A級申請
俺達は帰還のスクロールでダンジョンから戻って来た。今はギルドの地下倉庫に転移したばかりだ。
そして、俺の目の前には大魔石の山。更には金属塊を片手に唸る、ギルドマスターの姿もあった。
「アルベルト。また、待ち構えていたのか?」
「いや、そうじゃねえよ。未知の金属が転送されたって聞いてな」
アルベルトの持つ金属塊は、ギガンテスのレアドロップだ。未加工の金属は珍しいが、前例が無い訳では無い。
しかし、大抵は中層で回収されるミスリル銀。魔力を持つ素材の為、あらゆる武具へ加工され、冒険者用の装備として活用されている。
「しかし、黄金色か……。俺は初めて見るが……」
「恐らくオリハルコンだ。エルフ族のダンジョンから稀に産出されている」
アルベルトがポカンと口を開く。俺の言葉が衝撃的で、理解が追いついてないのだろう。
その証拠に、少ししてから激しい変化が起こる。彼は取り乱した様子で金属塊を凝視した。
「おいおい、マジかよ! 数年に一度世に出るか出ないかの激レア物じゃねぇか! こいつがアンデルセンのダンジョンから取れるってのかよ!」
「ああ、取れるな。ただし、そいつを回収するにはギガンテス討伐が必要だ。それを為せるのは、ここに居るアリスだけだがな」
アルベルトはギョッと目を剥き、視線をアリスに向ける。アリスは照れた様子でモジモジしていた。
何かを言いたいが言葉が出ないのだろう。口をパクパクさせるアルベルトに、俺は紙の束を手渡した。
「アリスがギガンテスを全滅させたからな。地下八階の攻略が完了した。その証拠代わりの地図だ。報酬の振り込みと、アリスのA級申請を行っておけ」
アルベルトは地図を受け取り、しばらく固まる。そして、すっとペローナへと視線を向けた。
ペローナはいつもの無表情でコクリと頷く。それでようやく、アルベルトも納得したらしい。
「おいおい、マジかよ……。いや、地図があるしマジなんだろうな……。グリムがそういう嘘を言う訳も無いし……」
「当然だ。嘘を付くのはリスクが伴う。俺がそんな愚かな真似をするはずがない」
俺の言葉にアルベルトは息を吐く。しかし、それですぐに気持ちを切り替えたらしい。
彼は真剣な表情でアリスに視線を向ける。そして、微かに眉を顰めて告げた。
「A級申請は受理する。すぐに昇進するだろう。だが、嬢ちゃんは余りにも異例だ。どうなるかは、わかってんだろうな?」
「当然だ。ペローナの時の比ではないだろうな」
俺達の視線を受け、ペローナは微かに嫌そうな表情を浮かべた。過去に起きた苦い記憶が蘇ったからだろう。
A級へと上がったペローナは、兎に角勧誘の日々だった。何とか引き抜こうと、冒険者だけで無く、王侯貴族すら暗躍する始末だった。
まあ、あの時は相当痛い目を見せたし、彼等も流石に懲りたはずだ。例の魔女との取引だけは、未だに俺も苦い思いをさせられているが……。
「今回は俺だけでなく、ペローナもアリスを守る。それでも手を出す愚か者が居れば、地の底に埋まって貰うかもしれんがな」
「おい、人間花壇はもうやるなよ? アレ、今でも王国軍のトラウマらしいぞ?」
呆れた顔のアルベルトだが、そんなものは知った事ではない。学ばぬ愚者が悪いのだ。俺達に手を出す愚か者には、何度だって手痛い火傷を負って貰う。
俺が鼻で笑うと、ペローナもニヤリと笑った。そんな俺達を見上げるアリスは、青い顔で小刻みに震えていた。
アルベルトは俺達を見て苦笑を浮かべる。そして、再び表情をパッと切り替え、未だ手にある金属塊を掲げた。
「時にこのオリハルコンだが、全て冒険者ギルドで……」
「いや、売るのは一つだけだ。後はこちらで持ち帰る」
俺の言葉にアルベルトは固まる。縋るような視線を俺に向けて来たが、俺はゆっくりと首を振った。
「少し考えればわかるだろう? 希少金属が大量に放出されたら、その後に何が起きると思う?」
「――あ~、馬鹿が勘違いするなぁ。ゴールドラッシュが起きて、大量の死人が出ちまうか……」
「そういうことだ。一つ程度であれば、命を賭ける馬鹿が出る事もあるまい」
アルベルトは渋々納得する。後処理も大変だろうし、彼とて冒険者の大量死などは望んでいまい。
「じゃあ、こいつは王都のオークション行きだな。入金は遅くなるが構わんよな?」
「ああ、問題ない。大魔石も大量に回収している。当面は金に困る心配も無いしな」
地下七階のレッドキャップに、地下八階のギガンテス。それらを悉く狩り尽くしたのだ。攻略は数日だったが、大量の魔石を回収する事が出来た。
それに加えて、ペローナがコツコツ集めた中魔石もある。それらを加工してヘンゼルに卸すだけでも、相当な金額になるはずだ。
何よりも今は、オリハルコンの研究に時間を割きたい。これがどの様な特性を持つのか、調べたくてウズウズしているのだ。
地下九階の攻略も当分は見送るつもりだしな。当面は金が必要になる機会も少ないだろう。
「それでは魔晶石を持ち帰るか。アリス、ペローナ、詰め込めるだけバッグに詰めろ」
「はい、わかりました!」
「ああ、任せて貰おうか」
用意していたバッグへと、二人はせっせと魔石を詰める。今回は数が多いので、一度で全てを回収でき無さそうだ。
俺はやれやれと肩を竦める。そして、俺の抱える分のバッグに、俺も魔石を詰め込み始めるのだった。




