地下五階
階段を下りて地下五階へ降り立った俺達。その眼前には、雄大な海が広がっていた。その光景に、アリスはポカンと口を開いている。
勿論、俺達が立つのは海上ではない。ちょっとした大きさの島である。すぐ目の前には白い砂浜。背面には鬱蒼と茂った木々が立ち並んでいる。
ここも島の中心地は、魔物がやって来ない安全地帯だ。俺は野営準備を進めつつ、アリスに対して説明を行う。
「ここの魔物は二種類。マーマンとマーメイドだ。槍を手にした前衛のマーマン。魔法を主体とする後衛のマーメイド。半魚人である奴等とは、海でまともにやりあうべきでは無いな」
「半魚人ですか……。それでは、この階層はどう戦うのでしょうか?」
アリスは海を見つめながら俺へと問う。眼前には海面しか存在せず、海で戦わざると得ないと考えたのだろう。
俺はテントを張り終えると、海に向かって歩き出す。そして、海面から顔を出すマーマンに対して、すっと手を翳した。
「フィールドを作り替える。具体的にはこうやれば良い」
――バキッ! バキキッ!!!
俺の発動した『凍結』の魔法が、海面を氷へと作り替える。巻き込まれたマーマンは凍結し、やがて魔力を失い消滅した。
「力技にはなるが、魔法で道を作って突っ切る。ここの魔物は面倒なので、基本的には相手をしない」
「そ、そうですか……」
アリスは呆然と海を眺める。凍った海面は溶けたりせず、そのまま氷の状態を維持していた。勿論、上を歩いても簡単に割れたりもしない。
俺は振り返り、後方の森林に視線を向ける。そして、アリスに対して説明を続ける。
「他の冒険者はあそこの木で船を造るらしい。ただ、多くの冒険者は魔物に船を沈められ、ここから先に進めずに終わるがな」
「中層からは魔法使いが重要となる。腕の立つ魔法使いが居なければ、多くの冒険者がここで半魚人釣りをして稼ぐしかない」
俺の説明に続け、ペローナが補足を入れる。そして、砂浜の上を進んで行き、マーマンが近づくまで静かに待つ。
ペローナが射程に入ったと判断したのだろう。一体のマーマンが海中から飛び出し、ペローナへと襲い掛かる。
しかし、ペローナの早撃ちによって、その頭は撃ち抜かれた。ペローナは残された中魔石を拾い上げ、こちらへと戻って来た。
「このやり方でもある程度は稼げる。やり方次第では地下四階より、稼げる冒険者も居るだろう」
「消耗が少なくて済むからな。金を溜めたい冒険者達が、時々使う有名な釣り手法というやつだ」
俺はカップに水を注ぎ、アリスとペローナへ手渡す。そして、俺も自分のカップを手にし、半日ぶりの携帯固形食を口にする。
アリスは戸惑いながらも、同じく携帯固形食を齧る。そして、俺に対して問い掛けて来た。
「それでは、ここで休憩を取った後、氷の上を走り抜ける感じでしょうか?」
「いや、氷の上は走りずらい。島の木でソリを作り、それに乗って移動する」
アリスはキョトンした表情で首を傾げる。どうも氷に馴染みが無く、歩くと滑るのが理解出来ていないみたいだった。
ならば、後で軽く体験させておくか。何事も経験だからな。そういった経験の積み重ねが、冒険の中で自らを助ける力となるのだ。
俺がアリスと話していると、ペローナが立ち上がる。そして、俺に声を掛けて、テントへと向かった。
「先に休む。準備が出来たら起こしてくれ」
「ああ、俺は先にソリを用意しておこう」
このフィールドも、一日を掛けて移動となる。中間の休憩ポイントはあるが、ここ程は安全ではない。軽く食事休憩が取れる程度となる。
なので、ここでしっかり休んでおく必要があるのだ。次にしっかり休めるのは、地下六階に降りた後になるからな。
俺は食事を終えると森林へと向かう。すると、その背中にアリスが声を掛けて来た。
「あの、グリム様! 何かお手伝い出来る事はありませんか!」
「……いや、無いな。俺が魔法で処理する方が圧倒的に早いしな」
俺の返答にアリスは肩を落とす。しかし、寂しそうに微笑みながら、諦めた口調でこう呟いた。
「本当に魔法って凄いんですね。わたしの助けなんて、必要無いくらいに……」
俺はその言葉に足を止める。そして、振り返りながら、アリスに対してこう告げた。
「いや、魔法が凄いのではない。俺と言う使い手が優れているのだ。魔法も所詮は手段の一つ。使い手が愚かでは何の役にも立たん」
「魔法も所詮は手段の一つ……?」
俺の言葉にアリスはポカンと口を開く。驚いた様子で俺の事を見つめていた。
俺はアリスへと小さく笑う。そして、彼女の求める言葉を伝える。
「俺も魔道具は手で作る。料理は魔法で作る事が出来ない。――わかるな、アリス?」
「――はい、グリム様! わたしはわたしの出来る事で、グリム様のお役に立ちます!」
アリスの返事に俺は満足する。俺が小さく頷くと、アリスは笑みを浮かべた。
魔法とて万能ではない。俺だって何でもするには手が足りない。アリスは俺にとっての万能である必要は無いのだ。
今はただ出来る事を増やして行けば良い。そんな思いが伝わったと信じ、俺はソリを作りに一人森林へと向かった。




