」
「意味がわからない」
「大丈夫! 俺もわかってない!」
「もっと意味がわからないわよ!」
周囲の冒険者たちがくすっと笑っている。
恥ずかしくなって私は声を潜めた。
「もう……静かにして……」
「ん? 俺、うるさかった?」
「今もよ」
「そっか! ごめーん!!」
「だから声が大きいのよ!」
食事が進むにつれて、エリオットはだんだんと落ち着いてきた。
というか、肉を食べると静かになるタイプらしい。
「むぐ……カミーユさんの奢り?」
「違うわよ」
「ですよねー!」
無邪気に笑う。
その笑顔が、どうしてか胸にひっかかる。
私は思わず言ってしまった。
「……あなたみたいなタイプ、苦手よ」
「えっ!?」
フォークがすっぽ抜け、テーブルにカンと当たった。
「な、なんで!? 俺、なんか嫌われることした!?」
「別に……そういう意味ではなくて」
「じゃあどういう意味なの!?」
うるさいわね、この子は。
「あんたみたいに、距離が近くて、
ぐいぐい来る人が……苦手なのよ」
「ぐいぐい来る……」
一瞬、彼の目が伏せられた。
でも次に顔を上げたときには、
もういつもの明るい笑顔に戻っていた。
「じゃあ、俺……これからは、
カミーユさんが逃げたくならない距離で、
ちゃんと守るよ」
「……は?」
「好きな人に嫌われたくないから!」
「……っ」
“好きな人”と言われ、心臓が妙に跳ねた。
やめて。
その言い方……やめて。
「カミーユさん、肉足りない? 半分あげよっか」
「いらない」
「遠慮しないで!」
「いらないと言っているのに!」
「じゃあ“あげるプレイ”はやめるわ!」
何だそれ。
食後、酒場を出ようとしたとき。
エリオットが私の後ろで、
ほんの少しだけ寂しそうに呟いた。
「……カミーユさんって、本当はすごく優しいのにね。
どうしてそんな顔で一人になりたがるの?」
「別に理由なんて……」
「ううん。きっと、理由あるよ」
そう言って、彼は笑った。
今までで一番、
優しくてあたたかい笑顔で。
「でもねカミーユさん。
俺はあなたがひとりで食べてるより……
なんか文句言いながら俺と一緒に食べてる方が、
ずっといいと思ってるよ」
——やめて。
そんなこと言われたら、また胸がざわつく。
「……勝手にすれば」
「うん! じゃあ明日も一緒ね!」
「約束してないわよ!」
「したもん!」
「してない!」
「したって言われた気がした!」
「気のせいよ!」
「じゃあ……気のせいごと大事にする!」
「意味がわからない!」
それでも、酒場を出たとき。
私は気づいてしまった。
(……あれ? あいつといると……)
胸の奥の“あのざわざわ”が、
なぜか少しだけ、弱くなるのだ。
(……ああもう。面倒くさい男。でもあいつといる時間嫌いじゃない。)
そう呟きながら、私は夜風の中へと歩き出した。




