アリスの実力
今日はアリスとペローナを引き連れ、ダンジョンの地下四階までやって来た。アリスの新装備の性能を確かめる為である。
なお、威力が強過ぎるので、低級冒険者の居る地下三階までは装備させていない。誤って発動して、巻き込まれてもアレなのでな。
そういう訳で、沼地に降り立った俺達は、改めてアリスの新装備を目の当たりにする事となる。
「グリム様、準備出来ました!」
「ああ、わかった。アリスの好きにやってみろ」
幸いなことに、今日の地下四階は無人だった。他の冒険者はこの階層に居なかったのだ。
なので、好きなだけ暴れて問題が無い。俺の指示にアリスは大きく頷いた。
「はい、それではアリス行きます!」
――ドンッ……!!!
アリスは轟音と共に跳ね出した。踏み出した大地は抉れ、アリスは弾丸の如く前へと進む。そのはるか先には、リザードマンの一団が見えている。
あれは元々の脚力に、新装備のグリーブの効果が乗っているな。ブーツの上位互換であるグリーブには、脚力二倍の身体強化魔法が仕込まれているからだ。
そして、アリスは『加速』の魔法が使える。ここから更に速度を上げると思ったのだが、アリスは想定外の行動に出た。
――ダンッ……! ダンッ……! ダンッ……!
「……何だと?」
アリスは何も無い空間を蹴り、空をジグザグに跳ね出したのだ。新装備にはそんな機能は無い。有るとすれば、アリスの魔法と言う事になるが……。
「ふふっ、驚いたか? あれは『風の障壁』だ。超圧縮した空気を蹴り、アリス自身を反発させているのだ」
「超圧縮した空気だと? 何と言う器用な真似を……」
理屈が分かれば俺にも出来る。しかし、アレを再現出来る魔法使いは、俺を除けば世界に数人程度だ。
何せ極度の集中力と練度が求められる。コンマ数秒のタイミングで、瞬時に最適な場所へ配置が必要なのだ。
あれを使いこなすには、並外れた身体能力とセンスが求められる。まさに、アリス専用の魔法と言っても過言では無いだろう。
「正直驚いた。あれを数日で物にしたのか?」
「だから言っただろう? アリスは新たに習得したのではない。思い出している様だと」
ペローナの言っている意味がようやくわかった。確かにあれは、新たに覚えた魔法ではない。
あれ程の高レベルな魔法を、熟練の技として使いこなしている。あれは才能がどうこうと言った話では無さそうだ。
しかも、アリスは縦横無尽に空を跳ね、交差するリザードマンを紙の如く切り裂いて行く。目にも止まらぬ早業であり、鳥と言うよりは蜂の動きに近い気がする。
「ククリ刀とやらも使いこなせているな」
「あれも癖がある武器だ。何故、使いこなしているのか不思議でならん……」
アリスは戸惑った様子も無く、ククリ刀を巧みに操っていた。長年使いこんだ相棒の様に、完全に彼女の手に馴染んでいる。
最早、武器に仕込んだ魔法すら必要無いだろう。この地下四階は、既にアリスにとっては取るに足らない階層。訓練にすらならない場所らしい。
「派手にやっている。私はドロップの回収をするか」
「……お前も相変わらずだな? 好きにしたら良い」
アリスはこの階層を狩り尽くす勢いで、リザードマンを屠り続けている。当然ながら中魔石はあちこちに転がり、いくつかはレアの武具も落ちている。
俺とペローナにすれば大した金ではない。けれど、ギルドが喜ぶので回収する気なのだ。何故だかペローナは、そういった細々した作業が苦ではないらしい。
ペローナは小走りに駆けて行く。そして、手にはアイテムボックスを持ち、拾ったアイテムを中へと放り込んで行く。
その様子に気付いたのだろう。アリスは慌てて俺の元へと戻って来た。
「も、申し訳ありません。つい楽しくなって、こんな勝手を……」
「別に構わん。実力は良くわかった。魔力も安定しているしな」
眼鏡越しにアリスを見えるが、魔力の器は安定している。魔力の増大も見られないし、流れが乱れたり、早くなり過ぎていたりもしない。
つまり、この程度の魔法の使用は、アリスの負担になっていないと言う事だ。魔力のロス無く、効率的な魔力運用が出来ている証拠である。
少なくとも今のアリスはB級ではない。A級で問題ないだけの実力がある。後は深層での実績さえ積めば、容易く昇進が可能となるだろう。
「よし、今日はもう帰るか。ギルドに申請して、後日改めて深層に挑むとしよう」
「はい、承知しました! その前に、わたしもドロップの回収に参加しますね!」
アリスはそう告げると、再び空へと跳ね出した。そして、沼地に足を付ける事無く、器用にドロップを回収して行く。
その様子に俺は小さく息を吐く。俺はアリスに対して、それ程多くを教えていない。にも拘わらず、俺の想定を遥かに超える成長を見せている。
成長するのは望ましい事だ。しかし、理由がわからぬ過度な成長には不安が残る。俺はアリスをどう扱うべきかを決めかねていた……。




