真夜中に歌う海岸
ある日の真夜中、私は散歩に出かけた
ずっと在宅で仕事をしているし息抜きにはちょうどいいだろう
外に出ると月明かりが肌を浸透していく
点滅する街頭
眠ることを知らない自動販売機
暗闇の中に身を潜め目を光らせている猫
静かに眠りについている街は人がいなく昼の喧騒は嘘のように無くなっていて雰囲気が違った
なんとなくだが、路地裏に入ってみた
路地裏は大通りとは違い少し重く、奇妙な空気を纏っていた
その空気は何かこの世にはいないような不思議なものを引き寄せるようだった
しばらく進んでいると、どこからかかすかに歌が聞こえた
私は歌が聞こえ方へと路地裏の中を進んで行った
路地裏は曲がりくねっていて普通よりも距離が長く感じた
それでも歌声を頼りに歩いていると路地裏を抜けたら小さな砂浜と駅に着いた
こんなところに砂浜と駅なんてないはずなのになぜか特に違和感を抱くことは無かった
駅は寂れていてぼろぼろだった
砂浜の方も特に何もなく人が1人いるだけだった
その人が私の聞いた歌声の主のようだった
なぜ、こんなところで歌っているのか質問するために近づくと相手の方から話しかけてきた
「あら、こんばんわ、私に何か用でも?」
「歩いていたら歌声が聴こえてきてとても良い声だったので気になってここまで辿りついたんです」
「そうだったの、よくここがわかったわね、ここらの路地裏は複雑で道がわかっているって思っていても何故か違う所に出てしまうからね」
「そうなんですね」
確かにここに来るまでの道は複雑だった
この人の歌声が聴こえてこなければこの場所に来るのはほとんど無理だっただろう
「ところであなたはなんでこんなところで歌ってたんですか?」
ここで最初から疑問に思っていたことをきいてみた
「それはね、ここって他の人がくることがないから歌の練習にちょうどいいしここは景色が綺麗だしね」
言われて気がついたが確かにここは綺麗だった
ぼろぼろだがどこか趣がある駅のホーム
雲で見え隠れする月や星
そしてそれを綺麗に水面に映している海
普通に日常生活を送っていたら見ることない景色だ
「確かにあなたの言うとおりとってもいい景色ですね」
「そうでしょう、ここで歌うととても気持ちがいいのよ」
それからは特に彼女と話すことはなく景色を見ていた
いつもは見ることのない景色と隣から聞こえる歌声を聞きながら非日常を楽しんでいた
そんな時間はすぐに過ぎていき、もう街が起きだす時間帯になっていた
帰ろうとしていると彼女が話しかけてきた
「あら、帰るのね、結局あなたは最後まで自分の名前も名乗らないで私の名前もきいてくれなかったわね」
「じゃぁ、次にここで会ったときに名前ききましょう」
「でも、きっとあなたはここに来るまでの道がわからないと思うわよ」
「大丈夫ですよ、きっとあなたの歌声がここまで導いてくれますから」
私はそう言って朝焼けで空が染まる中で帰路に着いたのであった




