ペローナの報告
今日は研究室に引き籠り、魔晶石の生成に注力した。そのお陰もあり、五十個の魔晶石を用意する事が出来た。
これだけ納品すれば、当面は問題も起きないだろう。ペローナがグレーテルを送る際に、一緒に店まで運んで貰うとしよう。
「――ん? そろそろ夕飯か」
研究室まで良い香りが漂って来た。アリスとグレーテルが、今日の晩餐を準備しているのだろう。
俺は作業が一段落した事もあり、ダイニングへ向かう。するとそこには、ペローナが待ち構えていた。
何か話したげな様子だった為、俺は彼女の向かいの席へと腰かけた。
「どうした? 今日の訓練についてか?」
「ああ、その件もあるな。先にそちらを報告しておくか」
その件もある? つまり、本命の話は別にあると言う事なのか?
少し気になりはしたが、俺は小さく頷く、ペローナからの報告を聞く事にした。
「アリスの訓練は、使える魔法の習熟度向上に絞った。まずは魔法と言うものを、より理解する為だ」
「なるほどな。悪い判断ではない」
魔法使いは多くの魔法を習得すれば、それだけ手札が増えると考える。それこそが魔法使いの力量と勘違いする魔法使いが非常に多い。
しかし、実戦で使えない魔法に意味は無い。真に優秀な魔法使いは、魔法の練度こそを重視する。ペローナにもその事は叩き込んである。
「アリスが使える魔法は『加速』と『風の障壁』。既に今日一日で、『加速』に緩急が付けれる様になった。そして、『風の障壁』は風の向きを自在に変えられる様になっている」
「何だと? 今日一日でそこまで可能に?」
戸惑う俺に対し、ペローナは真顔で頷く。こういう時に冗談を言う奴では無いが、それでもその報告は信じがたいものだった。
魔力の器もそうだが、一日でどうにかなるはずが無いのだ。いくら何でも、その成長は異常としか言いようが無い。
「流石に有り得ない。俺でも初めて魔法のアレンジに成功したのは、魔法を覚えて半年以上掛かったのだぞ……」
「――グリム。これは私の勘だが、話して構わないか?」
ペローナは悩まし気な表情で俺に問い掛ける。不確かな情報を伝えて良いか、彼女なりに悩んでいるみたいだった。
確かにいつもの俺ならば、不確かな情報は聞き流す。下手な先入観を持ちたくないからである。
しかし、今は余りにも手掛かりが少なすぎる。俺は了承の意を示す為、ペローナへと頷き返した。
「アリスのあれは、手探りで覚えている感じでは無い。忘れていた記憶を、思い出している様に見える。だから少しやれば、すぐに理屈込みで習得している気がするのだ」
「忘れていた記憶を、思い出すだと……?」
余りにも突拍子もない意見だ。しかし、それが本気で有り得ないと思うなら、ペローナもわざわざ俺に話したりしないだろう。
ペローナの時は違ったが、獣人とはそう言うものなのだろうか? 俺は念の為に確かめておく事にした。
「狼人族では、そうやって魔法を覚えるのか?」
「恐らくは違う。私は他の同族とは違い過ぎて、本当の所はわからないが……」
問いに答えるペローナは、苦虫を嚙み潰したような表情だった。そこはまだ、彼女の中では消化し切れない過去みたいだ。
他と違う事など、気にする必要は無い。そう思いはするが、ペローナはそう思えないのだろう。俺は軽く息を吐き、話を戻す事にした。
「アリスの報告はわかった。次からは俺も訓練に同行しよう。――それで本命の報告は何だ?」
俺の言葉にペローナは表情を一変させる。冷たい空気を漂わせながら、低い声で俺へと告げる。
「神聖教会がアリスの様子を嗅ぎ回っている。今すぐ何かをする気は無さそうだが……」
「ああ、それなら想定の範囲内だ。奴等がいつまでも、アリスを放置せんだろうしな」
人間至上主義で、亜人を迫害する宗教。そんな奴等からすれば、兎人族のアリスは見逃せない存在。大きな顔で街を歩かれては困るはずなのだ。
今は俺の庇護下で下手に手出しは出来ない。けれど、いずれは何らかの粗を見つけ、難癖を付けて来ると予想している。
自由に街を歩くのを禁ずる。獣人奴隷らしい振舞を要求する。それが無理なら、この街から追い出す等だ……。
「アリスがA級冒険者になれば、領主は保護せざるをえまい。そして、アリスであればそれは大した時間も掛からんだろう」
「なるほど、承知した。ならば一刻も早く成長させて、アリスに深層攻略を行わせねばな」
今のアリスは深層を攻略するだけの実力が無い。それでは、ギルドの判断もB級までが限界となる。
しかし、深層の魔物を狩れるなら、それはA級の実力があると見なされる。誰からも文句を言われる事が無いだろう。
そして、A級冒険者はどの統治者からも望まれる存在。アンデルセンの領主も無能では無いので、他に逃げられない様に好条件で囲いに来るはずだ。
少なくとも神聖教会とギクシャクしようとも、大抵の領主ならばA級冒険者の存在を優先するだろう。
「――あ、グリム様! すぐに夕飯の準備をしますね!」
「あれ、もう来てたの? じゃあテーブルに並べるね!」
グレーテルは初めて気づいた様子で、笑顔で夕食を並べ始める。アリスは気付いていたけど、俺とペローナの会話を聞いて、気付かぬ振りをしていたのだろう。
俺はペローナへ視線でもって、話は終わりだと告げる。ペローナ空気を読んで、小さく頷き料理を運ぶ手伝いに向かうのだった。




