初級魔法使い
今日はアリスの魔法について確認を行う。場所は家の庭で問題は無いだろう。戦闘訓練を行う訳では無いからな。
確認するのはアリスが本当に魔法を使えるのか。そして、どの程度魔法を理解しているのかの確認だけである。
俺はアリス、ペローナと共に庭に出る。なお、ペローナは早朝から少ない荷物を持参し、手早く引っ越しを済ませていた。
「さて、それでは始めるとしよう。まずは『加速』の魔法を使ってくれ」
「はい、わかりました! ――『加速』!」
俺は眼鏡を通してアリスを見る。確かにアリスの体には、緑の魔力で覆われた。『加速』の魔法が発動しているな。
「では、次は『風の障壁』を使ってみてくれ」
「はい、わかりました! ――『風の障壁』!」
アリスの宣言と共に、彼女の周囲に風が渦巻く。そして、風は球体を形成し、彼女を守る障壁となった。
しかし、俺はそれを見て眉を顰める。想定したよりも威力が低い。この程度の障壁では、ペローナの魔弾を防げるとは思えなかったのだ。
俺はペローナに視線を向ける。すると、彼女は訝しそうに低く唸り出した。
「……以前見た際は、こんな威力では無かった。アリスは手を抜いているのか?」
「そ、そんな事ありません! わたしはこれ以外のやり方がわからないんです!」
やり方がわからない? 威力を高めるブーストの方法が、わからないと言うのか?
つまり、今のアリスは魔法の基礎を身に付けただけ。魔法の理論を習熟している訳では無い。
そんなレベルではペローナに敵うと思えない。何やら状況がちぐはぐな感じがするな……。
「アリスはどうやって魔法を覚えた? どうやって魔法を発動している?」
「覚えたのは、グリム様の魔法を見てです。発動は何となくでしょうか……」
何となくだと? それは感覚的に使えたとでも言う気だろうか?
人間だろうが獣人だろうが、魔法を呼吸する様に使えはしない。それは数えきれない程の反復の末に、そういう感覚が身に付いた時だけだ。
俺であっても使い慣れた魔法以外は、そこまで簡単に使えはしない。それを意識せずに使えるとしたら、アリスは俺を超える魔法の才覚を持つ事になる。
「……では、これはどうだ? 初見の魔法だが使えるか?」
俺は空に向かって『風の刃』を放つ。風属性の魔法なので、これならアリスも使えるはずだ。
しかし、アリスは難しい顔で俺を見つめる。そして、肩を落として俺に告げる。
「わかりません……。どうやって、使えば良いのか……」
「何だと? 使い方がわからない?」
アリスは先ほど、『加速』と『風の障壁』を見て覚えたと言った。しかし、今は見てもわからないと言う。
俺は試しに『竜巻』や『静音』の魔法も見せた。けれど、アリスはやはり使い方がわからないと言った。
「――どういう事だ? 確かに魔法は使えている。しかし、聞いていた話とかなり違うな……」
「ああ、そうだな。何というか、以前とは別人みたいだ。今のアリスからは圧力を感じない」
ペローナの言葉に俺は頭を抱える。彼女の言う圧力とは、魔力による『威圧』の事だろう。
それはつまり、以前のアリスはもっと魔力が多かった。ペローナを大きく超える魔力量を有していた事を意味する。
『威圧』が意味を成すのは、自分よりも魔力量が少ない相手にだけだ。少なくとも今のアリスは、ペローナを超える魔力を持ってはいなかった。
「ああ、そういえば以前『加速』の三重掛けを行ったそうだな。そちらは使えそうか?」
「わかりません。使った気もしますが、どうやって使ったのか覚えていないんです……」
やはりと言うべきか、三重掛けは出来ないらしい。アレはかなり特殊な技術だからな。使えるのは俺を除けば世界に数人程度しかいない。
同じ魔法を普通に使えば、前の効果を上書きしてしまう。そうならない為には、魔力の波長をずらすと言う、高等テクニックが要求されるのだ。
それが出来る程の魔法使いは世界屈指。この世界で五本の指に入る程の魔法使いになるのだが……。
「……ふぅ、わからん事だらけだな。だが、魔法を使う感覚は身に付いている。今は訓練の短縮になったと喜んでおくとしよう」
「そ、そうなんですね? 喜んで良いなら、喜んでおく事にします!」
アリスもどう受け止めて良いかわからないのだろう。俺の言葉に同調し、一先ずは喜ぶべき事として受け止めたらしい。
それを見ていたペローナも、アリスの言葉に嬉しそうに笑う。彼女がこんな優しく笑うのは初めて見た。珍しい物を見たなと、俺は内心で驚きを隠す。
「さて、それでは魔法の訓練を続けよう。――そういえば、副作用は大丈夫か?」
「あ、はい! お腹がポカポカしますが、トイレに行きたい感じはしないです!」
どうやら、アリスのデメリットは克服されたらしい。何が原因でそうなったのか、まったく不明なのが気持ち悪いが……。
まあ、良いかと俺は気持ちを切り替える。アリスの訓練を続けていれば、いずれ何らかのヒントは得られるはず。
俺は鎌首をもたげる好奇心を、強い自制心で押さえつけるのだった。




