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グレーテル来訪

 未だ朝日が昇り切っていない時間。その愚か者は突然やって来た。


「グリムさ~ん! おっはよ~ございま~す! 私が来ました~! 中に入れてくださ~い!」


「ええい、騒がしい! こんな時間に誰だ!」


 大声で起こされ迷惑する俺は、苛立ち交じりに玄関を出る。すると、そこには一人の顔見知りが立っていた。


 ブラウンのショートヘアー。町娘らしい質素なワンピース姿。そして、ヒマワリの様に底抜けに明るい笑顔。


 彼女の名はグレーテル。今年で17歳になる、商人ヘンゼルの妹である。


「グレーテルだと? 貴様、こんな時間に何の用だ?」


「兄さんに代わって、アリスちゃんのお世話に来ました!」


「アリスの世話だと……?」


 良く見ればその背には、パンパンのリュックを背負っている。お世話の為に色々と準備をしているみたいだった。


 しかし、俺はこの底抜けに明るい娘が苦手なのだ。グイグイと迫って来て鬱陶しいので、可能ならば追い返したいのだが……。


「アリスちゃんの朝食必要ですよね? 来ている服もボロのままですよね? このグレーデルにお任せ下さい! 全てバッチリ揃えてありますから!」


 そういえば、食事はヘンゼルに任せていた。アリスの朝食なんて何も用意していない。


 そして、着ている服もボロのまま。今すぐ必要では無いが、わざわざ買いに行くのも面倒ではある。


「チッ、仕方ない。家の物には勝手に触れるなよ?」


「は~い! わっかりました~!」


 元気に返事を返すグレーテル。俺は忌々しく感じながら、彼女の生体認証を登録する。


 これで彼女も家へ出入り自由となった。俺から呼ぶかは別として、必要な時に呼ぶ事が出来る。


 俺がグレーテルを家へと招くと、彼女は物珍しそうに、家内をキョロキョロと物色する。


 だが、家の物に勝手に触れる事は無い。商人の妹だけあり、物の価値はわかっているのだろう。


「肝心のアリスちゃんどこかな~?」


「ふん、貴様の大声で起きてはいるな。――降りて来い、アリス!」


 俺が命じると、アリスが階段を下りて来る。先程までは状況がわからず、二階で様子を窺がっていたのだろう。


 そして、アリスがその姿を現す。彼女を見つめるグレーテルは、身を震わせて叫び出した。


「きゃ、きゃわわっ!」


「――ひっ……?!」


 グレーテルの奇声にアリスが身を竦ませる。階段の途中であその足を止めてしまう。


 俺は騒々しいグレーテルに辟易しつつ、アリスに手招きをする。彼女はオドオドしながらも、俺の元へとやって来た。


「小さい! 白い! 可愛いっ!!!」


「黙れ、騒々しい」


 隣で息を荒げるグレーテルに、俺は冷たい視線を向ける。彼女は血走った眼でアリスの姿を凝視していた。


 確かにアリスの髪は白色。そして、実年齢は13歳だがそれより小さく見える。これは種族的な物か、栄養状態によるものかは不明だ。


 だが、それに興奮する理由が、俺にはまったく理解不能だ。こんな子供は街中を歩けば、いくらでも見る事が出来るだろうに。


 俺がグレーテルに呆れていると、アリスは俺に対して問い掛けて来た。


「あの……。こちらの方は……?」


「こいつはグレーテル。ヘンゼルの妹だ。お前の世話をしに来たそうだ」


「初めまして、アリスちゃん! 私の事はお姉ちゃんって呼んでね♪」


 謎の要求に戸惑うアリス。しかし、そんな彼女を気にせず、グレーテルはキッチンへと向かう。


「まずは朝食にしよう! 温かいスープ作るから待っててね!」


「あ、はい……」


 場所はヘンゼルにでも聞いていたのだろう。俺の許可も得ずに、グレーテルはキッチンへと向かった。


 まあ、元々食事は用意させるつもりだった。アレはもう放っておけば良いだろう。


 そして、俺がアリスに視線を向けると、彼女はもじもじと何かを言いたそうにしていた。


「何だ? 言いたい事があれば言え」


「えっと……。目が覚めたら咳が止まって、体が軽くなってました……」


 アリスは何故だが戸惑った表情を浮かべている。体調が回復したのに、嬉しそうな態度では無い。


「当然だろう。栄養を摂取して一晩寝たのだ。無論、俺が回復を促進する魔法は掛けたがな」


「え……。そんな簡単に、病気って治るんですか……?」


「馬鹿を言うな。簡単に治る訳が無いだろう。お前の体力があれば、完治も可能だったのにな……」


「ごめんなさい……。わたし馬鹿だから、グリム様の言っている意味がわかりません……」


 自分の無知を嘆き、アリスが俯いてしまう。だが、自分の無知を自覚するのは好ましい態度だ。


 俺は無知なアリスでもわかる様に、嚙み砕いて説明をしてやる。


「お前の体を作るのも、病気を治すにもエネルギーが必要だ。そして、そのエネルギーとはお前が食べた食事によるもの。ここまではわかるか?」


「はい、わかります」


 アリスは真剣な表情で頷く。俺は小さく笑って説明を続ける。


「肉体にエネルギーを多く保持しているか、多くの食事でエネルギーを補給すれば、体は強くなり、怪我や病気も治りが早くなる。これが今のお前に足りないものだ。これもわかるか?」


「はい、わかります」


 アリスはコクコクと頷く。どうやら、思ったよりは馬鹿では無いらしい。


「今は食事を取り、体を休ませろ。そうすれば、俺の魔法で回復を早めてやれる。十分な筋肉が付けば、その切れた耳だって治してやれる」


「――っ……?!」


 頭の兎耳は共に半ばで切れている。魔法による治癒は可能だが、回復に必要な筋力が不足している。今は治療を試みるべきではない。


「わたしの耳は、治るんですか……?」


「肉体が健康に戻ったらな。治したかったら、さっさと体力を付ける事だ」


 俺の言葉にアリスが頷く。ポロポロと涙を零しながら、何度も何度も頷いていた。


「お前は本当にすぐ泣くな」


「ごめんない……。ごめんなさい……」


「謝る必要は無い。それで俺に迷惑が掛かる訳でもないしな」


 俺はそう告げると、キッチンへと足を向ける。すでにキッチンからは、良い香りが漂い始めていた。


 アリスはそんな俺の後ろを付いて来る。涙を流しつつ、ニコニコと笑みを浮かべながら。

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