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特別な理由

 アリスは帰宅するなり、俺の居る研究室へとやって来た。そして、俺に対して質問してきた。


「エルフ族が特別待遇を受ける理由? そうか、アリスは知らないか……」


 アリスが神聖教会に詳しく無いのは知っていた。ならば、その辺りの理由も知らなくて当然だろう。


 ただ、アリスは何故だか外の様子を気にしている。先ほどから兎耳が、ピクピク動いて周囲に対して警戒しているらしかった。


 今は家に居るのは俺達の他にペローナくらいだ。いや、それが理由かと思い至り、俺は構わず説明を始める。


「まず、獣人やドワーフ等の種を亜人と迫害する。これは神聖教会が、亜人を劣等種として喧伝しているからだ。この辺りは覚えているな?」


「はい、覚えています」


 アリスはコクコクと頷く。まあ、この説明はつい最近したばかりだ、流石に忘れはしないだろう。


「では、どうして神聖教会は人間以外を迫害するのか? それはこれが生存競争だからだ。数が優勢な人間が、他種族に優位性を奪われない様に抑圧している」


「――えっ……? 生存競争……?」


 アリスは驚きで目を丸くしている。この反応は想定の班内。俺は構わずに話を続ける。


「人間から派生した他種族は、いずれも人間には無い長所を持っている。獣人族は身体能力の高さ。ドワーフ族はタフな体に手先の器用さ。そして、エルフ族は魔法の扱いに長けている。これらが手を組めば、人間の淘汰など容易い事だ。それを恐れる人々が神聖教会を作ったのだ」


「ま、待って下さい……。神の意思を伝える為に、神聖教会は存在するって……」


「神など存在しない。この世に存在すると証明された事は、過去に一度も無い」


 アリスは目を見開き、体を小刻みに震わせている。俺の言葉に強い衝撃を受け、動揺で視線も定まっていない。


 かつてペローナに語った時も似た反応だった。これまで迫害を受けた理由が嘘だとわかったのだ。これが当然の反応なのだろう。


「以前にも言ったな? お前は人間に劣る所が一つも無い。只の人間よりも遥かに強い。――それ故に、人間はお前達に恐怖するのだ」


「……恐怖?」


「ああ、恐怖だ。人間にとって他種族は、その気になれば自分達を容易く殺せる。家畜の様に飼えると思わなければ、共に生きて行く事など出来ないのだ」


 アリスは瞳に涙を浮かべる。悔しそうに唇を噛み、怒りの炎がその目に宿る。


「人間にはアドバンテージがあった。多くの国々が知恵を持ち寄り、どうすれば良いか考える時間があった。人間以外の他種族が生れ、数を増やす前に、自分達に有利な環境を作る事に成功したのだ」


「そんなの……。そんなのって、身勝手過ぎます……!」


 ペローナの時は静かに怒り、内にその炎を収めてみせた。しかし、アリスはしっかりしていても、まだまだ子供である。感情を制御出来なくても仕方がないだろう。


「迫害された側から見ればそうだろう。しかし、先ほども言ったが、これは生存競争なのだ。人間は多くの亜人に戦わず勝利した。『神の教え』という大義名分で、他種族を自分達の奴隷とし、管理下に置く事に成功したのだ」


「酷い……。わたし達は、そんな理由で……」


 アリスはその場に崩れ落ちる。床に座り込んで、顔を手で覆い隠す。彼女は嗚咽を漏らしていたが、俺は構わずに話を続けた。


「さて、ここで始めの問いに戻る。エルフ族が特別待遇を受ける理由。それはエルフ族が、人間と手を組む道を選んだからだ」


「えっ……? 手を組む道……?」


 アリスはゆっくりと顔を上げる。涙でくしゃくしゃの顔で、ぼんやりと俺を見つめていた。


 この先の話はアリスにとって更に酷かもしれない。ペローナでさえ、握った拳から血が滲む程の怒りを見せた。それでも、俺は彼女も知るべきだと考えている。


「エルフ族は人間に魔法を伝授した。その対価として、エルフ族だけは神の使いであり、人間の友と言う立場を得た。――それ以外の他種族を全て裏切ってな」


「他種族を、裏切って……?」


 人間が恐れたのは、他種族が手を組む事だ。それによって世界を支配する、自分達の地位が奪われる事を恐怖した。


 それを理解していたエルフ族は、人間へと媚びを売った。自分達のアドバンテージたる魔法を伝授する。人間もエルフ族同様の能力を得れば良いと促したのだ。


 人間はその提案を受け入れた。自分達が一段上の存在へと成長すると夢見て。無論、全ての人間がエルフ族の様に、巧みに魔法を操れるはずも無いのに……。


「そして、エルフ族は人間との共犯者となった。人間とエルフ族以外は、劣等種として迫害される様になった。そう、エルフ族は獣人を見下している。奴等は自らのアドバンテージを守る為に、神聖教会と一緒になって積極的に亜人への迫害を行う」


「あっ……。ああっ……。あああぁぁぁ……!!!」


 やり場のない怒りに、アリスはその場で絶叫する。涙を流して叫び続ける。


 彼女にとってそれは残酷な現実。けれど、それを知らぬ愚者のままでは、本当に自分の成すべき事がわからないままだろう。


「強くなれ、アリス。自分の身を、自分で守れる様に。――少なくとも俺は、そうやって生きて来た」


 この世に神など居ない。居ればこんな残酷な世界を作るはずがない。


 だから、淘汰されぬ様に強くなるしかない。そうしなければ、自分の信念を貫く事など出来はしないのだから。

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