奇妙な雑貨屋(ペローナ視点)
グリムの家で夕食をたらふく食べ、私はグレーテルを家へと届ける事となった。比較的治安の良いエリアではあるが、若い女が夜道を一人で歩くものでは無いからな。
無論、その若い女に私は含まれない。私はアンデルセンの街でNo.2の実力者。そして、闇魔法を使う獣人の私にとって、闇夜は最も得意とするフィールド。暗殺者が相手であっても、私が後れを取る事はまず無いだろう。
私は夜目が効き、耳と鼻でも周囲を探る事が出来る。今は私とグレーテルに意識を向ける存在は居ない。それを確認しながら、私はヘンゼルの雑貨屋まで辿り着いた。
「兄さん、ただいま~! 今日はお客さんが居るよ~!」
「おかえりっす。お客さんって、そちらの方はもしや……」
店のカウンターから出て来て、こちらに視線を向ける茶髪の男。どことなく雰囲気がグレーテルに似ている。彼が兄のヘンゼルで間違いないだろう。
彼は私に元まで来ると、ニコリと微笑み挨拶して来た。
「初めまして、ヘンゼルっす。もしかして、ペローナさんじゃないっすか?」
「ああ、そうだ。今日は手料理の礼として、グレーテルを送り届けに来た」
私の黒い髪に赤いフードと言う姿は有名だからな。すぐにヘンゼルも私の正体に気付いたみたいだ。
ただ、彼は何かに気付いて私を見つめる。そして、不思議そうに問い掛けて来た。
「どうかしたっすか? お店の商品に気になる物でも?」
こいつはどうも見た目通りの奴では無いな。人畜無害な顔をして、相手の事を良く観察している。
私はこの店に入ってから、何か違和感を感じていたのだ。視線を店の品に巡らせ、匂いを確かめながら彼に問い掛ける。
「……店の商品は、半分がグリムの作品なのか?」
「ええ、その通りっす。流石はお目が高いっすね!」
ニコニコと笑うヘンゼルを無視し、私は店の商品に視線を這わせる。パッと見ると只の雑貨屋。けれど、この店は何か変だ。
日用品の多くが魔晶石を使い、とても高額な商品が並んでいる。かといって、残りの半分は日常使いの消耗品。どこの店にもある安くて良く使われる品。
そして、何より匂いがしない。この店に住むヘンゼルとグレーテル。商品を作ったグリム。それ以外の匂いがまったく無いのだ。
この店は誰に物を売っている? 冒険者か? 旅の商人なのか?
どれもしっくり来なかったが、ふと私の直感がある答えを導き出した。
「……この店は、グリムの為に存在するのか?」
「あはは、そこに気付いてしまうっすか。流石はペローナさんっすね!」
ヘンゼルは隠すでもなく明るく笑う。隣のグレーテルは驚きで目を見開いていた。
私はようやく違和感の正体に気付く。この雑貨屋は商売をする気が無いのだ。少なくとも、ここに陳列された商品は、雑貨屋を装う為に並べられているに過ぎない。
では、何のためにそんな事をしている? いや、それ以前にそんな商売が何故許されている?
考えられる可能性は、それほど多くは無い。私はヘンゼルを睨みながら、低い声で問い掛けた。
「……お前は領主の手先なのか? そして、グリムを監視しているのか?」
私の問い掛けに、ヘンゼルはギョッと目を見開く。そして、慌てて手を振り出した。
「いやいや、それは誤解っすよ! 私は単なる橋渡し役っす! それで心情的にはグリムさんの味方っすから!」
「そ、そうだよ! 私達はグリムさんへの恩返しをしたいだけなの! 敵じゃないから、そんな警戒しないで!」
グレーテルも慌てて弁明を行う。どうも私が警戒するみたいに、領主へグリムを売っている訳ではなさそうだ。
全てを鵜吞みにも出来ないが、グリムが心を許しているのだ。ならば、私がこれ以上の警戒をしても意味は無い。何か問題があるなら、グリムも側に置いたりしないだろうしな。
ただ、もう一つ懸念事項がある。私は念の為に、そちらも確かめておく事にした。
「害意は無さそうだが、この店を監視する者がいる。それは敵では無いのか?」
「やっぱり居るんすね? そっちは領主様の手下っす。私に対する監視っすね」
私の問い掛けに、ヘンゼルは苦笑いを浮かべる。どうも知らされてはいないが、居る事には薄々気付いているといった感じだな。
まあ、それで何となくだが事情はわかった。監視が付けられる以上、ヘンゼルはグリムの敵では無いのだろう。
むしろ、グリムには監視を付けられない。付ければすぐに気付かれるし、下手をすると敵対行動と取られかねない。
それを避ける為に、ヘンゼルを監視しているのだ。彼の動向をチェックすれば、それは間接的にグリムの情報を得る事に繋がるから。
「……グリムの味方なら、私にとっても味方だ。無理の無い範囲なら手を貸そう」
「本当っすか? 凄く助かるっす! 何かあった際は、宜しくお願いするっす!」
「ありがとう、ペローナさん! 信じて貰えたことが、私は何よりも嬉しいわ♪」
私の言葉に喜ぶ兄妹。今の所は二人を味方と思い、行動しようと私は決めた。
私の人生はグリムの為にある。それがグリムの為になるなら、私は私の出来る事をするまでだ。
そんな風に考えながら、私はヘンゼルの店を後にした。




