深層:地下八階
俺達は万全の状態で地下八階へと降り立った。疲労も殆ど無く、全員に魔力酔いの症状も無い。
現在の俺達が望み得る最高の状態で降りる事が出来た。俺とペローナにとって、現在の最深攻略ポイントへと。
「ここに出る魔物は一種のみ。ギガンテスだ。奴等は一つ目巨人で、身長の大きさが強さと直結している。五メートル級が最も弱く、出来れば十メートル級とは戦闘を避けたい所だ」
俺達の眼前には山脈が広がっている。それには厚い雲に覆われた空まで存在し、ここがダンジョンだと忘れてしまいそうだ。
そして、山脈の合間にチラホラと見える影。こちらに気付いてはいないが、数体の巨人が闊歩している姿が見えた。
「奴等は魔法に対する耐性がある。それ故に、俺とペローナも攻略には手間取っていてな。この階層を如何に攻略するかが、今の俺達の課題となっている」
「私の『弱体化』も効かない訳ではないんだ。ただ、奴等はあの巨体に見合った魔力量を内包していてな。一発、二発を撃ち込んだ所で、微々たるダメージにしかならないんだ……」
俺に続いてペローナも説明に加わる。過去の戦闘を思い出してか、その表情は珍しく歪んでいた。
まあ、その気持ちはわからなくもない。俺の魔法すら十分に効果を発揮せず、威力を半減させられてしまう。
二人がかりで一体に挑み、時間を掛けてようやく倒せる。そんな魔物が数多存在するエリア。はっきりと言って、不条理極まりない難易度である。
「そういう訳で、今回は5メートル級との戦闘を見せる。それが終われば帰還するつもりだ」
今回の目的はアリスに地下八階を見せる事だ。そして、帰還のスクロールを使えば、使用された階層がギルドにも伝わる仕組みとなっている。
地下八階への到達を確認出来れば、ギルドも認めざるを得ないだろう。アリスには十分な実力があり、A級冒険者への昇格に問題が無いとな。
だが、俺の想定に反し、アリスは前方を凝視しながらポツリと呟いた。
「グリム様……行けると思います……」
「行ける? 何のことだ、アリス?」
俺にはアリスが何を言いたいのか理解出来なかった。すると、アリスは視線を俺に向けて、真剣な表情で俺へとこう告げた。
「わたしなら単独で奴等を狩れます」
「何だと? 単独で奴等を狩れる?」
それは余りにも信じ難い言葉であった。実際、隣でペローナも口をポカンと開いている。
しかし、アリスの瞳は真剣そのも。俺にはそれが、嘘や過信には見えなかった。
「……どうしてそう思う。その根拠は何だ?」
「奴等は体の周囲に魔力を遮断するシールドを展開しています。だから、遠距離攻撃では無く、接近戦で仕留める必要があるんです。そして、奴等の弱点はあの一つ目です。空を跳べるわたしなら、奴等を一撃で仕留められます」
明確な返事が返ると確信していた。だからこそ、俺はアリスへ疑う事無く問い掛けた。
そして、その答えは俺が立てていた仮説と一致する。それと同時に、試したいが試せずにいた手段であった。
「そうか。ならやってみろ」
「はい、わかりました!」
俺の言葉にアリスは目を輝かせる。そして、二本のククリ刀を手に取り、一体の巨人に目標を定める。
「お、おい、グリム! 本当に行かせる気なのかっ?!」
ペローナが慌てて俺に問う。彼女からすれば理解出来ず、アリスの身を案じるであろう。
しかし、アリスはニッ笑う。そして、落ち着いた口調でペローナへとこう告げた。
「ペローナさん、ご安心下さい。わたしは奴等にとって天敵ですから!」
アリスはそう告げると跳び出した。そして、一直線にギガンテスの頭を目指す。
そのギガンテスは白い弾丸に気付く。自らに迫る脅威に、一瞬だけ怯んだ様子を見せた。
――ズドン……!!!
次の瞬間にはその頭部が消し飛んでいた。頭部を失ったギガンテスは、魔力へと還元されてその身が崩れて行く。
更にアリスはそのまま空を跳ね続ける。次のギガンテスに目標を定めると、アッサリとその頭部を砕いて行く。
「何だ……。何が起きている……?」
ペローナが小さく零す。目の前の光景が信じられず、混乱した様子を見せていた。
だが、俺はそれを無視してアリスの観察を続ける。その無駄の無い戦闘に、俺は全神経を集中させた。
「自らを矢に……。いや、ドリル状に錐もみしているのか……?」
二本のククリ刀を頭上に掲げ、その状態で矢の様に跳んで行く。アリスの言う膜にぶつかる瞬間、『風の障壁』で相手のシールドを相殺し、穴が開いた瞬間に『加速』まで使用している。
明らかに質量の違う相手だが、矢の様な一点突破ならば関係が無い。体の小さなアリスにとって、それは実に理に適った技だと言えた。
――巨人殺し……
今のアリスはそう呼ぶべき存在である。彼女が自ら口にした様に、まさにアリスこそが奴等にとっての天敵だったらしい。
小回りの利くアリスに、巨人どもは対処出来ない。視界に入る全てのギガンテスが消えるまで、俺はその光景を静かに見守り続けた。




