特別待遇(アリス視点)
今日はペローナさんと街へ買い物に出ています。いつまでも買い物を、グレーテルさんに任せる訳に行きません。わたしだけでも買い物に出れなくてはいけませんからね。
とはいえ、まだわたし一人では不安もあります。買い物に慣れていないのもありますが、わたしが獣人奴隷と言う方が大きいです。
何かのトラブルに巻き込まれても困る。そういう理由で、今回はペローナさんに同行をお願いしたと言う訳です。
「まずは日用品からにしましょう! 食材はその後に……」
わたしはペローナさんへ話しかけます。しかし、そこで初めて気づきました。ペローナさんの手にお肉の串が五本も握られていることに。
ペローナさんは口をモグモグしながら首を傾げます。そして、ハッとした表情で、わたしへと問い掛けて来ました。
「気付かず済まない。アリスも一本食べるか?」
「いえ、結構です。朝食を食べたばかりなので」
わたしが首を振ると、ペローナさんは目をパチパチとさせます。ただ、それ以上は何も言わず、無言で頷き食事を再開し始めました。
わたしは小さく息を吐きます。今日の朝食は三人分を用意したのに。食後は満腹だって言っていたのに。
――どうして小一時間で小腹が空くのだろう……?
そして、わたしはペローナさんのお腹を見ます。タンクトップにショートパンツ姿なので、彼女のおへそは丸出しです。
けれど、そのウェストはほっそりしています。とても三人前を食べて、更に御代わりをしているお腹には見えませんでした。
けれど、わたしが考えて答えが出るとも思えません。ペローナさんなので、そういう事もあるかと思って納得する事にしました。
「それにしても、今日は……」
わたしは兎耳を動かし、周囲の声を拾います。朝の市場は人で賑わい、多くの人々が歩いているのです。
しかし、今日の視線がいつもと違うのです。私に向けられる好奇の目や、グリム様への忌避感混じる視線とはまるで違っています
「見ろ、あそこ……! ペローナさんが歩いてるぞ……!」
「本当だ……。ペローナさんは、今日も一段と美しい……」
「ペローナ様だわ……! 私の事を見ていたわよね……⁉」
「て、手を振ってる……! 今のは私に対してよね……?!」
市場中がざわついています。皆がペローナさんに気付き、熱に浮かされた感じなのです。
誰もわたしなんて眼中にありません。誰もがペローナさんに注目しているのです。
ペローナさんは口をモグモグしたまま、空いた手で周囲の人達に手を振っています。それで周囲の熱が更に加熱していました。
「これって、何なのでしょうか……?」
皆が嬉しそうにしているので、悪い事では無いのでしょう。けれど、余りに想定外の事態に、わたしには戸惑いしかありませんでした。
逆にペローナさんは気にした様子が無い。これがいつもの事なのか、いつも通りの無表情で淡々と対応していました。
「――ペ、ペローナさん! おはよう御座います!」
急にわたし達の前に、一人の少女が飛び出して来ました。金髪碧眼で十代後半歳の女性に見えます。
ペローナさんは一瞬目を細め、その後にハッと何かに気付きます。そして、口の中身を飲み込んで、彼女に対して返事をします。
「君は先日B級に昇格した、水魔法の使い手の……」
「はい、アリアです! 覚えて頂いて光栄です!」
まだ成人したてに見える少女は、キラキラした目でペローナさんを見つめています。顔は蒸気していて、何だかとても嬉しそうでした。
アリアさんは腰の剣を鞘ごと手に取り、ペローナさんに見せながら叫び出します。
「ペローナさん達がギルドに卸した武器です! いつも沢山卸して頂けるので、値段も安くて私達でも買う事が出来ています! いつも本当にありがとうございます!」
「うむ、役立てているなら何よりだ。君達もこれから頑張ってくれ」
ペローナさんがポンと肩を叩くと、彼女は感極まった様子で何度も頭を下げます。ペローナさんは私の肩をそっと押し、その場からさっさと立ち去りました。
わたしは戸惑いながら、隣を歩くペローナさんを見ます。そして、一番の疑問を口にしました。
「今の方はもしかして……?」
「ああ、彼女はエルフだな」
平然と答えるペローナさん。しかし、わたしは息を飲みます。
彼女には首輪が無かった。どうして亜人である彼女が、冒険者として普通に街を歩けているのでしょうか?
ペローナさんはチラッと視線を私に向けます。そして、面白く無さそうに口を開きました。
「神聖教会の教義で、エルフは亜人に含まれていない。人間が堕落した劣化種では無く、神が生み出した特別な種として扱われている」
「えっ……?」
わたしは兎人族の里で暮らしていた時、両親から聞かされた事があります。人間に似ているけど、人間では無い種族。それを総称して、人間は亜人と呼ぶのだと。
しかし、エルフはそれに含まれないそうです。その理由がわからず混乱していると、ペローナさんは興味無さげに囁きました。
「奴等はこの国で特別待遇を受けている。私は詳しくないから、理由が知りたくばグリムに聞け」
「はい、わかりました……」
付き合いは短いですが、こんなペローナさんは珍しいです。いつも無表情なのに、今だけはハッキリ不機嫌さが滲み出ています。
これ以上は踏み込むべきでは無いのでしょう。わたしは帰ってグリム様に聞こうと決め、別の話題をペローナさんへと振る事にしました。




