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神のご加護を持たない私ですが、女神のような友だちができました。

作者: あまNatu

 この世はクソッタレだ。


 ――バシャッ!


 いい音を立てて水が襲ってきた。

 頭からつま先までびしょ濡れになったネル・ヘティカは水のせいで見づらいメガネを抑えつつ、顔を上へと向けた。


「落ちこぼれがこんなところにきてんじゃないわよ!」


「加護ももらえないなんて、生きてる価値ないんじゃなーい?」


 くすくすと笑う声が耳障りだ。

 二階にある窓から体を乗り出して、こちらを見てくる女生徒には見覚えがある。

 一人は若さの女神、へーベーの加護を持つ女生徒、ベル。

 もう一人は花の女神、フローラの加護を持つ女生徒、カトレアだ。


「……うるさいわよ」


 ぼそりとつぶやいた言葉はもちろん届かない。

 ネルは濡れた鞄を抱きしめながら走り、急ぎその場を後にする。


 ――悔しい。悔しい。悔しいっ!


 どうしてこんな目に遭わなくてはならないのだ。

 ただ、ただ。

 【神の祝福】を受けていないだけで――!




 この世界は神との繋がりが深い。

 数多いる神々は、数多いる人々が生まれ出る時に祝福を与えるという。

 例えば先ほどの女生徒。

 若さの神へーベーの加護を受けたベルは、群を抜けた美しさを持つ。

 かの女神の加護がある限り、彼女は歳をとっても老いることはない。

 花の女神フローラの加護を持つカトレアは、好きな花を自在に出し操ることができる。

 これだけ聞くとなんとも言えない能力に思えてくるが、これが別の神になると話が変わってくるのだ。

 例えば戦神アレス。

 アレス神の加護を受けたものは、その身を戦場に置く定めである。

 その子どもの未来をも左右するその加護は、全てのものが受けるといっても過言ではない。


 ――もちろん、例外はいる。


 それがネルだ。

 ネルは神の加護を受けることができず、生まれた時から【できそこない】【加護なし】と呼ばれ蔑まれていた。

 このアテナ学園へとやってきてからも、それは変わらない。

 先ほどのように馬鹿にされては、惨めな扱いを受ける日々。


「…………もう、消えたい」


 なんのために生きているんだろうか?

 誰かの自尊心を守るための存在ではないんだ。

 蔑まれるだけの日々なんて……。


「もう、消え――」


「邪魔ですわ」


 突然聞こえた声にパッと顔を上げれば、そこには一人の女神がいた。

 いや、正確にはネルと同じ制服を着ていることから、一人の女生徒だ。

 だが目の前にいる女性があまりに美しすぎて、とても同じ人間だとは思えなかったのだ。

 波打つ光り輝く金色の髪に、同色のぱっちりとした瞳。

 目の前の人は、きっと美の女神アフロディーテの加護を受けた人なのだろう。

 彼女はびしょ濡れのネルを見て、形の整った眉を上げる。


「あなたなぜそんなにびしょ濡れなんですの?」


「…………関係ないでしょ」


 ふいっと顔を背けたネルは、思わず体の動きを止めてしまった。

 視線の先に映ったのは、とある男子生徒だった。

 銀色の髪に、美しい緑色の瞳。

 柔和な笑顔は、見る人を魅了する。

 同じクラスの女子が騒いでいた。

 彼こそが理想の王子様だと。


 ――リアム・ゼノン。


 神の頂点に立つ、全知全能の神。

 ゼウスの加護を持つ男性。

 その輝きには、さすがのネルも無視できなかった。

 慌てて己の体を隠すように近くの壁を背にすれば、それを見ていた美しい女生徒が小首を傾げる。


「なにしてますの?」


「しっ! 私は――」


「ネル? 久しぶり。……濡れてるね。どうしたの?」


 しまったと思った時には目の前にリアムが来ていた。

 彼はネルを見かけて声をかけてくれたが、びしょ濡れの姿に眉を寄せた。

 最悪だ。

 こんな姿絶対に見せたくなかったのに……!


「べ、別に! ちょっと下手しただけよ。……あんたには関係ないでしょ」


 ふいっと顔を背けつつ言えば、目の前のリアムの顔が悲しげに歪む。


「……幼なじみなんだよ? 心配くらいさせてくれても」


「――やめて! そんなことここで言わないで!」


 誰かに聞かれていないかと周りを見回し、すぐそばに例の美しい女生徒がいることを思い出した。

 ネルは彼女の腕をガシッと掴むと、リアムに向かって言い放つ。


「いい!? 私とあんたは赤の他人よ!」


「ネル……。でもっ」


「もう、放っておいて!」


 一秒でも早くリアムから離れたくて、ネルは女性の手を掴んだまま早歩きでその場を後にする。

 しばらく道を進み、リアムから完全に離れたのを確認して足を止めた。


「……ひとまず、悪かったわね。こんなところまで連れてきて……」


「構いませんけれど……」


 美女はちらり、とネルを見る。


「あの坊やがお好きなんですわね?」


「――は、はぁ!? なに言ってんのよ!?」


「あら? 間違いでしたかしら?」


「違うに決まってるでしょう!? あ、あんなやつ……好きじゃ……ないわよ」


 最後の方が尻窄みになってしまったのは悔しかったけれど、それどころではないと頭を何度も振った。

 リアムのことを好きなんであり得ない。

 だって彼は――。


「あいつはゼウス神の加護を持ってるのよ!? ……加護なしの私なんかじゃ……釣り合わないわよ」


 学園に入ったばかりの頃は、よく話をしていたのだ。

 リアムだけは、加護なしだとネルを馬鹿にしたことがなかったから。

 だからよく一緒にいたのだが、この学園にきてから全てが変わった。

 彼は神の中の神である、ゼウスの加護を持つ特別な存在。

 そんな彼に恋する女の子は多い。

 中には有名な神の加護を持つ女生徒だっているのだ。

 少なくとも加護も持たないネルは、彼の隣に相応しくない。


「私なんかじゃ……、リアムに迷惑かけちゃうもの」


 だから離れなきゃ。

 そばになんていちゃいけないんだ。

 例えそれがどれだけつらくても。

 それが、彼のためなのだから。


「――そんなふうには見えませんでしたけれど……」


「なにか言った?」


「……いいえ。それよりあなた、加護なしなんですわね?」


 しまった、と慌てて口を塞いだがもう遅い。

 こんな美女学園にいたら絶対に目立つし、なによりネルのことを知らないなんて、きっと編入生だ。

 なのに勝手に自分の弱みを曝け出すなんて……。

 やってしまったと頭を抱えるネルに、美女は美しく微笑みかけた。


「――いい機会ですわ」


「……なにが?」


「こちらの話です。わたくし、ユノ・ゼノーと申します。――あなたと同じ、加護なしですわ」


「………………冗談でしょ?」


 一体なんの冗談を言っているのだと、ネルは大きく目を見開いてユノを見つめる。

 こんなに綺麗な女性が、加護なしなわけがない。


「アフロディーテ神とか……ほら、美の女神の……!」


「あら、ありがとうございますわ。ですが正真正銘、わたくしは加護なしですわ」


「……………………マジ?」


「マジですわ」


 変な言葉……。

 と心の中で呟くくらいには、ネルは混乱しているようだ。

 自分以外に加護なしを初めて見たのもそうだし、こんなに美しい人が自分と同じだなんて、どうしても信じられなかった。


「…………」


「疑いの視線を感じますわぁ。まあ一緒にいれば、よくわかるのではないかしら?」


 まあ確かに、加護とは本人の意思関係なく発揮されるものでもある。

 例えば先ほどネルの頭に水を落とした女生徒、花の女神フローラの加護を持つ彼女が道を歩くだけで、花が咲き誇るのだ。

 もちろん若さの神へーべーの加護のように、すぐにわからないものもあるが、大体は少し一緒にいればわかるようになる。


「――ん? 一緒に?」


「ええ。わたくし、本日よりこの学園にやってまいりましたの。……ですから、お友達になってくださいませんか?」


「……私が?」


「ええ。あなたのこと、気に入りましたの」


「……どこを?」


 気に入られるようなところを見せた記憶がない。

 ユノの言っている意味がさっぱりわからないと小首を傾げてみせたが、当の本人は何度も頷いた。


「その自信なさげなところ。自分を卑下するところ。他人の気持ちに鈍感なところ。ぜーんぶわたくしにはないところすぎて、逆に気に入りましたわ」


「――馬鹿にしてる?」


「まさか!」


 ネルの中のコンプレックスと呼べるものをいくつも出された気がする。

 普通なら一睨みでもするのだが、ユノから嫌味を感じないため疑問形になってしまった。


「わたくしがそばにいて、あなたを変えてみせますわ!」


「……変える?」


「そんなわけでよろしくお願いいたしますわ。わたくしのことはユノと。あなたのことはネルと呼びますわ。……あら? 自己紹介ってしていただきました?」


「……ネル・ヘティカ。加護なしよ」


「改めまして、ユノ・ゼノーですわ。わたくしも加護なしですので、仲良くいたしましょう」


 傷一つない手を差し出されて、ネルはしぶしぶ握り返した。

 同じ加護なしというレッテルを貼られたもの同士、仲良くするというのはいい案かもしれない。

 まあ、それができるかどうかは話が別だが。


「ひとまずその卑屈な考えをぶっ壊しましょう」


「言いかた物騒!」




 それから、ユノとの日々は始まった。

 彼女は隣のクラスに編入したらしくすぐに話題の的となり、あれこれ噂を聞いた。

 まずはクラスの男たちを次々虜にし、女子たちの反感を買ったこと。

 そしてユノは自らが加護なしであることを隠しもしないらしく、そのこともすぐに話題となった。

 あれだけ美しい女性なのにと、誰もが嘆いたらしい。

 なんて馬鹿らしいやつらだと、ネルはすぐに他のことに意識を集中させた。

 

「まずは立ち姿ですわ。ここ、ここを伸ばして顎をひいてくださいませ」


「……こう?」


「ぜんっぜんなってませんわ!」


 なにをさせられているのだろうか?

 なぜかネルは今話題の人、ユノに呼ばれ立ち姿のレッスンを受けている。

 この間は髪のアレンジで、明日からは化粧を教えてくれるらしい。

 一体なにがしたいのか、皆目見当がつかない。


「なんでこんな……」


「顎を下げない! 下を向かない!」


「――っ! な、なんで、こんなこと、するの!?」


「このわたくしが目をつけたんですから、それなりになってもらわないと困りますわ」


「うん、意味がわからない」


 なにが言いたいのか全くもってわからない。

 これはもう理解するのは不可能だろうと諦めた時、ユノがネルの丸まった背中を叩く。


「あの坊やが好きなら、それに似合う女性におなりなさいな。いえ、わたくしがして差し上げますわ!」


「――はあ!? なにそのおせっかい! 私は……」


「背筋を伸ばす! すぐ下を向くのは悪い癖ですわ!」


「だから――!」


「自分の本心に嘘をつくなんて、そんな愚かなことをすべきではありませんわ。いいから、あなたを最高のレディにして差し上げます!」


 いらぬおせっかいだ!

 と叫びそうになったネルだったが、それよりも早くどこからともなく笑い声が聞こえてきた。

 慌てて声のしたほうを見れば、そこには以前、ネルに水を被せたベルとカトレアがいた。


「加護なし同士が傷の舐め合いをしてるわ」


「惨めねぇ。本当にかわいそう。神様に見放されるなんて……生きててつらいでしょうに」


 憐れむようなことを言いつつも細く笑んでいる顔に、ネルはむっと眉間に皺を寄せる。

 余計なお世話だ、と言ってやりたいが、言ったところで無駄なことはわかっていた。

 最初は食ってかかっていたのだ。

 あなたたちには関係ないだろうと言ったこともある。

 けれど彼女たちはそれでも飽きずに【加護なし】と言ってくるのだ。

 その原因はわかっている。

 それは……。


「本当に惨め。――そんなやつが、リアムに擦り寄ってんじゃないわよ」


 やはりその内容だったかと、ネルはバレぬようため息をつく。

 どうやらベルはリアムのことが好きらしい。


「リアムはあんたなんか眼中にないの。わかる? それ以上惨めになってどうするの?」

 

 学園に入学したばかりのころは、リアムと一緒にいることが多かった。

 そんな二人を、周りは許してくれなかったが……。

 ゼウス神の加護を持つリアムには相応しくないと言われ続け、さすがのネルもつらくなってしまったのだ。

 ネルを庇うリアムの姿ももう見たくなくて、彼のそばを離れたのに。

 どうやらこの間の再会を見られていたらしい。

 ベルはネルに近づくと、その胸元を強く指差した。


「二度と近づくんじゃないわよ。次近づいたら、水じゃ済まさないからね」


 ベルはそれだけいうと、カトレアとともに去っていった。


「…………」


 わかってる。

 自分はリアムに相応しくないと。

 だから彼のそばを離れたというのに……。


「なんでこんな……っ」


 こんなことを言われなくてはならないのだろうか。

 ぐっと眉間に皺を寄せた時、その皺にユノの指先が触れた。


「眉間の皺。跡になってしまいますわよ?」


「…………今の見てたでしょう? なにやっても無駄なのよ」


「あらあらあら。本当に卑屈ですわぁ」


 イライラが募る。

 だが怒ったところで無駄なのはもうわかっているので、ネルは口を閉ざした。


「なぜ今のでそんなに卑屈になる必要があるのでしょう?」


「……あのさ、今の見てたでしょう? 私は――」


「ネルは彼女にとって、脅威ということでしょう?」


「…………は?」


 ユノはその美しい髪の先を指に巻き付けながら口を開く。


「彼女は明らかにあなたを敵視してましたわ。それも恋愛関係で。それって、彼女にとってあなたが脅威だからですわ」


「……脅威? …………私が? そんなわけ」


「恋愛に置いて、箸にも棒にもかからない人を、あんなに牽制する必要があります? 少なくともわたくしならそんなちっぽけなもの、目にも入れませんわ」


 ユノの言葉に、ネルは思わず考えてしまった。

 あのベルがネルという存在を脅威に感じている?


「……まさか、そんな」


「わたくしにはあの……り……り?」


「リアムよ」


「ええ、そのリアム? とかいう坊やのなにがいいのかちっともわかりませんけれど、あなたがお好きだというのなら手を貸しますわ」


 ネルは思わずユノのことを凝視してしまう。


「嘘でしょ? あんなにかっこよくて優しくていい人、そうそういないわよ!?」


「恋は盲目ってやつですわね」

 

「――ちがっ!」


「わたくしもう愛だの恋だのはこりごりなんですの。しばらくは関わり合いたくもないと思っておりましたけれど……。あなたのために一肌脱ごうと思っておりますわ」


 一体この美女になにがあったのだろうか?

 いや、美女だからこそ、なにかあってしまったのだろう。

 もったいないなと思う。

 ネルがユノだったら、もっと自信を持ってリアムのそばにいれたというのに。


「……どうしてそこまでしてくれるの?」


 ついこの間出会ったばかりのネルに、どうしてそこまでしようと思えたのだろうか?

 不思議そうなネルに、ユノは白魚のような白く細い指先を向けた。


「このわたくしが、あなたを、認めたからですわ!」


「……それ答えになってる?」


「なってますわ! わたくしが認めた存在が、自らを否定するなんてありえませんわ」


 やはり答えになっていない気もするが、ユノが認めてくれたというのは少し嬉しい。

 お互い加護なしのできそこないゆえ、ただの慰めの言葉かもしれないが、それでも嬉しいものは嬉しかった。

 自分を認めてくれる人がいるというのは、心地がいい。


「ですのでまずは見た目を変えます。一番手っ取り早い自信がつきますわ」


「えぇ……」


「まずは美容に力を入れて、内面から輝きましょう!」


 なにやらやる気に満ちているユノに、ネルはなんとも言えない視線を送った。





「ほら。髪型ひとつでもこんなに変わりますのよ?」


「ほぇぇ……」


 本当に違うと、ネルは手鏡に映る己の姿を見つめる。

 いつも一つに結われていた髪は下ろされ、軽くウェーブがかっている。

 ユノと似たような髪型に、ネルはなんども首を振っては確認した。


「すごい……。本当に変わるのね」


「次はお化粧ですけれど、手始めにこちらを」


「……口紅?」


「淡い色のを用意いたしましたわ。血色がよく見える程度ですので、初心者におすすめですわ」


 そう言われたら気になってしまうと差し出された口紅を手にとり、軽く塗ってみる。

 ほんのりとピンク色が濃くなった唇は、確かに血色がよくなったように思えた。

 それと同時に顔の印象も変わってくる。

 青白かった肌色にも、少しだけ熱が戻ったようだ。

 なるほどこうやって女性は美しくなるのかと感心していると、そんなネルを見てユノは口を開く。


「もともとネルは原石なんですわ。それをちょっと磨いただけのこと。……自信をお持ちなさい」


「…………」


 自信。

 ネルは鏡の中の己を見て、それからちらりとユノを見る。

 あまりにも美しすぎる存在には、嫉妬というものすら抱かないのだなと己の心に気がついた。

 彼女のように美しくなりたいとは思いつつも、それを羨むには己という存在は程遠すぎた。


「……自信って、みんな持ってるものなのかな?」


「さあ? にん…………こほん。他のもののことなんて、興味もありませんわ」


 本当に興味がなさそうなユノに、ネルは不思議そうな顔をする。


「なのになんで私にはこんなに……」


「いいましたでしょう? 気に入ったと。それだけでじゅうぶんな理由ですわ。このわたくしが人間に興味を持つんですから」


「まあ……そうね」


 実際ユノは他人に一切の興味を持っていない。

 この学園に入ってからというもの、なんども男子生徒に告白という名の呼び出しを受けているようだが、彼女は一度も向かったことがないようだ。

 全くもって興味がないらしく、同じクラスの生徒と話しているところも見たことがない。


「……私、あなたが気にいるような人間じゃ――」


「――ネル?」


 突然聞こえた声に慌てて振り返れば、そこにはリアムがいた。

 彼はネルとユノに近づくと、不思議そうな顔をする。


「……びっくりした。髪型変えたんだね?」


「え? あ、……ええ。まあ……」


 なんだか恥ずかしい。

 ただ髪型を変えただけなのに、それをリアムに見られるのが気まずいのだ。

 さっと顔を背けたネルに、リアムはスッと瞼を落とした。


「……急にどうしたの? なんでそんなこと……?」


「……え?」


 急にどうしたのだろうか?

 なにやらリアムから醸し出される雰囲気が変わった。

 もしかして怒っている……?

 いつも笑顔のリアムから想像できない空気感に、ネルは思わず一歩後ずさった。


「な、なによ。……そんなに変?」


「変? まさか。とっても可愛いよ」


「…………ぅ」


 顔を赤くしてなるものかと我慢したが無理だった。

 かあっと赤くなったところを見られたくなくて顔を伏せる。


「でも急だったから……。ネル、好きな人でもできた?」


「は? え? いや! そ、そんなわけないじゃない!」


 ネルの初恋はリアムで、それからずっと片想いだ。

 今さら誰かに恋をすることなんてない。

 慌ててなんども首を振り手を振れば、リアムはいつも通りの雰囲気に戻った。


「そっか。……いつものネルも可愛いけど、今のネルも可愛いよ。とっても似合ってる」


「そ、そりゃどうも……」


 コロっと変わったリアムの態度に困惑しつつも礼をいえば、彼はそのままネルの隣にいるユノをその瞳に映した。


「ところでそちらは……?」


「――あ、こちらはユノ・ゼノー。私と同じ加護なしで……友だち」


 今まで友人なんていなかったから、本当にこの紹介をしていいのか少しだけ不安になった。

 だからこそ語尾が小さくなってしまったのだが、リアムにはきちんと届いたらしい。

 彼はユノを見て、しばし固まった。


「…………君は」


「…………」


 なんだろうか?

 この雰囲気は。

 リアムとユノは見つめあったまま、しばし沈黙を貫いた。

 その姿がお似合いで、ネルの心に焦りが募る。

 もし、もしリアムがユノのことを好きになってしまったら、ネルは今まで通り二人と接することができるのだろうか?


「…………リアム?」


「――あ、いや。なんでもないよ。ごめん、邪魔したよね? それじゃ、またね」


 リアムはそれだけいうと、早足にその場を後にした。

 今のは一体なんだったのだろうか。

 なんとなく嫌な予感にユノのほうを見れば、彼女はリアムがいなくなったほうを眺めていた。


「……ユノ?」


「――なんですの?」


 これは……。

 ネルは束の間考える。

 もし仮にユノとリアムがお互いに一目惚れをしたのだとしたら……。


「…………」


「ネル? どうなさいました?」


「……ユノは、リアムのことどう思う?」


 恋はしないと言っていたけれど、そんなのいつ変わるかわからない。

 もし本当にそうだったのなら、ネルは一体どうしたら――。


「ネルには申し訳ございませんけれど……」


「――っ」


「どこがいいのかさっぱりですわ」


「…………へ?」


 予想外の返事に、ネルは無意識に握りしめていた拳をゆっくりと解いていく。

 ユノははあ、と大きくため息をつきつつもそっと己の頰に手を当てた。


「わたくしにはただの子どもにしか見えませんわ。だいたいあのぜ……いえ、なんでもないですわ。――とにかく、わたくしにはただの子どもとしか思えませんわ」


「でもさっき、見つめあって……」


「ああ、それは――」


 そこまで口にして、ユノはハッとしたようにネルを見た。


「違いますわよ!? わたくしももちろん彼も、決してお互いに見惚れたとか、そんなんじゃありませんわ!」


「でも……」


「あなた鈍感にもほどがありますわよ? 彼は明らかにあなたのことが好きですわ!」


「……ユノ、彼の名前覚えてる?」


「全く!」


 本当に興味はないらしい。

 いつまで経ってもリアムの名前を覚える気がないのが証拠だ。

 それどころかリアムがネルのことを好きだなんて……。


「ありえないわよ。リアムが私のことを好きなんて」


「…………これは……もっと本格的に意識革命をしないといけませんわね」


 ありえないと己の中で呟きつつも、先ほどのリアムの態度が気になった。


「…………」


「そうですわ。ダイエットもしつつ、美肌を作るためにわたくしお手製の美容液を差し上げて……」


 リアムはどうして、一瞬怒りのような表情を見せたのだろうか?

 もし仮に彼のいうとおり、ネルが誰かを好きになったらどう思うのだろう?


「――そうですわ! 今日からわたくし、ネルと同じ部屋で寝ます。一緒に美容合宿ですわ!」


「ちょっと!? 勝手に決めないでよ!」





 その日からネルは変わった。

 ユノの美容合宿が功を奏したのか。

 はたまた心境の変化があったからか。

 なんとなく己の容姿というものに気を使うようになった。

 外に出る時はメガネを外し、髪型も気を使った。

 肌も毎日保湿をし、食生活も気を使う。

 するとどんどん己の容姿が良くなっていくのがわかるのだ。

 そうなるとなんとなく面白さのようなものも感じ始めて、最近は進んでユノから学んでいる。

 今日も軽く化粧を施して、目元には薄くラメが入っている。

 ユノのいう通り見た目の変化は心境の変化にもつながっていくのがわかる。

 最近は少しだけ、外に出るのが楽しい。


「ユノの言ってることが、最近ちょっとだけわかってきたわ」


「そうでしょう、そうでしょう。内側から溢れ出る自信! それに似合うだけの美を持った時、女というのは誰もが見惚れる存在になるんですわ」


「見惚れるかはわからないけれど……」


 下を向くことが多かった人生に、ほんの少しだけ変化が出た。


「――前を、向けてる気がする」


 それはもちろん姿勢の話でもあるけれど、心でもそうだと思った。

 ほんの小さな自信は、徐々に大きくなっていく。

 穏やかに微笑むネルを見て、ユノはにやりと口端を上げた。


「んっふふ。とってもいい感じですわぁ! これでこそわたくしのか――いえ、友ですわ!」


「か?」


「気にしないでくださいませ!」


 ごほんと咳払いしたユノは、しかしすぐに表情を楽しそうなものに変えた。


「それで? いつあの……坊やに告白するんですの?」


「リアムね。……しないわよ」


「名前なんてなんでもいいですわ。なぜしないんですの!? 絶対に彼も――」


「私は加護なしだから。……リアムには相応しくないのよ」


 たとえもし仮に、本当にリアムがネルのことを好きなのだとしても、周りがそれを許してはくれないだろう。


「彼はあのゼウスの加護を持ってるのよ? 特別な存在には、それに似合うだけの特別な人がそばにいないと」


 彼はゼウスに認められた存在なのだ。

 加護も持たない己では、本来近づくことすら烏滸がましい。

 だからこの想いはずっと伏せておくのだ。

 ……彼の未来を妨げることなんて、したくはない。


「――本当に。そこだけがネックではあるんですわよね。よりにもよって……」


「ユノ? なにか言った?」


「いいえ。なにも」


 なにか独り言を呟いていたようだったが、ユノは軽く首を振って否定した。

 まあ無理やり聞き出す必要はないだろうと話を止めようとした時だ。

 それよりも早く、ユノが少しだけ真剣そうな面持ちで寝ると向き合った。


「……ネルは加護を持っていたら、その人に告白してました?」


「――なに、急に?」


「単なる好奇心ですわ」


 まあ単なる好奇心程度なら、こちらも気軽に答えていいだろう。

 もし己に加護があったとしたら。

 そう考えて、すぐに答えは出た。


「……してないわね。結局、加護があったって自分に自信なんてないもの。あれこれ言い訳しては、無理だって思ってたはずよ」


 今と同じように、あれこれ理由をつけてはその選択を避けていたはずだ。

 結局自信がないことには、変わりがないのだから。


「でも今の私で加護持ちなら、もしかしたら告白してたかもね。――ユノ、あなたってすごいわ。あんなに後ろ向きだった私の気持ちを、こんなに前向きに変えられたんだもの!」


 ほんの少しだけ自信が持てた今、加護を持っていたのなら話は変わるかもしれない。

 けれどそれもただのタラレバの話だ。

 ならそんな話をするよりも、そばで見守ってくれるユノにお礼がしたい。

 そんな思いで口にしたのだが、それを聞いたユノの顔がほんのりと赤く染まる。


「あなた……なかなかにタラシですわね」


「素直な気持ちよ」


 照れるユノが可愛くて、ネルはにししっと笑った。


「ありがとね。……誰かが自分に期待してくれるのって、気分がいいのね」


「……当たり前ですわ。このわたくしが選んだんですもの」


「はいはい、そうねー」


 そんなやりとりをしつつも歩き出し、そばにあったベンチへと腰を下ろす。

 手鏡をとりだし薄い色の口紅を塗る。

 はみ出さないように気をつけつつ、真ん中をより色濃くしていけば完成だ。

 ユノのほうを見れば、納得したように頷いてくれた。


「及第点ですわ」


「きびしい……」


「まだまだ美容合宿は始まったばかりですわ!」


 やる気に満ちたユノに笑ったその時だ。

 ネルはまたしても頭から水を被った。


「――っ!?」


「――調子に乗ってんじゃないわよ!」


 びっしょりと濡れたネルは、濡れる己の手元を眺める。

 滴る水はただの水じゃない。

 泥水だ。

 それに気がついたネルは慌てて隣を見た。

 そこに座るユノもまた、泥水を被っていたのだ。

 あんなに美しく輝いていた髪は濡れ乱れ、伏せた顔に泥がへばりついている。

 その姿を見た時、ネルの頭に血が昇るのがわかった。

 自分のせいでこんな目に遭わせてしまうなんて。

 怒りに目の前が真っ赤になりそうだ。

 ネルは立ち上がると振り返り強く睨みつけた。


「あんたみたいな加護なしの出来損ないがいくら着飾ったって、誰も見てくれないわよ!」


「――あんたっ!」


 自分だけならまだいい。

 我慢なら慣れているから。

 しかしユノは違う。

 彼女はたとえ加護なしであろうとも、その存在が特別なのだ。

 そんな人がこんなふうに泥水をかけられるなんて……。

 あってはならないことだ。


「いい加減にしなさいよっ! 私がなにしたっていうの!?」


「その存在が迷惑なのよ。加護も持たない女が――彼のそばをうろちょろしないで」


 ネルを嫌うベル。

 ベルはリアムのことが好きなようで、なにかにつけてネルに突っかかってくる。

 今までならそれに対して怒りが湧くことはあれど、もう面倒だと反発なんてしなかった。

 だがこれは違う。

 怒りが頭を占領していく。


「……ユノがいったとおり」


「なに?」


「――あなた、私に嫉妬してるのね」


 ネルの指摘が図星だったのか、ベルの顔が大きく歪む。

 だがそんなことを気にできるほど、今のネルに余裕はない。


「私とリアムの仲がいいから、だから――」


「彼は特別よ!? あなたみたいな加護なしなんて、相手にもしないわ!」


「ならなぜ私に突っかかるの? 脅威に思ってるからじゃないの? あなたのいう、加護なしのできそこないに」


「――っ」


 ベルの顔がサッと赤らむ。

 先ほどのネルと同じように怒りに顔を歪めたかと思うと、ベルは力強く腕を振り上げた。


「――ふざけんじゃないわよ! 私とあんたじゃ、格が違うのよ!」


 ネルは怯まなかった。

 たとえその腕が振り下ろされようとも、己は間違っていないと思えた。

 友人を傷つけられた。

 これだけは、我慢できないことなのだ。

 たとえ鋭い痛みがこの頰を打ち抜こうとも、絶対に目を逸らしてなるものか。

 それが弱いネルができる、唯一の抵抗。

 最後の最後までベルの瞳を睨み続け、つぎに訪れるであろう衝撃に体が力んだ。


「――っ! ……………………?」


 だがいつまで経っても、その衝撃は訪れなかった。

 目の前にいるベルは大きく目を見開き固まっている。

 彼女の振り下ろそうとした手がブルブルと震える。

 歯を噛み締め力を込めるが、一向に手が動かない。


「――どうして!?」


 己の体がうまく動かないことに驚愕するベルは、そう叫んだ。

 すると思っていたよりも近くから、答えが返ってきた。


「嫌がってるんですわ。――あなたの中の女神が」


 ネルが慌てて振り返れば、そこには濡れた髪をかきあげ立ち上がるユノがいた。


「へーベーはよい子でしたもの。嫌がるのも当たり前ですわ」


「――なに? なにを言って……」


 ベルが震える喉でそう問うた時、ユノの指先が向けられた。

 ただそれだけ。

 それだけなのに、突然ベルは糸の切られた人形のように崩れ落ちた。


「――!? な、なんなのよ、一体……っ!」


 なにかに恐怖しているのか。

 ベルはカタカタと震えながらユノを見上げる。

 そんなベルをユノは当たり前のように見下ろした。


「あなたに加護を与えているのはへーべー。――わたくしの子どもですわ」


「………………いま、なんて?」


「子が母に手をあげるなんて……彼女が許すはずがありませんわ」


 驚愕の表情でユノを見るベルとネル。

 今、彼女はなんと言った?


「正体を明かすつもりなどなかったのですけれど……。ネルのためですもの。致しかたありませんわ」


「――ユノ?」


 ユノはベルの前に立つと、声高らかに告げた。


「我が名はヘラ。全知全能の神ゼウスの妻にして、神々の女王。――あなたに加護を与えたへーべーは、このヘラから産まれた存在。わたくしの加護を与えたネルに、あなたが手を出せるわけがないでしょう?」


「…………」


 ぽかんだ。

 ネルもベルもそろって口をあんぐりと開けている。

 当たり前だ。

 今目の前で、あまりにも予想外のことが起きているのだから。


「…………女神ヘラ? あなたが……?」


「あなたの中のへーべーに聞いてごらんなさい。このわたくしに指一本触れることができるか、と」


 ベルは困惑に顔を歪ませながらも、ユノに向かって手を差し出した。

 指先が制服のスカートに触れるか触れないかの瀬戸際でぴたりと止まる。

 まるで触れることを拒むかのように。


「――まさか、本当に……?」


「信じられませんの? まあ、神の加護を受けているとはいえ、その神の姿も見たことのない小娘が、このヘラに会えたんですもの」


「――」


 黙り込んだベルは、己の手をじっと見つめる。

 動かしたいのに動かないというのは、初めての経験だろう。

 彼女は己の手を見つめた後、ハッとしたように頭を下げた。


「――大変なご無礼をいたしました! まさかヘラ様だとは気づかず……」


「当たり前ですわ。人間如きに気づかれるような変装をしていませんもの」


「――っ、そ、そのっ。先ほどおっしゃっていた……ネルに加護を与えたというのは」


「事実ですわ。私の加護を与えました」


「はい!?」


 流石のネルも思わず声を上げてしまった。

 ユノが女神の中の女神。

 ゼウスの妻、ヘラだったこともそうだがそれよりも、彼女は今、ネルに加護を与えたと言わなかったか?

 思わず己の体を確認してみるが、特に変わったところはない。


「そ、そんな気配ないんだけれど……」


「加護なんてそんなものですわ。――それにわたくし、結婚と家庭を司る女神ですもの。結婚してからでないとこの加護の力は得られませんわ」


「――あ、そうか。確かにそうだった」


 女神ヘラは結婚と家庭を司る女神。

 過去彼女の加護を受けたものを知らなかったため失念していたが、確かに目立った力ではない。


「実はゼウスと喧嘩しまして。飛び出してきたんですの」


「喧嘩!? ゼウス様と!? なにしてんの!?」


「夫婦ですもの。喧嘩くらいしますわ」


 あ、そうかと、納得した。

 ついただの友だち、ユノとして見てしまうが相手は同じ神様であり、ゼウスと唯一対等と言えるであろう彼の妻だ。

 喧嘩くらいはできるのだろう。


「飛び出したはいいもののフラフラするのも性に合いませんし、どうしようかと思っていたところこの学園を見つけまして。暇つぶしに入学しようとしたらネルを見つけたんですの」


 そんな理由で神が学園に入るなんて。

 あり得ないと首を振るネルに、ユノは人差し指を顎に当てた。


「神なんてそんなもんですわよ?」


「そ、ソウナンデスネ」


 神の中の神に言われるのだから、きっとこれが事実なのだろう。

 まあ実際目の前に女神がいるのだから、これ以上なにもいえなかった。

 黙り込んだネルの腕に己の腕を絡ませつつ、ユノは座り込むベルへと視線を向けた。


「このこと、他言無用ですわ。ネルに加護が与えられたことも、わたくしの正体も。あなたにはいつでもへーベーの目があること、忘れぬよう。あの子にあなたを加護することをやめるよう命ずることなど、わたくしには簡単なことだと理解なさい」


「――は、はいっ! もちろんです! 絶対に口にしないと誓います!」


「ならいいですわ。わたくしとネルへの無礼も一旦飲み込んで差し上げます。今すぐに、ここから去りなさい」


「はい! ありがとうございます!」


 ベルはなんどもなんども頭を下げると、早足でこの場を去っていった。

 残ったのはネルとユノだけだ。


「……どうして黙ってたの? ヘラ神だって」


「話して信じました?」


「……どうだろう?」


 出会ってすぐの時にこんな話をされたら、確かに信じなかったかもしれない。

 いくら彼女が女神の如き美しさだとしても、その女神本人だとは思えなかっただろう。


「――! てか、加護って!」


「ネルが殴られそうになる間際に与えましたの。本当はそれこそ祭の如き宴を催したのちに、盛大に祝われながら与えたかったのに……」


 残念ですわ、なんていうユノに、ネルは頭がくらくらし始める。

 なんてことをこの神は画策していたのだろうか。


「そんなことしようとしてたの!?」


「あら、このわたくしが加護を与えるなんて早々ないことですわよ? それはもう盛大に――」


「その話はいいから!」


 ネルは組まれた腕を解くと、真正面からユノを見つめた。


「どうして私に加護を? ……同情したの?」


 どうしてもその理由が知りたかった。

 そこを知らずして、これからもユノと普通に接することはできないと思ったからだ。

 かわいそうだから、なんて理由じゃ、少なくとも対等でいられない。

 ユノとは、まだ友だちでいたいのだ。

 だから聞いたその問いに、ユノは軽く首を傾げた。


「同情? わたくし、あいにくそんな感情持ち合わせていませんわ」


「…………じゃ、じゃあなんで」


「言ったじゃないですの。わたくしと真逆なところが気に入ったと! 神は気まぐれですわ。ただ気に入ったというだけで寵愛を与えるものなんですのよ」


 なんとも適当な答えに、ネルの肩に入っていた力が抜ける。

 なるほどこれは確かにユノは神様だ。

 こんな適当かつあやふやな答えを導き出せるなんて。


「……本当に神様なのね」


「加護は持っていませんから、嘘は言ってませんわよ」


 くすくすと笑うユノに、たまらないと大きなため息をついた。

 確かに彼女はなに一つ嘘をついていない。

 ユノは加護を与える側の存在なのだから、加護なしで当たり前なのだ。


「本当はあの坊やとネルをくっつけるのも嫌なんですわよ? ゼウスの加護持ちなんて……。ですが致し方ありませんわ。あなたの気持ちを優先します」


「……どうしてユノは、そこまでしてくれるの?」


 ヘラは女神の中の女神なのだ。

 ネルのような存在、その目に入れることすら本来ならなかったというのに。

 ただあの時出会っただけのネルに、どうしてここまでしてくれるのだろうか?

 その答えもまた、とても簡単なものだった。


「友だちだからですわ。わたくし、友だちなんて初めての存在なんですの。それを大切にしたいと思うのは、普通ではなくて?」


「…………」


 友だち。

 友だちかぁ、とネルは心の中でつぶやく。

 神様と友だちだなんて、この世界中の人が驚くだろう。

 けれど、なんていい響きだ。


「それよりも! わたくしの加護を持つことになるんですから、今まで以上に美容研究に勤しみますわよ!」


 そう言って腕を組んでくるユノに、ネルは思わず笑ってしまう。

 この女神様には、どうしたって敵わないのだ。


「もちろんよ。――最後まで付き合ってね?」


「あなたを最高の女性にしてみせますわ!」


「と、その前にお風呂入りましょ。泥だらけ……」


「一緒に入りましょう! むくみをとるマッサージを教えてさしあげますわ!」


「はいはい」



 その日、加護なしだったネルは女神の加護を受けた。

 全知全能の神、ゼウスの妻にして、女王ヘラ。

 彼女はネルの加護主にして――一番の親友だ。

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